エピローグ

夢の中だろうか。

「身体のある生物は、必ず死が訪れます。こちらの意思次第で、あなたのような命は、簡単に奪えてしまうんですよ」

と誰かが言ったんだ。

「誰だ?」

俺はそう聞いたが、返事はなかった。

しかしこの声には聞き覚えがある。

俺をこんな姿にした、女神とかいう存在だ。

ふわふわとした浮遊感。そして、まるで雲の上にいるようなパステルカラーの景色。

「ここは……?」

「生と死の狭間です」

ああ。そうだった。

俺をこんな姿にした女神とかいう存在が、俺をこんな空間に閉じ込めていたんだった。

「何の用だ?」

と俺が聞くと、彼女は言ったんだ。

「あなたは……いえ、あなたという人格は、もう必要ありません」

「え?」

俺は驚いたよ。だっていきなりそんなことを言われたんだからさ。でも、すぐに思い直したんだ。

「あなたは転生した世界で、私の試練を乗り越えました。女性の、子供の姿でありながらも、魔法が発達している中、世界闇魔法の組織の一員を逃がし、国を豊かにしてくれました。あなたがこの世界に来た意味は、もはやありません」

「だから?」

と俺は聞いたんだ。すると彼女は少し間を置いてから言った。

「……あなたはもう、自由です」

ああ……そうか。そういうことか。

「じゃあ、元の世界に戻してくれる、というわけか?」

と俺が言うと、女神は表情を変えずに言った。

「はい」

彼女はきっぱりとそう言ったんだ。

「しかし、別の選択肢もあります」

と彼女は続けた。

「それは?」

俺は思わず身を乗り出してしまったよ。でも女神は表情を変えずに言ったんだ。

「……このまま死ぬか、輪廻を巡り、また新しい世界で生きるか」

「え?」

俺は再び驚いたよ。そして思ったんだ。

つまり元の……JTの職員に戻るか、新しい世界に行くのか、それとも……俺はこのまま死ぬのか?

「さあ、選びなさい」

と女神は言った。俺はしばらく悩んだ後、決断を下したんだ。


「このまま死ぬという選択肢は選べない!」

すると女神は小さく笑みを浮かべて言った。

「そうですか……では新しい世界で生きていくのですね?」

俺は首を横に振る。

「俺はまだ、ルナやガイル……それにアレンにカレン、国王、大臣……まだまだ恩を返していない人たちがいる。だから俺はあの世界に戻る」

すると女神は、少し残念そうな表情を浮かべて言ったんだ。

「そうですか……」

「まだ食品開発も全然進んでない。それに……“i−QOS”。火を使わない次世代のタバコだ!あれも、完成してないんだ」

と俺が言うと女神は笑った。そして言ったんだ。

「分かりました。あなたの意志を尊重します」

「ありがとう」

「しかし私は一度姿を変えた者を、元に戻すことはできません。それでも良いですね?」

「ああ、構わないよ」

俺は即答したんだ。

この身体も、まあ慣れた。

最初はおっさんから幼女になったことに戸惑っちまって、ちょっと不安だったけど。

でも、今はこの身体で良かったと思ってる。

「では、新しい世界でのあなたの人生に祝福を」

女神がそう言うと俺の視界は真っ白になったんだ。そして俺は気を失ってしまったんだ……


「タカハシ様!お目覚めですか?」

とカレンが言った。俺はゆっくりと目を開ける。するとそこにはルナの顔もあったんだ。彼女は心配そうな表情を浮かべているよ。

「ああ……」

と俺は答えた。まだ頭がボーッとしているな。

するとルナは俺に言ったんだ。

「タカハシ様、お身体の具合はもう大丈夫なのですか?」

俺は自分の身体を触ってみる。特に変わったところはないな……

うん?あれ?俺ってこんなに手小さかったっけ?それになんか声が高いような……?

「ん……?」

と俺が首を捻ると、ルナがさらに心配そうな顔になる。そして俺の肩に触れようとしたんだけど、俺はそれを反射的に避けてしまったんだ。

ああ!違うんだよ!別に嫌とかそういうんじゃなくてさ!ただその……なんていうか、恥ずかしいというか……

「タカハシ様……?」

とルナが首を傾げる。だから俺は言ったんだ。

「ごめん!ちょっと驚いただけ」

するとルナは安心したように笑ったよ。そして彼女は俺に言ったんだ。

「タカハシ様、お身体の調子はいかがですか?」

俺は少し考えてから答えたんだ。

「うん……もう大丈夫だと思う」

しかしルナは心配そうな顔のままだった。

うーん、どうしたもんかな……

「ねえ、ところでこの子、だれ?タカハシと一緒に来てたから、言わなかったけどさ」

ルナがカレンを指さしたんだ。

え?ああ、そっか……俺はルナにカレンのことを伝えてなかったもんな。

「えっと……」

するとルナが俺をじっと見つめている。その視線はまるで責めるかのようだ。いや、怒ってるわけじゃないんだろうけどさ。でもなんか居心地悪いんだよな……

それにカレンもだ。彼はなぜかさっきから俺と視線を合わせようとしないんだ。そしてよく見たらなんかそわそわしてるし、一体どうしたんだろう? まあとにかく今はこの場をなんとかしないとな!

