第5話 星影の暴風王
竜殺しの儀式、とは言うが名前の通り仰々しい執り行いをするわけではない。
ここには俺とステラ、それにラースしかいない。
3人しかいない、3人しか入れないのだから、儀式っぽい準備などできるわけがなく。
結局は、いつも通りの森でステラとシェンウィーを少し離れたところで俺とラースが見守る、という形になった。
今までアトラスを守護してきた竜なのだからもっと立派に送り出してやりたいものだが、狂竜病の脅威も考えると仕方がなかった。
「じゃあ始めるよ」
ゆっくりと深呼吸をした後、ステラはシェンウィーの鼻先でそう言った。
「ステラ様……くれぐれも〝逆鱗〟は割らないでくださいね」
「うん。わかってるよ。ラースさん」
狂竜病を患った竜は等しく顎の辺りに逆さの鱗――逆鱗が生えてくる。
最初は小さく目立たない程度だが、病が進行すると大きく赤黒く腫れ上がってしまう。
シェンウィーには既に顎を覆う程広がった逆鱗が生えていて、その逆鱗が割れると自我を失い狂い凶暴化してしまうそうだ。
病気が進行した逆鱗は割れやすい。
ちょっとの――とはいえ殺意を持った攻撃程度には強い――刺激で割れてしまう。
つまりステラがこれからすることはシェンウィーの逆鱗を割らずにシェンウィーを速やかに殺すことだ。
「――《
ステラがそう叫ぶと、ステラの掌から光り輝く天球が浮き出した。
これがアトラス王族が持つ異能だ。
白く輝く星々が自身の軌道に沿って廻っていた。
天球は内部で星々が走りながら次第に大きくなり、やがてステラの身体はその星影に包まれた。
「来い!」
ステラが叫ぶと、ふたつの星がステラの前に集まった。
ステラはそれらの星々を手に取ると、すぐにふたつの剣が顕現した。
「あれが……『ウラヌス』と『ガイア』ですか」
俺の隣で興味深げにステラが持つ剣を見ていたラースはごくりと唾を飲み込んだ。
天球には、初代アトラス国王の時代から続く様々な宝具や兵器、道具が眠っている。
星ひとつにつきひとつ。
アトラス王族の意志で何でも出し入れができる。
持ち運びができる宝物庫のようなもんだ。
その中で、伝説級と言われる程の最強の宝具があのふたつの剣だ。
空間をも全て切り裂く不可視の剣――ウラヌス。
大地を癒し全てを再生させる力を持つ聖なる剣――ガイア。
ステラはその二つの剣を静かに見つめていた。
ウラヌスは光を完全に吸収してしまい刀身を見ることができないが、その形を想像できるくらいには周りの空間が歪み特異な重圧を放っていた。
対するガイアはその刃が柔らかな木のような雰囲気を放ち、まるで大地そのものを切り取ったような自然の息吹を感じさせた。
だが、二振りの剣はまるで互いに反発し合うかのように、持つ者の手元で微妙に震えていた。
「過去、同じく狂竜病となった守護竜を打ち倒した伝説の二振り……まさか今世でお目にかかれるとは思いませんでした」
と感嘆の声を上げるラース。
俺も同じ気持ちだ。
このふたつを同時に見るのは初めてだ。
これがアトラス王国を超大国たらしめたアトラスの最終兵器なんだ、と感動する。
だがそれと同時に、この最強の兵器をシェンウィー相手に使わなくてはいけないやるせなさを感じる。
ステラも似たような気持ちなのだろう。
もちろん。ステラだってこの二振りの剣を握るのは初めてだ。
知的好奇心が爆発しているステラにとっては、この瞬間は何よりも興奮しているに違いない。
――シェンウィーの討伐でさえなければ。
ステラの表情はおそらく俺と同じ。
相反する感情によって至極微妙な顔をしているに違いない。
「じゃあシェンウィー……動かないでね」
だがステラは気丈にそう言うと、ウラヌスとガイアの両方を天頂に向ける勢いで高く振り上げた。
「もちろん。一思いにやってくれ」
シェンウィーは相も変わらず穏やかな口調だった。
「くっ……思ったよりも重い……」
天頂に向けた両方の剣は重量がそれなりにある。
ステラはその重さに顔を顰めながらも、気力で構えを維持していた。
この構えこそが、守護竜を討伐するための技を繰り出すのに必要なのだそうだ。
構えをしてから、すぐに天球の星々がざわめき始め、更には周りを巻き込むかのように風が吹き始めてきた。
ステラの表情も次第に辛くなってきている辺り、ステラの魔力もあの剣達に奪われているのだろう。
星々は次第にウラヌスとガイアの周りをクルクルと高速で廻り始め、それと同時に周りの空気も暴風と化す。
一方は破壊。一方は再生。と相反する剣は互いに反発し合い、だがステラの力や星々によって強制的に押さえつけられ、圧縮されていく。
「もうすぐだね」
「う……うん……もうすぐ……」
シェンウィーの声に反応してステラも辛そうに頷いた。
構えの維持は相当に負荷が掛かるらしい。
「ダメですよ……ダン。行っては」
ラースが俺の肩を掴み、そう言う。
「ここで行っては、全てが終わってしまいます」
「あぁ……わかってるよ。ラースさん。
シェンウィーやステラの覚悟を無駄にはしない」
「…………そうですか。
なら前に進もうとする力を少しでも緩めてくれませんかね?」
とラースは俺に微笑みかけるが、俺は無視することにする。
もうすぐに終わるのだから。
「最期に何か言い残すことはない?」
額に脂汗を掻きながらステラは気丈にそう聞いた。
「うん。そうだね……あぁ。そうだった」
何かを思い出したようにシェンウィーは微かに目を細めた。
「なに?」
「私がいなくなったらここの土を少し整えてほしいんだ」
整える? 土を耕したり雑草を抜いたりしてくれってことか?
