とある大鎌の話

 世界の果てに、とても高い山があった。周りは一年中凍りついた険しい山脈で、良質な鉱脈があるにも関わらず人が寄りつかない寂しい場所だ。


 ある日、山のてっぺんに翼を痛めたドラゴンがやって来て、療養の場所を作ろうと鋭い鉤爪で固い地面を深く掘り起こし、喉からブレスを吐いてあたり一面を溶岩の沼にした。

 せっかく涼しい場所に来たのだからと、ドラゴンは時々ブレスを吐いて七百七十七度の温度に保ち、空気中の魔力を取り込んで徐々に力を取り戻していった。

 そして七十七日が過ぎると怪我が全快したので、元気に飛び去って行った。


 ドラゴンのお尻の下に七十七日間敷かれていた場所には、翼から滴り落ちたドラゴンの血が落ちていた。そこはたまたま地表に現れていた鉄鉱だったので、鉄は赤く染まり、七百七十七度で七十七日間加熱されていたので、意思のようなものが生まれかけていた。


 ここで九百九十九度の熱を九十九時間与えれば、意思を持つ鉱物が誕生していたのだが、そんなことはまったく気にしていないドラゴンはとっくに飛び去っていたので、残念ながらほんのりと赤く光る不思議な鉄鉱石ができただけであった。


 さて、凍りついた山だったのに急に高温で加熱されて、山の中心部には異常が起きていた。ある日、どかんという音を響かせて山のてっぺんが破裂して、赤く光る鉱石は遥か彼方へと飛んで行った。


 石が落ちた場所に通りかかった男が、珍しい石だと感じて拾い、山の民である恋人にプレゼントした。彼女の父親は腕の良い鍛治師だったので、喜ばれるかと思ったのだ。

 女性はもらった石を父親に見せて、これで小さな草刈り鎌を作って欲しいと頼んだ。


 その草刈り鎌はとても大切にされた。

 そこに含まれた、意思になりかけたなにかは、愛情や大切に想う気持ちをなんとなく感じ取れるようになっていたが、それ以上なにか起こるわけでもなく、せっせと草を刈った。


 とても良く切れる草刈り鎌は、女性の子どもへ、孫へ、と渡されてせっせと草を刈った。

 何代目かの子孫に、女性だがとても腕が良い鍛治師が生まれた。彼女は草刈り鎌の刃にたくさんのミスリルを合わせて、素敵な大鎌を作り上げた。天性の才能で、これは単なる草刈り鎌で終わらせてはならないと感じたのだ。


 彼女は夫になった冒険者に、真っ赤な大鎌をプレゼントした。

 この夫婦は残念ながら子どもに恵まれなかったが、良く切れる大鎌はたくさんの子どもたちの命を救った。恐ろしい魔物たちから助けられた子どもたちは、真っ赤な大鎌のことをとてもかっこよく思って、冒険者のことも大鎌のことも大好きになった。


 大鎌には人格はないが、嬉しそうにを撫でる子どもたちの気持ちを心地よいと感じていた。


 やがて妻を亡くした冒険者は、世界の果てに残酷なドラゴンを討伐しに出かけた。そのドラゴンは悪知恵があり、生まれて十年以内の子どもを五十五人食べさせないと世界を焼き尽くすと脅して来たのだ。


 何日も何週間も何ヶ月もかかった死闘の果てに、冒険者はドラゴンを倒すことができた。

 だが、冒険者もそこで力尽きてしまった。


「やったぜ、相棒」


 そう言って息を引きとる冒険者に、赤い大鎌はほんのりと光ってみせた。


「相棒、俺の次の、新しい相棒を探すんだぜ……」


 冒険者の魂は天に召された。

 彼はとてもたくさんの人の命を救った立派な人物だったので、神々は彼の魂を讃えてなにか奇跡を起こそうと考えだが、冒険者の魂は『相棒に祝福をください』と、まったく欲がなかった。


 そこで神々は、赤い大鎌に芽生えた気持ちを、ほんの少しだけ後押しした。


 だが、冒険者の屍が粒子と化しても、世界の果てには誰も訪れなかったため、赤い大鎌はとても長い時間そこに横たわっていた。

 大鎌にはまだ意思は生まれていないが、なんとなく『相棒に逢わなければ』という気持ちが生まれて来た。


 その様子を見た調和の女神アメリアーナは「あなたはこのようなところに落ちている武器ではなくてよ」と言って、赤い大鎌を拾い上げた。


「わたしが、調和の取れる場所に持って行ってあげましょうね」


 こうして赤い大鎌は、マリンのマジカバンの中に収まったのであった。

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トーリさん SS置き場 葉月クロル @hazuki-c

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