第4話 竜殺しの儀式

「おい。どういうつもりだよ? ステラ」


「んー? 何が?」


「何がって決まってるだろ? 本当に殺すのか? シェンウィーを」


「…………」


 ホルス王との謁見からひと月。

 今日はシェンウィーの殺処分の日だ。


 それまでステラにシェンウィーを殺すことについて何回も聞いてきた。

 だが、はぐらかされ誤魔化され逃げられ、で終ぞ今日まで明確な答えを得ることができなかった。


 守護竜の殺処分については、この1ヶ月でアトラス王国全土に周知された。

 ホルス王も意地が悪く、その責任者を本当にステラとした。

 シェンウィーが狂竜病に侵されていることはもちろん説明はしているのだが、もう少しやんわりと伝えてくれてもよかったと思う。


 ステラが申し出た通りではあるし間違ってはいないけれど、はっきりと伝えてしまったせいで王国民の敵意の眼差しが全てステラに向いてしまった。

 そのせいでここ最近はステラに対してのバッシングが酷く、ステラが街に赴いても白い目で見られる有様だ。

 最近の新聞でもステラに対する誹謗中傷が散見され、ステラのことを『竜殺しの姫』略して――『竜姫』と揶揄していた。


「そろそろ答えてくれてもいいんじゃないか?」


 俺は目の前でシェンウィーを眺めているステラの背中を見た。

 今日はいつもと違ってアトラス王族らしく正装に身を包んでいる。

 いつもは八分丈のズボンを履き、庶民っぽい出で立ちなのだが、今は空色のスカートを着てその上から黄金色の刺繍が編まれた白銀の外套に身を包んでいた。


「…………」


「――実のところ、私も気にはなってはいますよ」


 一向に話そうとしないステラに辟易していると、ステラの更に前の方から優しげな声が聞こえてきた。


「……ラースさん」


 俺たちの方に歩きながら、ラースは相変わらずの微笑みを見せていた。


「シェンウィーはどうでしたか?」


 今までだんまりだったステラが心配そうにそう聞いた。


 さっきまでラースにはシェンウィーの容態を診てもらっていた。

 死なせるとはいえ、その途中で狂竜病が猛威を振るわないとは限らない。

 そのため竜専門の研究者であるラースには、竜殺しを施行する前の最終確認をしてもらっていたのだ。


「えぇ。問題ありませんでした。

 今日であればいつでも。ステラ様の準備が出来次第、執り行ってもらって構いません」


「そうですか……診ていただきありがとうございます」


「滅相もございません。ステラ様」


 ステラが礼を言うと、ラースは微笑みつつ軽く首を振る。


「でもラースさん」

 とステラは続けた。


「ここは一番危険な場所だから……本当なら無理して来なくてもよかったんですよ。

 ソーマ兄様と一緒に安全な場所に避難しても――」


「いいえ。私もシェンウィー様にはお世話になりました。これくらいやらせてください。

 それに私の仕事でもありますから」


 実のところ、守護竜の森には俺とステラ、それにラースしか来ていなかった。

 ステラの言う通り、ここは今やアトラスで一番危険な場所と言ってもいい。

 いつシェンウィーが暴走するかわからない今、ホルスの命令で守護竜の森の立ち入りは禁止された。


「まぁソーマ様もアルも本当は来たかったみたいですけれどね。

 ホルス様に止められてしまって……」


 そりゃあそうだ。

 万が一シェンウィーが暴走したところに王位継承者が複数なんて、それこそこの国の存亡に関わる。

 親父達ももちろん来ていないし、ソーマは〝第一〟王子なんだから尚更だ。


「ソーマ様はご立腹でしたよ。

『我が妹が危険な場所に行くと言うのに、俺を行かせず避難とは何事だ!!』と」


「ふふ……ソーマ兄様らしい。本当の兄妹じゃないのに」


 ラースが苦笑いを浮かべていると、ステラも呼応するように笑った。


「それで……そろそろ教えてはくれませんか?」


 ラースが真剣な眼差しでステラを見た。


「ステラ様。なぜシェンウィーを自らの手で殺すと申し出たのですか?」


「…………」


「シェンウィーは貴女にとって親も同然の存在なんでしょう?」


 ラースの言う通りだ。

 ステラの両親はステラが小さい頃に既に亡くなっている。

 母親は生まれた時に死に、そして父親――王弟殿下もステラが6つの時に……殺された。


 だからこの十年間、ステラは孤独な生活を余儀なくされた。

 いくらホルスやソーマ、それに俺がいたとはいえ両親には変えがたい。

 政治的に対立する可能性がある不安定な関係や王族と護衛という主従の関係では本当の気持ちなんて言えるはずもない。


 そんな中、支えてくれたのはシェンウィーだった。

 シェンウィー自身もステラに対しては何故だか特別な目線を向けていたような気がする。

 その思いをステラは感じ取っていたのだろう。

 気がつくとステラは守護竜の森に居座るようになり、俺達には言えない本音をシェンウィーにぶつけていた。

 ステラにとってシェンウィーはいつしか血の繋がりを超えたかけがえのない存在になっていた。


「確かに……そうですね。

 シェンウィーには色んなことを教えてもらいましたし、大切にもしてくれました」


 ステラが言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。


「ママやパパがいない私にとっては、親以上の存在と言っても過言ではないです」


「じゃあどうして?」


 と俺はステラに口を挟む。


「アトラス王家なんてホルスやソーマもいる。

 わざわざステラがやらなくてもいいんじゃないか?

