第3話
ぼんやりとダイニングチェアに座ったままだった。
ガチャと玄関の開く音がして、夫が入ってきた。
「わっただいま、電気もつけずにどうしたの?」
「えっ、電気…あら真っ暗」
夫が電気をパチリとつける。
ようちゃんはいなくなっていた。
「あっ、ピーマンハンバーグ作ったの?懐かしいな〜、きみがこれをまた作ってくれるなんて…」
夫が鼻をすんと鳴らす。
ようちゃんと一緒にピーマンハンバーグを作ったのは夢だったんだろうか。でも料理はできている。
ようちゃんが食べた席には食べかけのピーマンハンバーグ。
でもいない…
「あっ、今温めるから」
と夫の晩ご飯を用意する。
「これ、ようちゃん好きだったよな…かあさんの作る料理は全部美味しいけど、ようちゃんのリクエストするメニューはどれも面白くて良かったよな」
「そうね、子どもの発想力かしら?次から次に出てくるから、わたしも負けじと面白そうなレシピを考えたわ」
夕飯時にこんなに会話が弾むのは久しぶりだ。
ようちゃんがいなくなり、私たちも年を取った。
ご飯も当たり障りのないメニューが増え、あんなに楽しかった料理も面倒くさいな、と思う日々だった。
そうか、カメヤマのお弁当ももっと楽しいメニューにしたら…
次の日、思い切ってピーマンハンバーグをお弁当にして出してみた。
〜〜〜〜〜〜〜
肉汁たっぷり!丸ごとピーマン
さあ、かぶりつけ!
〜〜〜〜〜〜〜
ポップを出してお昼のお弁当に並べたら、
「なにこれw」「面白い」「おかあさんこれ買ってー」
と思いの外反響が良かった。
「井上さん、やりました!今日のお弁当完売ですよ!」
店長がにこにこしながら控室に顔を出した。
「ありがとうございます、ちょっと遊びすぎましたかね」
「いやいや、普通のお弁当はみなさん食べ飽きてるんですよ。美味しいけれど楽しいお弁当、井上さんんだからできるお弁当ですね」
いやはや、べた褒めで恥ずかしくなるが、店長の丸顔とクシャっとなった目尻に嘘は見えない。
まだ20代中旬ではあるが、人の良さと可愛らしさもあるこの店長の言葉をありがたく頂戴した。
「明日のメニューなんですけどね、この調子で油揚げを使って作ることできますか?
油揚げの好きなお客さんからのリクエストなんです。」
と『お客様の声』の紙をペラっと見せる。
はあ、油揚げですか。
帰り道今までに無くどこか足取りが軽い自分がいた。ようちゃんのピーマンハンバーグをみなさんが喜んでくれた。
料理に対しての楽しい、という気持ちがふつふつと以前のように戻って来る感覚があった。
さてさて、油揚げ。普通に考えたらおいなりさんだが、もっと楽しく、ようちゃんだったらどんな風にしたら喜ぶか。
翌日のお弁当は、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
爆弾おいなりさん!
食べれば食べるほど新しい味
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
甘く煮た油揚げ。何枚もつなぎ合わせ中にたくさん具を詰めた。酢飯ではなく、煮卵や煮豚、炊き込みご飯。
それはそれは大きなまんまるおいなりさんである。
昼時、「わあ、大きい!」「おいなりさんってこんなことできるの?」とお弁当コーナーが大盛りあがりである。
夕方、またしても店長が控室に顔を出す。
「井上さん、井上さん!お客さんからの声、すごいですよ」
渡された紙を見ると
『こんなお弁当初めてです、美味しかった!』
『また食べたい!』
ふふふ、と嬉しくなる。ふと見ると文字の横に小さなキツネのイラストが描かれている。
あらキツネと思ったら、店長がびっくりすることを言ってきた。
「カメヤマのお隣、古くからある稲荷神社じゃないですか?キツネさん達のリクエストになかなか応えられなくて困ってたんですよ。食の細いキツネさん達も久しぶりに腹いっぱい食べたって嬉しそうでしたよ」
「???キツネさん?」
「そうです。キツネさん。カメヤマは昔からもののけさん達のごひいきですから」
ようちゃんの言っていた『もののけ』があっさりと店長の口から出て、ポカンとする。
「あの、もののけって本当にいるんですか?」
「はい、もちろん。普段は普通の人間のように生活してますけどね。知っている人は当然知っています。
井上さんも最近もののけさんのことお知りになったでしょ?顔をみたら分かるんです。だからもう言っても大丈夫ですよね」
当然のことを普通に話すという風に店長がいつもどおりにこにこしている。
「井上さんのお弁当、絶対もののけさん達に人気が出ると思うんです。なので明日は豆腐小僧さん向けに大豆メニューお願いできますか?」
続く
もののけのお弁当 たぬき @iitanuki
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