そりゃあ守護竜といえど病気になった竜が寝ていた地面だ。
それにこれから発生する技の威力も考えると、荒れ果てている可能性すらある。
長年暮らしていた森だ。
自分のせいで荒れ、そのまま放置されてしまうのはシェンウィーにとっても嫌なのだろう。
けれどなぜ今更そんなことを――?
「……? うん。わかった」
ステラも同じ疑問を抱いているようで首を傾げていたが、でもすぐに頷いた。
もう発動は秒読み。
今考えても仕方がない。
「よかったよ。じゃあ頼むね」
そう言うとシェンウィーは目を閉じた。
ステラはそれに応じるように笑みを浮かべた。
「……わかった。今までありがとうね。シェンウィー」
「とんでもない。むしろ君に苦労をかけてしまってすまないね」
そしてステラは二振りの剣を振り下ろす。
星々が絡まった剣はその相反する力を解放した。
限界まで押さえつけられたそれらは爆発するように周囲に暴風を撒き散らし、その中を天球の中の武器達が――星々が渡っていく。
星が星に衝突し加速することで破壊力は指数的に上がり、ぶつかり粉々になった星は再生の力で増え。
裂かれた空間にすら星々が充満し、星達の暴風により一気に相手を穿つ。
その一振りを、人は尊敬と畏怖を持ってこう呼んだ。
――
シェンウィーの身体を、森共々削り落とし、最後の煌めきが消失した後。
「――ッ! ステラ!」
土煙から辛うじて見えたステラの倒れゆく姿を見て、俺は思わず駆け出した。
ステラの周りには何もなかった。
草も森も、もちろんシェンウィーすらも根こそぎ消失していた。
とりわけシェンウィーがいたところは、そこを起点として、土が抉り取られ楕円状に窪んでしまっていた。
「ステラ。無事か?」
ステラを抱き起こし様子を確かめる。
「…………うぅ」
気力を全て使い果たしたようで全く動けず、ステラは両手で顔を覆い隠していた。
「殺した……シェンウィーを。私が。
シェンウィーを……殺した……殺したんだ」
何度も確認するようにステラはそう呟き、口を歪ませていた。
そんな様子に俺は悔しさを滲ませながらも、それを悟らせないように軽く笑みを作る。
「……あぁ。お疲れさま……」
親を殺したようなものだ。
ステラはこれで親の死を三度も経験したことになったのだ。
「……帰ろう」
俺は動けないステラを抱き上げて、シェンウィーがいた場所から背を向けた。
初めて見るその最強の奥義は、本当にシェンウィーを跡形もなく粉々にしてしまったらしい。
シェンウィーという存在が世界から消失したかのように、そこには何もなかった。
シェンウィーの死体すら見れないその技は、呆気なく、清々しく、されど残酷な技と言っていいだろう。
――――だが。
――ドサッ……。
嫌な予感がした。
「……は?」
その音は目の前から聞こえた。
重く、岩感のある悍ましい鈍い音。
見ると、赤黒く石のような破片がそこに落ちていた。
――〝逆鱗〟だった。
まさか、という思い。そんなはずはない、という願望。
それらが入り混じる中、強い拒絶と威圧を上から感じた。
「――――ッ!!」
その瞬間、上から地響きのような咆哮が鳴り響いた。
「……シ……シェンウィー……?」
要するに俺達は失敗したのだ。
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