誰とも話さず、ただ海を見た日
三角海域
誰とも話さず、ただ海を見た日
駅まで歩き、ぼんやりと電車が行き来するのをみているのが好きだ。
一時間以上そうしている時もある。なんか悩み事でもあるのかと心配されそうだけれど、ほんとうにただ好きでやっているだけなのだ。
この趣味を一度人に話したら気付いていないだけで心が疲れている可能性があると言われた。物凄く真剣な表情だったので本気だろう。それ以来、この趣味を人に話すことはしていない。心配させるのもよくない。
暖かい日が続いていてここ最近は快適なので、よく通っている。
駅には出口がふたつあり、一方はショッピングモールに直結していることもあり多くの人が利用している。
もう一方は主に地元の人が利用していて、そこまで人は多くない。そちら側にあるバスも暮らしのための足という感じのルートを通るものが多い。
けれど、人気の少ないそちら側の出口からまっすぐ歩を進めていくと、海に出る。季節関係なくそれなりに人がいる海なのだが、なぜだか駅から海へアクセスする人は少ない。夏場ですらそうだ。
どういうルートでみな海へ行くのだろう。
そんなことを考えていたら急に海を見たくなった。海へと続く道中には飲食店も何軒かあるし、昼を食べがてら海へ出掛けることにした。
まっすぐ道を歩いていく。向こうから歩いてくる人は多い。駅の利用者なのか、ショッピングモール目的なのか。
普通の住宅街が続いている。そこを抜け、団地を突っ切るといきなり海が見えてくる。
風が急に強くなる。海風はいつも強い。
砂浜を見下ろせる高台に行き、ぼんやりと海を眺める。
学生がはしゃいでいる。
浜に椅子を立てて腰かけ、気持ちよさそうに眠っている人がいる。
だだっ広い空間にいろんな人がいて、思い思いに過ごしている。
ぼんやりと海をみつめている人もいた。何をするわけでもなく、ただじっと海を見つめ続けている。駅にいるときの僕の姿もこんな感じなんだろうか。たしかに、どこか哀愁があるように見える。いや、この海を見る人は本当に哀の感情を抱えているのかもしれないが。
なんとなく海まで来たのだが、こうして海で時間を過ごしている人たちも別にこれという目的があるわけでもなく、ただなんとなくここに集まっただけなのかもしれない。
人がいる場所にいたいけれど、人を感じていたくはない、というような感覚というか。海はどこまでも開けているけれど、ショッピングモールのような窮屈さはない。
開けているということが重要なのだろうか。自然の中に身を置くのはいいというけれど、確かになと感じる。空と風と海。ショッピングモールの忙しなさとは違う。
なんだか教訓じみた感じになってしまっている。別にそんな対したことではないのだ。
ここではのんびりととした時間が流れていて、その穏やかさが僕を詩人に変えてしまう。
ほら、いままさにそうなったでしょう? 自然の力というのはすごいな。
これから駅に戻り、そうすれば僕のテンションも元に戻るだろう。
行き来する電車をみつめながら感じる生活というのは、もう少し重たい。そこに言葉を乗せたらもっと重たくなってしまうだろう。
だから、言葉を吐き出すなら自然の中でがいい。
高台からぼんやりと空をみあげる。
青い。
海風が砂を巻き上げ、こちらまでそれが飛んでくる。
気持ちがいい。
もう少しだけここにいようと思う。
目を閉じて、大きく息を吸い込む。
なぜだか、電車の音が聞こえた気がした。
誰とも話さず、ただ海を見た日 三角海域 @sankakukaiiki
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