『贋作』




A:不問。20代。

B:不問。20代。

C:女性。

(※報告書、資料に出てくるA,Bは美術館にいるA,Bとは別人、あるいはナレーションです。また報告書を読んでいるCと報告書内部に出てくるCはいずれも別人です)






0:美術館。ある作品の展覧会らしい。


A:へぇ~……こりゃすげえや

B:おい、おい

A:お、やっと来た

B:お前、見るの早いって

A:そうか?お前がじっくり見過ぎなんじゃね?

B:それにしてもだろ。大体、来たいって言ったのお前なんだからもっとちゃんと見ろよな。

A:いや別にみてないわけじゃないよ。これとかほら、めっちゃ綺麗だし

B:おお、確かに。ってか人物画ばっかなんだな。

A:そうじゃないのもあるらしいんだけど、なんかそればっかぽいな。

B:企画者の意図ってやつかね。よくわからんけど。

A:そうなんじゃね?俺は好きだから全然いいね。

B:たださ、これ誰なの?

A:え?知らね

B:は?お前ファンなんじゃないのかよ

A:いや、全然。この前初めて知った。

B:お前さぁ……じゃあなんで急に展覧会に行こうなんて言い出したんだよ。おかしいだろ。

A:いや、なんか、びびっと来たんだよね。あ、これ行こう、みたいな

B:なんだそりゃ

A:分かんねえけど、なんか思ったんだよ。学校に貼ってあったじゃん、ポスター。あれ見てびびーんって来てさ。

B:ああ、あの『贋作展』のポスター?

A:そう、あれ。

B:俺は何がいいのかわからんけど。ああいや、綺麗だしすげーなってのは分かるけど、そこまでのもんかね。

A:正直、俺も全然ピンと来てない。でもなんか、見たいんだよな。

B:あっそ。で、これは何が贋作なの?

A:さあ(次の絵に向かう)

B:……(その場で絵画を見る)。



C:報告書1-1。

  絵画『贋作』は、作成者不明の一連の異常絵画群です。『贋作』は1枚を除き全て1人の人物が中心に描かれており、その人物は様々です。確認された作品の中で描かれている人物は、全て現実には存在していないことが判明しています。また最初に出現した作品と以降の作品では絵の内容を含め明確な差異があり、異なる人物が描いたと考えられています。

  現在『贋作』は――枚発見されています。最初に出現したものをNo.1として番号を割り振り、――市にある美術館にて保管されています。

  


A:……

B:これは、また人物画?

A:だな。これはおじいちゃんって感じ。……ん~

B:どした

A:なんか見たことある気がするんだよな。

B:マジ?お前のじいちゃん?

A:いや、違う。けどなんかなぁ……

B:?

A:なんか

B:なんか?

A:見たっていうか、会ったっていうか……

B:嘘つけ

A:嘘、っていうかさ……こう、なんか、感覚が……

B:感覚?

A:懐かしい感じ……?

B:あ~……分かるよ。こういうおじいちゃんの絵とか見るとさ、郷愁に狩られるっていうかな。ノスタルジーってやつ感じるよな。

A:う~ん

B:そういえばうちのじいちゃんももうこんな歳だわ。

A:……

B:うわ~久しぶりに会いてぇな。まだ元気かな。

A:……(次の絵に進む)

B:あ、おい。……。



C:報告書1-2

  絵画『贋作』は主に和歌山県北部のーー山にある家屋内に突如出現します。出現条件や周期等は未だ判明していません。

  (※近年出現場所に変化が生じています。当該絵画は現在、全国でまばらに確認されており、いずれもマンションや家屋の一室で発見されています。変化が起きた理由に関しては現在調査中です。)

  『贋作』が出現した場所では、必ず1体以上の自殺体が発見されます。自殺体について身元の確認を試みましたが、現在まで全ての遺体の身元が判明していません。

  


A:……

B:また人物画か。今度は、若い男?

A:……

B:なんだよ。またノスタルジーか。

A:まあ、うん。

B:なんでだよ。意味わかんね。

A:俺もわからん。

B:……俺はさ、結構怖いんだけど。この絵。と言うか今まで見てきた絵も。

A:なんで?