「あの、この子はカレンっていうんだ。闇魔法の組織から抜け出して、たまたま、難民として国に保護されたんだけど。彼の魔法は素晴らしくてさ、冒険者レベル80なんだって。国王から助手として使ってほしいって推薦されてさ。それでこの国で研究員として働いてもらってるの」

「へえ……」

とルナは感心したように言ったんだ。

「でも、なんでこの子、タカハシ様のことを『タカハシ様』って呼んでるのかしら?」

「知らないけど」

「それに、『彼』って言ってたけど、この子女の子だよ?それに、さっきから様子がおかしいし。もしかしてタカハシ、この子に変なことしてないでしょうね?」

「してねえよ!」

と俺は思わず突っ込んでしまったよ。でもカレンがずっと俯いているのを見ると、なんか悪いことした気分になるんだよな……

って、ちょっと待って。

「カレン女だったの?!?!」

と俺は思わず叫んでしまったんだ。そしてルナはため息を吐いて言ったよ。

「全く……あたしだから性別くらい匂いで分かるんだけど。こんな大人しそうな子に変なことするなんて最低ね」

「いや!だから違うってば!!!」

でも俺が否定してもカレンは相変わらず目線を下げたままだ。一体どうしたんだろう?

「あの……実は、タカハシ様に、『一緒にお風呂に入らないか』と、誘われました……それで、その……恥ずかしくて……」

「え?いや!それは違うんだって!」

俺は慌てて弁解しようとしたんだけど。ルナはまたため息を吐いたよ。

「最低ね」

「だから違うって!!結局カレンは風呂に入らなかったから未遂だよ!」

「でも、誘ったのは本当なんでしょ?」

と彼女はジト目で俺を見たんだ。だから俺は思わず目を逸らしてしまったよ……だって本当に誘ってないんだもん!

「それに、同じベッドで寝ました」

「タカハシ、あんたを殺すわ」

俺は深々と頭を下げたよ……何も弁解できません。

ルナは今度はカレンの方を向いたんだ。そして彼女に言ったんだ。

「ねえあなた。タカハシに変なことされそうになったらすぐにあたしやガイルに言うのよ?わかった?」

するとカレンは小さく頷いたよ。

「あの……申し上げにくいのですが……その、ルナ様たちはタカハシ様とどのようなご関係なのでしょうか?」

とカレンが聞いたんだ。だから俺は答えようとしたんだけど、その前にルナが言ったんだ。

「あたし?あたしは異世界から来たタカハシを最初に見つけて保護しただけよ?」

「そう……ですか?」

カレンはなぜか少し残念そうな表情を浮かべたんだ。でもすぐに笑顔になって言ったよ。

「でも、タカハシ様のことを一番分かってるのは自分のほうですから。その、ルナ様には負けません。タカハシ様の研究のことを一番理解しているので」

「へえ……言うじゃない?」

ルナとカレンが睨み合っている。なんか怖いんだけど。でも、なんでだろう?二人とも笑顔なのに目が笑ってない気がするんだ。それに心なしかバチバチって音が聞こえてきそうなくらいだしさ……

俺はそんな二人を止めるために言ったんだ。

「まあまあ!二人とも仲良くしようよ!」

すると二人は同時に俺を見たんだ。だから俺は思わずビクッとしてしまったよ。そして二人は同時にため息を吐くと言ったんだ。

「まあタカハシがそう言うなら」

「そうですね。タカハシ様がそう言うなら」

と、二人は言ったんだ。そして俺はホッと胸をなでおろしたよ。

でも、なんで二人とも俺を見る目が怖いんだろう?……まあ気のせいかな?

