5日目②

 誰かが私の部屋に侵入し、そして待ち伏せていた。


 「ひぃぃぃぃっ!?」


 悲鳴にならない悲鳴を上げる。


 誰かわからないけれど、悪意なく部屋に潜り込むなんてありえない。

 しかも待ち伏せている。


 つまりこの相手は私に明確な敵意を向けていて、時と場合によってはその敵意は殺意になっている可能性もある。


 私は弱い。

 武術も魔術も剣術もからっきし。


 誰が相手かわかっていてもまともに勝つことはできないのに、相手のわからない戦いで勝てるわけがない。

 仮にこの相手と対峙することになれば瞬殺されるだろう。


 震える手でとりあえず電気をつけた。


 「おかえり、フィーナさん」


 私を出迎えたのはカミラだった。


 「え、カミラ……?」

 「ふふ、待ってたわ。思っていたよりも遅くて外暗くなっちゃったから驚いたわね」

 「え、いや、なんで? 部屋に? ここ……私の部屋。というかなんで実家に帰ってないの?」


 謎が多すぎて、次から次へと疑問が口から出てくる。


 「……え、『遊びには行かない。私の部屋に遊びに来てくれるならいいけど』って今日言ったのフィーナじゃない」


 そんなこと言ったっけと考える。

 そしてすぐにあー言ったな、と思い当たる節があった。


 それはそう。

 今日の昼休み。

 いつもの中庭の入り組んだ端っこでご飯を食べている時のことだった。


◆◇◆◇◆◇


 「今日も来ましたわ!」


 元気よくやってきたカミラ。

 大きく手を振って走ってやってくる。


 後ろからエリシアさんも着いてくる。

 お弁当を持って走ってきた。

 中身がぐちゃぐちゃにならないよう、両手で押さえて。

 走りにくいだろうに、カミラの速度に着いていき、あろうことか息も切らしていない。

 相当体力があるのだとわかる。


 「お邪魔します。フィーナ様」


 カミラの斜め後ろに立つエリシアさんはぺこりと会釈をする。

 おかずをぱくっと食べながら、ぺこりと会釈を返す。


 「お隣よろしくて?」


 と言いながらもう既に座っている。

 拒否するつもりは一切なかったが、もしも拒否されたらどうするつもりだったのだろうか。と、ぼんやり思った。


 「…………? フィーナさん、どうかされましたか?」


 じーっとカミラを見つめていると不思議そうに訊ねてきた。

 頬を触ったり、額を触ったり、唇を触ったり、顔のあちこちをぺたぺたさわる。


 「なにか着いてまして? 取れましたの?」

 「あ、いや。えーっと、うん。大丈夫、大丈夫」


 考えていたことをそのまま口に出すわけにはいかなくて、親指を立てながら、適当に誤魔化す。

 安心したようにホッと息を吐くカミラ。


 それからエリシアさんに目配せをする。

 エリシアさんはすぐに持っていたお弁当をカミラへ渡した。


 阿吽の呼吸じゃないけれど。


 なにも言わなくても、目と目で通じ合うというのは……憧れる。

 なんだかいいな〜と思う。


 「本日は金曜日ですわね」


 お弁当の蓋を開けながら、そんな掴みどころのない会話を始めた。


 「そうね〜」


 この場合どういう返事をするのが正解なのかわからない。

 じゃあ黙るかと言われればそれはそれでまたおかしなことになる。


 というわけで、非常に適当な返事をした。


 そしておかずをパクッと口にする。

 口を塞ぐことで喋らなくても、食べてるからしょうがないよね、みたいな空気を出しておく。


 「わたくしと一緒にお屋敷いらっしゃいな」

 「んがっ!?」


 驚きすぎて喉におかずが突っかかる。

 ごほごほとむせて、なんとか生きる。

 割と真面目に死ぬかと思った。


 「遊びに来て欲しかったのですけれど。お屋敷でお泊まり、楽しいですわよ」


 目的はなんだと思ったが、そんなことだった。

 なら言ってもいいのかななんね思ったが。


 あのでっかいお城みたいなお屋敷。

 メイドさん含め色んな人がいる。


 国のお偉いさんだってもちろんいる。


 ……。


 せっかくの休日なのに、気が休まらないだろうな。

 それに周りを気にしすぎて楽しめるとも思えなかった。


 「遊びには行かない。私の部屋に遊びに来てくれるならいいけど」


 拒否をし、代替案を出す。


 「しょうがないですわね。でもそれはそれで楽しそうですわね」


 なんて言いながら、カミラのお弁当に入っていたおかずをおすそ分けしてくれる。箸で摘んで、そのまま私の口に突っ込む。


 もぐもぐ。


 「え、待って、うんま」

 「ふっふっふっ、本日のお弁当はお屋敷の料理長が作ったものをエリシアに今さっき持ってきていただきましたのよ」

 「できたてってこと?」

 「そういうことになるわね。そうよね、エリシア」


 近くに立っているエリシアさんにカミラは問う。

 カミラも私もエリシアさんの方をじっと見る。


 エリシアさんはニコッと微笑む。


 「そういうことになります。お嬢様のためにお屋敷へ戻り、料理長よりお弁当を受け取って戻ってきて参りました。そのためだけに往復しましたので、できたてホカホカになってます」

 「そういうことだわ、フィーナさん」

 「そ、そうなんだねえ」


 エリシアさんっていつも一言余計なだよなあ、なんて思いながら苦笑気味に返事をした。

 いや、まあ、それだけの為に往復させられるエリシアさんも大変だなと同情はするが。


◆◇◆◇◆◇


 ってなことがあった。


 回想して、思い出す。

 思い当たる節というか普通に言ってるな。


 「これはあれですわね!」

 「あ、あれ?」

 「パジャマパーティーですわ」


 制服姿のカミラはふんすと鼻を鳴らす。


 ああ、夜は長そうだ。

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悪役令嬢、ヒロインを買う。 皇冃皐月 @SirokawaYasen

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