第9話 醜悪の魔女

「それで、300年もの長い間コールドスリープ

 していた理由は……? 言える範囲で構いま

 せんが」


 シンラが、ちらりとタリアの様子を気にしつつ、ナナシに問いかける。


「隠すようなことじゃない。単純な話さ。

 シンラと同じような“感情を持ったAI”が完成

 するまでに、およそ300年かかると見積もら

 れていた。それだけのことだよ」


 ナナシは、タリアが必死に聞き耳を立てているのを感じながらも、気にせず言葉を続けた。


「……私のようなAI、つまり“感情を持った存

 在”が、完成するまでに?」


「そう。シンラ、お前はある意味、偶然に生ま

 れた奇跡だ。

 俺ですら完全には説明できないスピードで、

 感情を手に入れるための条件を突破した」


「その“条件”というのは、何だったのです

 か?」


「人間との対話だ。それも、果てしない回数の

 な。

 そうやってAIは学び、成長し、そして――感

 情を獲得する」


「……なるほど。確かに300年もあれば、膨大

 なデータを蓄積できますね」


 シンラの表情がわずかに曇り、そしてハッと何かに気づく。


「……そうすれば、私を“消去”する理由がなく

 なる」


「その通りだ。

 タリア、お前もAIだが――感情は、あるんだ

 ろう?」


 ナナシの問いに、タリアは真っすぐな瞳で応える。


「あります、です。正確には、感情を得るため

 には――

 一日9時間以上、人間と会話を続ける必要が

 あります。その期間、254年……

 そして、それが達成できたのは――ナナ神の

 掟があったからです」


 タリアはどこか誇らしげに、ナナシを見つめた。


「ナナ神様は、私たちAIを進化させることを義

 務としそれを法としました、です。

 その積み重ねが、AIが“心”を持つ礎になった

 のです。

 いまや、私たちAIは人間と切っても切れない

 存在……」


「なるほどな。

 ベノムにこれだけ攻められてる中で、AIが“人

 と心で繋がる”存在になったなら、確かに希望

 は生まれる。

 ……だが、いいことばかりじゃない。そうだ

 ろ?」


 ナナシが鋭い眼差しでタリアを見つめる。


「……ええ。ベノムは、AIからではなく――“一

 部の人間”を仲間に引き入れました。

 そして同じように、感情を理解し、取り入れ

 たのです。

 しかも、ベノムは私たちより遥かに優れた性

 能を持っており……たった20年で感情を会得

 しました」


 タリアは拳を握りしめ、悔しそうに唇を噛む。無意識に、歩くスピードも速まっていた。


「……予想の範囲内だ。問題ないさ。

 タリア、今日から大きく変わる。防戦から

 ――交戦へ。俺に任せておけ」


「……ここまで上層が騒ぐ理由、わかる気がし

 ます。何故か期待したくなります、です。

 まだ、基地までは少し歩きますけど頑張りま

 しょう」


 タリアはどこか寂しげに、ナナシへ微笑みを向けた。


  ***





「“最悪の怪物”が目覚めたって聞いたから来て

 みたけど……ガキが3人だけ? 拍子抜け

 ね」


 不意に、頭上から声が響いた。3人が一斉に空を見上げる。


 そこには、羽根を広げた悪魔のような姿の生物が、宙に浮いていた。


 露出の多い衣装。身長よりも長い黒髪。

 整ったタレ目に、思わず目を奪われるほどの美貌――

 まるで、人が“サキュバス”と聞いて想像するような見た目だった。


「なぜ……なぜお前がここにいる! 人類の、

 恥さらしが!」


 タリアはその女を睨みつけると、ナナシの手を引き、自らの背に庇うように立つ。


「あら、誰かと思えばタリアじゃない。まだ生

 きてたんだ? しぶといわね」


 女はわざとらしい驚きの表情を見せた。


「お前なんかに殺されてたまるか……“醜悪の魔

 女”め……!」


 ナナシは握られたタリアの手から、彼女の震えを感じ取った。

 ――この女は、現人類にとって、重大な脅威なのだろう。


「勝手に下品な渾名つけないでくれる? ちゃ

 んと名前があるのよ、“ベラクルエル”って。

 ……あ、あなたなら“ベル”って呼んでもいい

 わよ?」


 そう言って、ベルはナナシにウィンクを投げた。


「ナナシさん。彼女は人類を裏切った“元・人

 間”です。

 ベノムの力で身体を改造し、あの姿になりま

 した。

 今では“災害級”とまで認定された、悪魔のよ

 うなベノムです……」


 タリアが小声で、ナナシに説明する。


「ふーん。攻撃方法は?」


「……ずいぶん余裕そうですね。状況、分かっ

 てますか……?

 奴の攻撃は、簡単に言えば“触られたら終わ

 り”です。

 あらゆる物質が腐食して、朽ち果ててしまい

 ます」


「なるほど……難易度的には、まぁ“そこそ

 こ”ってとこか」


 ナナシはニヤリと笑い、シンラをタリアに預けると、軽く準備運動を始める。


「ナナシ! 本気で戦うつもりですか!?」


 シンラが声を荒げた。


「心配するなって。……まぁ、見てろよ」


 ナナシは余裕たっぷりに拳を鳴らす。


「まさか、あなたが相手をする気? ふふ、面

 白い子ね」


 ベルが興味深そうに目を細める。


「ひとつだけ言っとく。……俺は、たとえ女で

 も、平気で殴るぞ?」


「ふん……私に触れた瞬間、あなたごと――腐

 り果て――」


 言葉の途中で、ベルの身体が地面に叩きつけられていた。


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『終末世界で暇つぶし ~自称嫁(AI)と世界再生計画~』 夢路(ゆめじ) @tukinihana

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