B:だって、みんな笑ってんだぞ。大口開けて。

A:……

B:気持ち悪いし、なんか怖えよ。

A:そうか?笑顔なんだからいいだろ。俺は楽しそうに見える。

B:楽しそう、ではあるけどよ…こうも続くとな…

A:まあ、珍しいよな。大笑いしてる絵ばっかとか。



C:報告書1-3

  『贋作』の絵画は19――年、和歌山県――村(※当該村落は現在確認されていません。当該村落があったとされるーー山付近で発見された説が有力です)の祭壇内で発見されました。当初、村民は当作品を悪質ないたずらとして放置していましたが、2体目の作品の出現時、同時に高齢の男性の自殺体が発見されたため、警察に報告され、2体の作品は異常物として認識されました。

  2回目に発見された『贋作』は特定の人物を描画していましたが、村落に在中していた警察官による調書から、絵画に描かれた人物についての情報を持った村民は存在しなかったことが判明しています。



B:ってかさ、なんで全部『贋作』ってタイトルなんだろうな。普通「贋作、なになに」みたいな感じでタイトルがついてるもんなんじゃないのか?

A:そういえば、確かに。なんでなんだろ。

B:これじゃ誰かもわかんねえよ。

A:誰が書いたかも分かってないしな。

B:……分かってんのはタイトルだけかよ。気持ち悪りぃ。

A:次、早く見ようぜ。

B:……お前、まだ見んの?俺もう帰りたいんだけど。

A:最後まで見るよ。ここまできて帰るのはないでしょ。

B:こんな変な絵見てるよりさ、ほら、遊び行こうぜ。カラオケでもボウリングでも。そっちの方が楽しいだろ。

A:……他のやつと行ってこいよ。俺は続きを見る。(先に進む)

B:おい、待てって!……意味わかんね!(Aを追う)



C:資料2-1、以下は――村家屋内にて発見されたとされる手記を抜粋したものです。

  

B:「近頃は凶作や火災が相次ぎ、――(判読不可)様の御威光も、いよいよ弱まりし様子ありし。これ偏に、我ら村人一同の信心浅きが故と、此処に記し置くものなり。斯様なる事態に際し、我らは今一度、御心を本村に取り戻すべく――(判読不可)。(中略)。神は常に在しながらも、何者にも縛られぬお方にてあらせられる。然れど、我らがこの地に根付きし神としてお迎え申すには、御身(おんみ)を留め置くに足る器を以てーー(判読不可)と存ず。故に、今次(こんじ)の祭日においてはーー(判読不可)慎み深く、且つ丁重に神迎えの儀を執り行うべし。願わくは、再び――(判読不可)様が本村に根付き給い、我らを導き賜わらんことを。」


C:――山山中を捜索したところ、文中にある祭壇と見られる建築物が荒廃した状態で放置されているのが発見されました。祭壇は下部が1辺1mの立方体上になっており底面には木の板が、側面には格子状に木材が張られており、上部には神道の飾りつけに似た装飾が施されています。上部と下部は分離可能と見られており、それぞれが別の用途に使用されていたと考えられます。また、下部底面の板は側面や上部に比べて腐食等の汚れが強いことも確認されています。底面に存在する汚れを詳しく検査したところ、不明な複数人の体液が検出されました。



A:……

B:人物画。今度は女か。

A:……

B:また笑ってら。気持ち悪りいって。

A:この人、誰だっけな。

B:お前、知ってんの?

A:知ってる、気がする。

B:さっきの、懐かしいとかじゃなくて?

A:違う。この人は、知ってる。あーーーえっと……

B:何、思い出せねえの?

A:すごい、仲良くしてたはずなんだけど。なんかめちゃめちゃぼんやりしてて。

B:すげー昔の思い出ってこと?

A:なんかそんな感じ。でもこんな顔してたはずなんだよな……

B:こんな笑い方する知り合いいるか?

A:いた、はず。めっちゃ昔。思い出せないけど。

B:親戚とか?

A:んーなんか、違うんだよなぁ……



C:資料2-2、以下は――村に在住していたとされる――(認識不能)氏にインタビューした際の音声を抜粋したものです。


C:それではインタビューを開始します。こちらは研究のために録音させていただきますが、よろしいですか?

A:別に、ええよ。そんな大した話するわけやないし。祭りの話やろ?

C:はい、そのお祭りについて伺いたく思います。

A:言うてもな、大したこと知らんで?

