第6話 アトラス王国が滅びる日 前編
「……シ……シェンウィー……?」
その容貌は守護竜のそれとはまるで違った。
瞳は赤く瞳孔が開き、口先は先ほどよりも爛れ、肌は赤黒い鱗で覆われた。
体毛も赤黒く所々でもつれあい、百の蛇の頭がうねうねとしているようだった。
右前足が失われ、右翼も穴あきのボロボロで、逆鱗もひび割れポロポロと落ち、その度に黒い血がポタポタと垂れていた。
だが、それでも輪郭や体長、それに特徴的な鼻先から伸びた二本の紐のような髭はシェンウィーそのものだった。
「え……な……どうして……?」
だって『星影の暴風王』はちゃんと発動したんだろ?
それなのになんでシェンウィーは生きてるんだ。
それもあんな醜悪な姿になって……。
あの猛攻の中を生き残れるなんてありえないだろ。
しかもなんだ。その瞳は。
まるで獲物を見つけた捕食者のそれじゃないか。
「そんな……うそ……で、しょ……?」
ステラでさえその変わり果てたシェンウィーを見て、唖然としていた。
「グルルルル……」
シェンウィーは言葉を発さず、唸りを上げていた。
そして醜悪な笑みを浮かべるかのように瞳を細め口角を歪めると、
「ガゥァァァアアア!!」
茫然自失としている俺達に向かって大きな口を開けて向かってきた。
「――ダン! ステラ様!!」
途端、視界がブレた。
急に横からの衝撃を受け、間一髪のところでシェンウィーから逃れられることができたらしい。
と同時に爆弾を放り込まれたらしく、シェンウィーの口の中が暴発する。
シェンウィーが悲鳴を上げている内に、俺達は近くの木の幹に転がるようにして隠れた。
「ラ……ラースさん……」
俺の身体を押したのはラースだった。
「無事ですか? ダン。ステラ様」
「あ……あぁ。大丈夫……」
困惑は未だ消えないが、俺はなんとかラースさんにそう答える。
ステラも見たところ怪我はなさそうだ。
「よかった……魔道具大国エルコレ帝国の魔道具です。効いてよかった……」
ラースは安堵し、俺達にシェンウィーの口の中に放り込んだのと同じ魔道具を見せてくれた。
シェンウィーは爆発の影響で口から煙が出て涎がダラダラと垂れ、怯んでいることがわかった。
「私の責任です」
ラースが申し訳なさそうにそう言った。
「シェンウィー様の容態を見誤りました。
ステラ様が剣を振り下ろす直前、シェンウィー様の逆鱗が割れてしまいました」
「逆鱗が割れた? ……それって」
「えぇ。シェンウィー様は完全に発症してしまいました」
そして発症したシェンウィーはすぐに翼を広げ、左に避けるように翔んだらしい。
身の危険を感じたことによる動物の本能的行動だ。
だが、完全に避け切ることはできず、ステラの攻撃の余波を受けた。
その影響で右腕が消され羽もボロボロの満身創痍状態。
身体中からも血がダラダラと垂れていた。
「そんな……」
だが殺しきれなかったのは事実だ。
ステラの顔は青ざめショックを受けるように息を呑んだ。
「ステラ様のせいではありません」
ラースは首を横に振った。
「全ては、シェンウィー様の容態を見誤った私の責任です。
こうなるならもっと早くに行動するべきでした」
ラースは後悔するかのように拳をギュッと握りしめた。
「――とにかくステラ様、ダン。この事態を早急にホルス様に伝達を。
ホルス様はアトラス王城にいるはずです」
「伝達って……ラースさんはどうするんだ?」
「私はここでできる限りシェンウィー様を食い止めます」
「「!!??」」
俺とステラは目を見開く。
「正気か!?
俺はラースを止めようとするが、ラースは頑なに首を縦に降らなかった。
「いいえ。そうはいきません」
「いったいなんで……!?」
「今この場でもっとも優先すべきなのはステラ様の命だからです」
「!!」
ラースの答えにハッと息を呑んだ。
「アトラス王国は今、瀬戸際にあります。
そんな中、王族が真っ先に消されてしまうのはあってはならない。
万が一、我が国がなんとか存続できた時、アトラス王族がいれば復興できる可能性があるんですから!」
「だ、だけど……!」
俺はラースに食って掛かろうとするが、ラースは俺の肩を掴んで制止させた。
「ダン……ありがとうございます。
でも心配は要りません。
これでも私は竜の専門家なんです。そう簡単にはやられませんよ」
「だけどそれじゃあラースさんは!」
それでも俺は諦めきれずラースを止めようとする。
だが――。
「ダン……行こう」
「……ッ!! ステラ!?」
ステラは俺にそう進言した。
ステラの方を見ると、木の幹に寄りかかり座り脂汗をかきながらも、冷静に俺の方を見ていた。
「ラースさんの全部に納得したわけじゃないよ……。
でも今はこの事態を一刻も早く伝えなきゃ。
みんなが逃げる時間をできるだけ確保する。
そうしないと本当にアトラスが終わっちゃう」
それにはここを離れホルスに事態を伝える必要がある。
だが、ステラは今、魔力を使い果たして動けない。
ステラが無事王城に辿り着くためには、誰かがここに残り続けてシェンウィーを食い止める必要がある。
「…………わかった」
俺は渋々頷くと、ステラを背負い立ち上がった。
「出来るだけ早く。増援を連れてくる」
「……わかりました。期待せずに待っています」
ラースは苦い笑みを浮かべた後、「あぁ。それから」と思い出したように俺の手に何かを渡した。
「……! これは」
見ると、逆鱗の破片が手の中にあった。
「シェンウィーの逆鱗です。先ほど、隙を見て拾いました」
「……いつの間に……」
シェンウィーの逆鱗は赤黒く、ナイフ型の石器のように先端が鋭利になっていた。
「伝える際、ホルス様に渡してください。
ホルス様が信じないとは思えませんが、証拠があればすぐにでも動いてくれるはずですので」
「わかった」
俺は頷くと、その破片をポケットの中に入れた。
手で辛うじて握れるくらいには大きいから、全てが入り切ることはなかったが。
「グルルルルッ!!」
「――ッ! そろそろ動き出すようです……」
シェンウィーの唸り声が聞こえてきたかと思うと、シェンウィーは隻腕となった左腕を地面に立て、起き上がろうとしていた。
もう時間の問題だ。
「では頼みましたよ、ダン。
――貴方はステラ様の護衛なんですから」
そう言って微笑むと、ラースはシェンウィーの元へ。
「シェンウィー様!!」
と叫ぶと、空気が揺れる程の爆発音が鳴った。
ラースが天高くに銃を構え、空砲を鳴らしたのだった。
その音に反応して、シェンウィーがギロリとラースの方を見た。
するとラースはもう一方の手でキラキラと光る宝石の輝きを放つ魔鉱石を見せつけ、
「こっちです!!」
とシェンウィーを誘き寄せた。
シェンウィーは興味深く目を細めると、ラースに向かって咆哮を上げ、痛む身体に鞭打ち追いかけた。
どうやらラースの目論見は成功したようだ。
俺はその一部始終を見届けると、ステラを背負いアトラス王城に向かって走り始めた。
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