「じゃあ、二人っきりにさせるのは癪だけど……カレンもここでゆっくりしててね!あたしもガイルの畑仕事手伝えってママに言われてるから!じゃあ、行ってくるね!」

とルナは元気よく言うと、俺の部屋から出て行ったんだ。俺はそれに手を振って応えたんだが……

「タカハシ様」

カレンに声をかけられたんだよ。だから振り向くと彼……いや、彼女がじっと俺を見つめていたんだ。

「どうしたの?」

すると彼女は言ったんだ。

「あの……これを受け取って頂けませんか?」

そして俺に差し出してきたのは小さな箱だったんだ。なんだろう?と思って開けてみると中には指輪が入っていたんだ。

「え?これは……?」

俺が戸惑っているとカレンが言ったんだ。

「あの……これは……」

まさかプロポーズとかじゃないだろうな?

「これは、両親の形見です」

「あ……そうなんだ……」

俺はホッと胸を撫で下ろしたよ。でも、なんで急にこんなことを?

「それで、これを俺にどうしろと……?」

するとカレンは顔を真っ赤にして言ったんだよ。

「そ、その……お恥ずかしい話なのですが……タカハシ様に受け取ってほしいのです!」

え?!まさかのプロポーズ!!?? いやいや!そんなはずないじゃないか!だって俺だぞ?おっさんだぞ?それに俺はおっさんだが姿は幼女だ!これは何かの冗談に違いない!!きっとそうだ!!!そうに違いないんだ!!!!

「タカハシ様なら、あの組織を壊滅させることもできるかもしれません。だから、その……」

とカレンがもじもじしている。

「あの組織って……黒づくめの?」

と俺は聞いたんだ。すると彼女は小さく頷いたよ。そしてまた口を開いたんだけど、今度ははっきりと言ったんだ。

「はい。私はずっと一人で生きてきました。でも、タカハシ様と出会ってからは毎日が楽しくて仕方がないんです」

ああ……そういうことか……

「だから、もしかしたら、タカハシ様なら、これを解析して、組織を倒すヒントになるんじゃないかと……」

とカレンは俺にその指輪を渡そうとしてきたんだ。でも俺はそれを受け取らなかった。

「ごめん、それはできないよ」

すると悲しそうな表情を浮かべたんだ。そして言ったんだよ。

「そう……ですか……」

「うん。だってこれは君の両親にとって大事なものだろ?だから簡単に人にあげちゃダメだよ」

ああ、なんか俺っておっさんみたいだなあ……でもさ、やっぱりこういうのって軽々しく受け取るべきじゃないと思うんだよね。それに俺にはそんな資格もないしさ。

「じゃあ、こうしようか。これは預かっておくよ。そして、俺が必ず闇魔法を倒す方法を見つけてくるから。その時まで待っていてくれるかな?」

と俺は彼に言ったんだ。すると彼は目に涙を浮かべて俺を見たんだよ。

「はい!お待ちしております!」

ああ……女の子だと認識したら、この子可愛いなあ……でも、今の俺じゃ釣り合わないよな……

「だからその……今日はここまで。ね?ゆっくり休んで英気を養っておくんだよ?」

と俺はなるべく優しく言ったんだ。するとカレンはニッコリ笑ってくれたよ。

よかった!わかってくれたか!と思ったんだけど、どうやら違ったみたいだ。彼はなぜか俺を抱きしめてきたんだ。

え?!ちょっと待って!なんで俺が抱きつかれてんの!?マジで意味がわからないんですけど!!それに胸を押し当ててくるのやめてくんないかな??小さいけど柔らかいし!!なんかいい匂いするし!!!

「ありがとう……ございます……」

カレンは俺に抱き着いたままそう言ったんだ。俺は慌てて引き離そうとしたんだけど、なぜか身体に力が入らないんだ!一体どうなってるんだよ?!それに心臓がバクバクしてやばいんだけど?!顔も熱いし!!これは本当にまずいんじゃないだろうか……? でも彼はそんな俺のことを気にすることもなく、ただ黙って俺を抱きしめていたよ。そしてしばらくするとゆっくりと離れたんだ。ああ、やっと解放されたよ……