C:知っている範囲で結構です。

A:ほな、まあ、あんたの言ってる祭りっちゅうのは、夏にやる祈念祭のことやろ?どこの村でもやってることやろ。秋の実りをお願いします~っちゅうて神様祈るんや。ほれ、あっこに祭壇あるやろ。あの祭壇に供物おいてな、お願いします~ってみんなで祈るねん。

C:祭壇、というには少し簡素な気もしますが。

A:ほうか?この村のもんしか知らんから分からんわ。

C:中が空洞になっているようですが、供物は中に入れるのですか?

A:(笑い声)そらそうや。そうやなかったら中空けんやろ。

C:供物は何を?

A:……普通のもんよ。食べもんとか。

C:……そうですか。このお祭りはいつ頃始まったものなんですか?

A:さぁもうだいぶ昔なんとちゃう?昔おとんが言うてたわ。

C:昔も今と変わらない様子で?

A:いや、昔は結構違うたみたいやで。詳しいことはようしらんけどな。

C:違ったというのは、何が?

A:……これ、外に出るんか?

C:いえ、ご要望があれば以降の話は録音しません。

A:ほな、それで頼むわ。あんまええ話とちゃうし。

C:はい、では(音声にノイズが入る)。はい、ではお聞かせ願えますか。

A:あくまで聞いた話なんやけどな、昔はあっこで飼っとったらしいわ

C:いったい何を?

A:神様や



C:資料2-3、以下は――氏の倉庫から発見された記録の一部です。


B:天保――年

此度の大飢饉にて村人ども受けし難儀、誠に筆舌に尽くしがたし。もはや、――様の御心(みちから)を此の地に繋ぎ留め申すには、人の身を以て供え奉るほかあるまじ。――の所の娘、身清く、三年もたてば良き器と成る。穢れなきよう、箱に納め、慎ましく保つべし。


  天保――年

――の娘、容態安らかにて、明日の祭礼に供(きょう)するも差支えなしと見ゆ。御降臨の後は、快く此の地に留まり給わるよう、箱の内にて心を尽くしてもてなし申すこと。飢えの終わりは近づけり。村人一同、心合わせ励むべし。


  天保――年

此年、――様、当村に御降臨あらせらる。その御姿(みすがた)、実に神々(こうごう)しく、まばゆき光を放ち給い、お力の程、疑うべくもあらず。

土地は忽ちにして甦り、水清らかに流れ、病に臥せし者ども、みな一様に癒え、健康を取り戻し候。

村の衆、歓喜に堪えず、老若男女を問わず涙し、祭壇の前にて伏し拝み奉る。この地はまこと、神の御力(みちから)によりて蘇りたり。


  弘化――年

――様の御利益、実に顕著なり。飢饉は過ぎ去り、ここ数年は五穀豊穣、喜びに満てり。近頃は御社(おやしろ)にて静かにお過ごしなされており、御姿(みすがた)を見し奉ることは固く断じられておるが、御利益変わらざればこれを咎むる理由なし。子らと語らうを好まれる由、相応の場を設けるよう心掛くべし。


  嘉永――年

久方ぶりの不作、村の地力も衰え、往時の豊かさ見る影もなし。――様の御力(みちから)、明らかに弱まりしものと見え、これを補うため一層の供物を以て御機嫌(ごきげん)を取り戻していただくこと、急務と心得るべし。


  嘉永――年

大地揺れ動き、壊滅的被害を蒙る。死者こそ無きものの、負傷者――名に及び、家屋の大半は倒壊せり。然れども、――様の御社のみは無事にして、数多の村人がこれに避難せり。されど、――様の御力は既に尽き果てたるものと見ゆ。かの者偽りの御姿にて我らを惑わせしものなれば、今後の在り様は村民に委ねることとする。



A:……笑う、

B:また、笑った顔か。なんか、汚え笑い方。

A:汚い、な

B:前のは大笑いだったけどよ。これは、なんだろ、にやついてるっていうか。なんか下卑てるな。

A:……

B:なんだよ、また知った顔か?

A:知った顔、うん。そんな感じ。やっぱ、見たことあるな……

B:お前の親戚、嫌な笑い方すんな~

A:……

B:冗談だって

A:いや、う~ん、なんかさ、人物画っぽくないよな。

B:ん?ああ、まあ言われてみれば。さっきまでは割とましだったけど、この絵はちょっと違う感じするな。

A:なんだろ、止まってない……?

B:あ、確かに、躍動感あるわ。人物画って普通座ったりしてるし、静止画っぽいよな。

A:だから、その、なんだろ……

B:ん?

A:…………似顔絵?

