エピローグ 天ヶ瀬光太
春の柔らかな日差しが、墓石に静かに降り注いでいる。
私は、白い花束を手に、一つの墓前に立っていた。
こっちに戻ってきてから二週間。
異世界での冒険は、まるで長い夢のようだった。
でも、体に残った傷跡や、胸の奥に刻まれた記憶は、そのすべてが現実だったことを教えてくれる。
「天ヶ瀬光太さん……」
私はそっと墓石に刻まれた名前を指でなぞった。
十年前に亡くなった男子高校生――煌天丸の前世の名前。
昨日、曾祖母の斎おばあちゃんから聞いた話が、まだ耳に残っている。
曾祖母の家を訪ねた私は、異世界での出来事をすべて話した。
信じてもらえるとは思っていなかったけれど、斎おばあちゃんはうなずきながら、静かに話を聞いてくれた。
「まさかあの禍津日を倒してくるなんてね……灯凛、ありがとう」
「煌天丸さんのおかげだよ。あの人がいなかったら私はあの世界で生きられなかったと思う」
「そうかい……ああ、そうだ」
すると曾祖母は、写真立てを取り出して見せてくれた。
そこには、一人の少年が写っていた。
「この人は?」
「天ヶ瀬光太くん。近所に住んでた高校生だったんだよ」
その少年の瞳を見た瞬間、私は息を呑んだ。
あの瞳は、忘れられない。
煌天丸さんと同じ、まっすぐで、どこか寂しげな目だった。
「光太くんは、十年前に落雷事故で亡くなったんだ。病院に運ばれたけど……残念ながら助からなかった。禍津日の仕業だということはすぐにわかったよ」
その話を聞いたとき、胸が締めつけられるようだった。
煌天丸さんは、前世で私の曾祖母ちゃんの代わりに命を落とした。
その魂が、異世界で私を救ってくれたのだ。
斎おばあちゃんは遠くを見るような眼差しで、静かに言葉を続けた。
「ずっと思ってたの。光太くんの魂は、どこかで生き続けてるって」
その言葉を聞いた瞬間、私の中でいくつもの点と点が繋がった。
「光太さんが転生した先は……」
「そうだね。お前の話を聞く限り、きっとそうなんだろうね」
その時見た曾祖母ちゃんの笑顔はとても晴れやかなものだった。
墓前に立ち、私はそっと花束を供えた。
「煌天丸さん――いえ、天ヶ瀬光太さん。あなたは二つの世界で、水無月の家の人を救ってくれたんですね」
風がそっと吹き、桜の花びらがひらりと舞い落ちる。
ポケットの中で、小さな光がふわりと漏れた。
驚いて手を入れると、そこには小さな白銀の体毛があった。
それは――私が確かにあの世界にいた証だった。
ふと、視界の端に何かの気配を感じて振り返る。
墓地の入り口に、一人の男性が立っていた。
黒髪に鋭い目、そして柔らかな微笑み。
まるで煌天丸さんが人間の姿になったような雰囲気。
私は言葉を飲み込み、瞬きをする。
男性は軽く手を挙げると、くるりと背を向けて歩き出した。
「ま、待って!」
私は駆け出した。
でも、墓地の門をくぐった瞬間、その姿はもうどこにもなかった。
残されていたのは、一筋の青い光の痕跡と、耳元に響くような懐かしい声だけ。
『また会おうな、灯凛』
風に乗って聞こえたその声に、私は涙を堪えながら微笑んだ。
「きっと、必ず」
私は体毛をそっと握りしめて、空を見上げる。
どこかで、彼もきっと同じ空を見上げているのかもしれない。
世界を超えて、魂は繋がっている—――私は、そう信じている。
その帰り道。
私は最寄り駅近くのコンビニに立ち寄り、肉まんをひとつ買って、袋の端を破りながら歩き始めた。
ふかふかの皮に歯を立てると、中から熱々の餡がじゅわっと広がり、自然と顔がほころぶ。
「……やっぱり、日本の肉まんはおいしいなあ」
小さく呟いて歩きながら、ふと足元に風が吹き抜けた。
なんだか、身体がスースーする。
「……ん?」
違和感に気づいて自分の服を見下ろすと——制服が、消えていた。
そういえば、私が身につけていたのは、あの世界で煌天丸さんが妖力で作ってくれた制服だった。
妖力が尽きたせいか、それはついに形を保てなくなっていたようだ。
「ちょっ、うそ、ちょっと待って、これヤバい……っ!」
気づけば私は、靴と靴下、それにリボンだけを身につけた全裸の姿で道端に立っていた。
「な、なんでよりによって駅前でぇ!」
青ざめながらバッグで必死に身体を隠す。
私は空を睨みつけて、叫んだ。
「あのえっちな妖怪さんめぇぇぇぇぇぇ!!」
和風ファンタジー世界に人外転生してラスボスやってたら封印されたけど、転移JKに解放されたので相棒枠になろうと思います サニキ リオ @saniki_rio
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