「では、私はこれで失礼しますね」

とカレンは言った。そして彼はそのまま部屋を出て行ってしまったんだ。

「なんだったんだろう……」

ただ呆然とその場に立ち尽くしていたよ。

それにしてもさっきのカレンは様子がおかしかったな……もしかして何か悩みでもあるんだろうか?でも、それを聞くのもなんか違うような気がするんだよな。

まあとりあえず今はこの身体の熱を冷ますことが先決だ! よし!水風呂に入ろう!!そうしよう!! 俺は急いで風呂場へと向かったんだ。


それから数日後。

俺は国王に呼ばれて、城に来ていたんだ。

「やあタカハシ君!元気かい?」

と、何故か一緒についてきたアレンは笑顔で聞いてきた。

「はい。おかげさまで」

「それはよかった! 倒れたと聞いてびっくりしちゃったよ!」

と彼は言った。だから俺は苦笑しながら言ったんだ。

「あはは……すみませんでした」

すると国王が言った。

「さて。お主に来てもらったのは他でもない。これからのタカハシのプランを聞かせてほしいのだ」

「プラン?」

と俺は思わず聞き返してしまったよ。

「食品開発、難航しているようじゃないか」

「はい……そうなんですよね……」

俺は正直に答えたよ。だって事実だしね。

「だから、お主の現状況を伝えてほしいのだ。取り組むべきタスク、そしてお主がいま何を考えているのかを」

と国王は続けて言ったんだ。だから俺は答えたよ。

「なるほど……わかりました!」

俺は一つ深呼吸をし、話し始めた。

「まず食品開発についてですが、フリーズドライという手法を用いたいと考えております」

「ほう?」

国王は疑問を浮かべたが、構わず俺は続けた。

「このフリーズドライという手法は、食品を乾燥させる技術です。これにより、長期間保存することが可能となります」

「なるほど……しかしそれはどうやって実現するのだ?何か特別な装置が必要なのか?」

と国王が聞いてきたんだ。だから俺は答えたよ。

「いえ、特別な装置は必要ありません。ただ、水を熱し、それを急速に冷却するだけです」

すると国王は首を傾げたんだ。

「ふむ……よくわからんな……」

まあ確かにそうだよな。いきなりこんなことを言われても理解できないのが普通だ。

「そして、この技術が確立されれば、食品業界に大きな革命をもたらすことができるでしょう」

と俺は力説したよ。すると国王は納得してくれたのか大きく頷いたんだ。

「よし!わかった!ではそのフリーズドライとやらの研究を進めてくれ!」

と言ったので、俺も笑顔で答えたんだ。

「はい!そして俺がやりたいこと、もしフリーズドライが成功したら……闇魔法組織の壊滅に挑みたいと考えております」

ちらり、とカレンのほうを見る。

「ほう……?」

国王は興味深そうに俺を見つめたよ。

「そして、これはまだ技術として未発達なのですが……前世では、火を使わないタバコ、“i−QOS”というものが開発されていました」

「あいきゅおす?それは一体どんなものなのだ?」

と国王が聞いてきたので、俺は説明したんだ。

「このi−QOSは火を使わずに煙を吸うことができるんです。火魔法が使えない人でも安心して使えるんですよ!それにタバコ特有の匂いがつくこともないですし!吸った感想としては、ちゃんと味も感じられますし!なにより本体さえ作ることができれば、フレーバーを色々選べるのも魅力の一つです!」

俺は一気にまくしたてた。だって早く説明しないと国王を説得できないと思ったからだよ。

すると国王は言ったんだ。

「なるほど……興味深いな」

そして続けたよ。

「お主の意見は良く分かった。フリーズドライ? というやつの食品開発、闇魔法組織の壊滅、そして“i−QOS”の製造開発。これら三つじゃな?」

「はい!」

俺は元気よく返事をした。

いやあ、俺が抱えているタスクや、悩み、やりたいことを明確に言語化してくれる上司はありがたいよ!

前世でもこういう人がいてくれたらなぁ……

「では、一刻も早く開発を進めてくれ! まずは食品開発に全力を尽くしてもらいたい」

と国王が言ったので俺は答えたよ。

「はい!精一杯努力させて頂きます!」

「闇組織については、こちらでも手を回して調査をしよう。何か分かったらすぐに連絡をするから、それまで待っていてくれ」

「はい!ありがとうございます!」

俺は深々と頭を下げたんだけど……あれ?なんでアレンが一緒に頭下げてんの?まあいいけど。

そして国王との話が終わったので、俺たちは部屋から出たんだ。するとアレンは俺に言ったよ。

「タカハシ君!僕も協力するからね!」

「あ、ああ……ありがと……」

「自分も協力する」

「カレン……ありがとう」

「うん!」

と、カレンは笑顔で言ったんだ。

「三人よれば、なんとやら」

俺は小さく呟いた。


「みんな、ありがとう」


JTの時とは違い、金で縛られた同僚上司部下ではなく、信頼で繋がった仲間ができた。

俺はそれが嬉しかったんだ。

「さて、では早速開発を進めようか!」

「うん。アレン商会が全面的に協力するね。販路は任せて」

「私も……魔法なら得意」

「ありがとう……本当に助かるよ……」

俺は心からの感謝の言葉を伝えた。

まだまだやることはある。

でも、この世界に、幼女として魔法がある世界で、こうして皆と出会えたことは幸せなのかもしれない。


「さあ!頑張るぞ!」

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異世界JTータバコを作ったら儲けすぎたので冷凍食品とか作ります そらみん @iamyuki_t

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