B:……なるほど。そっちの方がらしいかも。

A:……

B:似顔絵なら、もっといい顔描いてほしいもんだけどな。

A:……(次に進む)

B:ん、行くのか。次で、最後っぽいな……(追って進む)



C:資料3-1、以下は最初に発見された『贋作』の裏面に刻まれていた文章です。この文章は、黒地に赤色の文字で刻まれていること、表面に描かれている文章と筆跡が同一であることから、1枚目の『贋作』を描いた人物が同様に記したものであると考えられます。


 

C:―― 村の皆様へ。初夏の陽気に、汗ばむような日も増えてまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 この度は、私共のお礼のお気持ちを皆様にお届けするため、筆を執らせていただきました。

 あなたたちが私共に捧げものをしていただくようになりもう数百年は経ちました。

 この村で取れた山菜や果物は大変おいしく、家族一同心より楽しませていただきました。

 私たちに似せて皆様を作ったのですが、とっても良い子に育ってくれたようで安心しました。

 故に、村が飢饉や災害に見舞われた時は本当に心を痛めました。

 しかし私共では直接あなたたちを助けてあげることができませんでした。

 そんな時、あなたたちが「器」を用意してくれたことは本当に喜ばしかったです。

 私が直接向かうと他の地域に問題が出てしまうので、私の娘を使わしました。

 私の自慢の娘ですから、力も十分です。捧げものの変化を見るに、きっとしっかり勤めを果たしてくれていたことでしょう。

 皆様のために、身を粉にして働いてくれたはずです。私は娘を本当に誇りに思います。



A:あっ……

B:……なんだ、これ?



C:しかし、あなたたちはそうではなかった。

  あなたたちは娘の力に縋り、努力を怠り、不作の原因を娘に押し付けました。

  私の作り方が間違っていたのでしょうか。

  信仰が減れば力も減衰する。私が娘に与えた力は最初の数年で尽きていたことでしょう。

  それでもあなたたちが豊作でいられたのは、娘が自身の体を削っていたからに他ありません。

  日に日に減っていく力を感じながら、それでもあなたたちのために働き続けた娘の心情を思うと涙の流れる思いです。

  あなたたちの村を地震が襲った時、娘は完全に力を失いました。

  あなたたちが全員生きていたのはあの子のおかげですよ。

  あの子はもはや、あなたたちの言う『社』から出る力すら持っていません。

  あの子との繋がりが失われたことは分かりましたから、私も様子を見に向かいました。

  娘は随分と丁寧に扱われていたようですね。

  ずっと、ずっと、見ていましたよ。



A:……

B:……絵、か?



C:それからしばらくして、娘が返ってきました。

  やっと器から離れられたようです。

  娘はやつれた様子で私に縋ってきました。

  私は頷き、娘に絵の描き方を伝えました。

  思い出はすなわち繋がりです。

  思い出を手繰るように線を引くごとに、薄れていたあなたたちとの繋がりは明確になっていきます。

  最初の絵を完成させるまでには随分時間がかかりましたが、問題ありません。

  あなたたちがどこにいようと、たとえ生まれ変わっていようと、繋がりは残っています。

  私たちが直接関わるわけにはいきませんが、繋がりがあれば別です。

  娘が苦しんでしまったのは、ひとえに私のせいです。

  私がもう少しあなたたちを正しく作ってあげればよかった。

  私にできることと言えば、あの子の穢れをなかったことにしてあげるくらいです。

  今、娘は懸命に絵を描いております。

  完成し次第お届けいたしますので、どうか何も知らぬまま、健やかにお過ごしください。




A:……

B:これ、なんて書いて……



C:また、私も娘に習い、絵を描いてみました。

  ――村の皆様へ、ささやかなお礼です。どうかお受け取りください。






A:――俺だ










C:娘が、とってもお世話になりました。









C:補遺1。20ーー年7月、東京都--区のマンションにて新たな作品が出現しました。当作品は速やかに回収され、現在は他の作品と同様に保管されています。また同室にて20代男性の自殺体が発見されました。身元の特定を急いでいますが、男性の情報を持った人物、資料は現在見つかっていません。

 

C:補遺2。上記の作品が発見された同時刻、No,1の絵に変化が確認されました。No,1の絵は現在、大きく口を開けて笑う母子の肖像画に変化しています。以降、新たな『贋作』の出現、変化は確認されていません。報告は以上です。

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短編台本集 石魚 @sakanakanadayo

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