 そもそもまだシェンウィーが発症するまで半年もあるんだ。

 それまでにもっといい方法を、有効な治療法を探せばいいじゃないか」


「――いいえ。ダン。それは違います」


 ラースが即座に否定した。


「狂竜病は必ず半年後に暴走するわけではありません。半年という時間はあくまで最長です。

 半年後に暴走するかもしれませんし、明日暴走してもおかしくはありません」


「! そうなのか?」


「えぇ……そもそもこの1ヶ月で狂竜化しなかっただけでも奇跡と言えるでしょう。

 なので殺すとするなら、なるべく早くした方がいいのです」


 他の方法を探す余地なんて存在しないんですよ、とラースは苦しそうに笑みを浮かべた。


 結局はシェンウィーを狂竜化させないためにはなる早で殺すのがベストなのか。

 いや、でもそれでもステラが敢えてそれをする必然性はないはずだ。


「へぇ〜。ダンも心配してくれてるんだ。珍しいね」


 と考えていると、前方から茶化すような口調で話すステラの声が聞こえた。

 ハッとしてステラの方を向くと、ステラはイタズラっぽい笑みを浮かべて振り向いていた。


「ほんの1ヶ月前までは私の護衛を辞めるとか言っていた癖に。

 結局は私のことが心配なんだね。ダンは」


 勘違いはよしてくれ。

 俺は何もステラがわざわざ率先して殺す必要はない、って言ってるだけだ。

 だからそんな顔をするな。


「うるせぇ……」


 俺はステラのニヤケ面を見たくなくてそっぽを向いた。


「でもありがとう……」


「あ? なんか言ったか?」


「ううん。なんでも。

 けれどだからこそなんだよ」


「? どういうことだ」


 真剣な眼差しに戻るステラに俺は首を傾げる。


「狂竜病は治らない。

 狂竜化したら理性を失い狂い暴れ、破壊の限りを尽くすし、もちろん人も殺す。

 それは歴史が証明してる」


 大昔にもアトラスの守護竜が狂竜病に罹ったことがあるらしい。

 その時は治ることを信じて治療法を模索し、守護竜を殺すことはしなかったが、治療法は見つからずついに狂竜化してしまった。

 狂竜と化した守護竜による被害は尋常じゃなかったらしい。


「今回は〝勇者〟もいない!

 シェンウィーが狂ったら、本当にアトラスは滅亡する」


 当時は、不幸中の幸いで、アトラス王国の友好国であるエルコレ帝国から『勇者』と呼ばれる英雄がたまたま来ていたらしい。

 その彼の活躍によって暴れ狂う守護竜を討伐し、被害を抑えることに成功した。

 だがそれでもアトラスが完全に復興するまでに百年は掛かったそうだ。


「アトラス王族として見過ごしちゃいけないし、シェンウィーにもそんなことをさせたくない!

 アトラスを護ってきたシェンウィーが最後にアトラスを滅ぼすなんてあっちゃいけない!」


 ステラの声は強くなり、碧色の瞳にも決意が宿り微かに揺れていた。


「私はシェンウィーのことが好きだよ。大切にしてくれたのも感謝してる。

 ――だからこそ私がやる!

 他の誰でもない。好きだからこそ。感謝してるからこそ。

 そのせいで私が〝悪役〟になっても別に構わない!

 シェンウィーが民を殺す前に私が――――シェンウィーを殺すんだ!」


「――うん。そうだね。

 私も殺されるならステラがいい」


「……ッ! シェンウィー!」


 ステラは思わずシェンウィーの方を振り返った。

 シェンウィーは相変わらずの穏やかな金の瞳をステラに向けていた。

 だが病気が進んでいるのか、口元は爛れ、艶やかで鮮やかだった白銀の毛並みはパサつきゴワゴワとして、顎辺りには逆さに生えた鱗が硬く赤黒く腫れ上がったように広がっていた。


 ステラはすぐにシェンウィーの元に駆け寄り、抱きつくように鼻辺りに触れた。


「シェンウィー。ごめんね。あなたを殺さなきゃいけないなんて」


「仕方ないよ。アトラスのためさ」


 シェンウィーは2本の髭を器用に動かしステラに抱きつくように巻いた。


「唯一心残りがあるとするならステラの手を汚させてしまうことだけど、こればっかりは仕方がない。

 私には初代アトラス国王と交わした契約で、自ら死ぬことは許されていない。

 私を殺せるのは、私の生き血を飲んだ者のみだからね」


「…………」


「だからステラ」


「……うん」


「一思いに私を殺してれるかい?」


「そのつもりだよ」


 シェンウィーがそう聞くと、ステラは覚悟を決めたような顔つきで大きく頷いた。


「では竜殺しの儀式を始めましょう」


 ラースが静かに、そして切なそうにそう言った。

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