感夢

OROCHI@PLEC

感夢

 気がつくと何もない白い部屋にいた。

 虚無という言葉が当てはまりそうな場所。


「ああ、これが***ってやつか」


 思わず呟く。

 ふと前に黄色の扉があるのに気づく。

 取り敢えず扉の前に行ってみる。

 周りを見渡しても扉以外は何もないので、取り敢えず扉を開ける。


 扉の先には扉を開けた先は花で埋め尽くされていた。

 天井、壁、床があり、それらは全てありとあらゆる美しい花々で染められている。

 そして、一際目立つ場所に、絵画があった。

 絵画は部屋の中央にただ整然と浮かんでいて、それは恐ろしいほどリアルだった。


 その絵画には一人の女性がいた。

 歳は二十ぐらいだろうか。

 輝く様な銀髪で、黄金色の目をした、月の様な、どこか神秘的な女性だった。

 その女性はどこかで見たことがあるような気がした。


 その女性は笑っていた。

 そこに花が咲いたのではないかと錯覚するような、思わず見惚れてしまうような笑顔だった。

 その笑顔は可憐で、綺麗で、可愛かった。


 その笑顔を見てると不思議と嬉しくなる。

 心の底から幸せだと感じる。

 だが、何故かその感情というものに違和感を覚える。

 いや、気の所為だろう。


 そして、前を見るとそこには赤色の扉があった。

 さっきまで、そのような扉は無かった気がする。


 まあこれが***であるのならそういう事もあるだろう。

 そう思い、扉の前に行き、また扉を開ける。


 そこには先程とは一変した景色が広がっていた。

 天井には真っ赤な太陽が輝き、壁からは岩肌が顔を覗かせ、床には溶岩が敷き詰められていた。

 その景色にはもちろん恐怖を感じる。

 だけど何故か、その場所には優しい温かさも感じた。

 そして絵画も違った。

 絵画のリアルな女性は、笑っている顔から怒っている顔に変わっていた。

 頬を膨らませ、目を吊り上げて、顔を赤くして怒っていた。


 そんな怒ってる彼女を見ていると、何故か彼女に対して怒りを感じる。

 ただ、怒りを感じると同時に愛おしさも感じる。

 その怒りも、日常のじゃれあいのような、軽いものであった。


 ……違和感を感じる。

 先程から何故か彼女に共感しているような気がする。


 そして何故か心というものが動かされる。

 過去に何かあったのだろうか。

 だが、彼女の記憶は一切ない。

 ……考えても仕方がない。進もう。

 そう思い、扉を開ける。扉は青色だった。


 そこの景色もやはり先ほどとは違った。

壁や床は氷河で覆い尽くされており、天井には儚そうに光る月が輝いていた。

 辺りは息が白くなるほど冷たく、無情というものを感じる。

 だが、周りは寒くとも、氷を通して映し出される月の光は、柔らかった。


 そして、扉の先の絵画の女性は、泣いていた。

 目から涙をポロポロと流して、

 哀しそうに泣いていた。

 その光景を見るだけで胸が押し潰されそうになる。

 締め付けられるかの様に胸が痛くなる。

 苦しい、辛い、哀しい。

 そして君が好きだ。


 ……おかしい。

 何故この様に感じる?

 彼女のことを全く思い出せないのにも関わらず、何故ここまで深く心を揺さぶられる?

 何故だ?


 考えても答えが出ない。

 幾ら考えても何も分からない。

 次の部屋に行けば答えがあるのかもしれない。

 そう思うことで自分を無理矢理納得させる。


 そして、次の部屋に続く黄緑色の扉をゆっくりと開ける。

 次の部屋の景色は天国だと言っても過言ではなかった。

 床や壁は軽く柔らかい羽毛で満たされており、天井は何とも言えない光を仄かに放っていた。

 その光の中に女性の絵画があった。

 絵画の女性は笑っていた。


 でも、その笑顔は先程とは違かった。

 弾むような笑顔だった。

 その笑顔は愛おしくて、彼女とずっと一緒にいたいと思ってしまうような笑顔だった。

 このような時間がずっと続けば良かった。


 ……?


 何故このようなことを思うのだろう。

 ここに来てからずっと何かがおかしい。

 心というものが揺さぶられ、おかしな事ばかり考える。


 何か思い出そうと頭は回転する。

 だが、それを心が邪魔をする。

 だから、思い出そうとしても思い出せない。


 ……忘れよう。

 頭を振り、何も考えない様にする。

 そして、目の前の扉へと向かう。


 その扉は黒色で、そして白い文字で幸福と書かれていた。

 今までの扉には文字は書かれていなかった。

 不思議に思いながらもそのまま進み、扉を開けようとする。


 だが、何故か扉が開かない。

 ふと手を見ると手が震えていた。

 そして心が叫ぶ。

 引き返せと。先に進むなと。

 だが、俺は意思の力で心をねじ伏せ、無理矢理扉を開ける。


 そこは、先程と同じ様な部屋だった。

 一つだけ違う所があった。

 その部屋には一つではなく、四つの絵画があったのだ。

 そしてそれらには全て見覚えがあった。


 一番最初の部屋にあった、笑っている女性の絵画、言うならば喜びの絵画。

 二番目の部屋にあった、怒っている女性の絵、怒りの絵画。

 三番目の部屋にあった、泣いている女性の絵、哀しみの絵画。

 最後の部屋にあった、笑っている女性の絵、喜びではない、楽しみの絵画。


 何かを思い出そうとする。

 だがやはり、心が邪魔をする。

 心がかたく、雁字搦めに俺を縛り付ける。


 すると、絵が動き出す。

 最初に喜びの絵画、次に怒りの絵画、その次に哀しみの絵画、最後に楽しみの絵画。

 それを繰り返す。


 喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。

 ……喜怒哀楽。

 それを感じ取るとともに、記憶の縛りが解ける。


 喜びの絵画は、彼女に誕生日プレゼントをあげた時の記憶。

 怒りの絵画は、彼女と何の映画を観るかで揉めた時の記憶。

 哀しみの絵画は、君に、俺は君の役に立てていないから、別れようって言った時の記憶。

 楽しみの絵画は、君とデートした時の記憶。


 ……どうしてこんな大切な事を忘れていたのだろう。

 彼女、いや、君の記憶は俺にとって一番大切な物だったはずなのに。

 ……まだ、何かが思い出せない。


 考えてこんでいると、突然目の前にあった四枚の絵画が砕け散る。

 途端に周りの動きがスローモーションとなる。

 粉々に砕け散った絵画は輝き、光の粒子となり、その光は瞬く間に幻想的な空間を創り出す。


 そして、それはまた集まり、ぼんやりとした一つの絵を形創る。

 ゆっくりと少しずつ、絵は鮮明になっていく。

 そして絵は動き出す。

 絵には俺と君がいた。


 そして描かれていたのは病室だった。

 君は病室のベッドで横たわっている。

 絵の俺は君の隣で座り込んで泣いていた。

 そんな俺を見て君は困った様に笑う。


「ねえ、そんなに泣かないでよ。こういう別れがあるのも含めて、人生ってやつなんだから」


「正直そんなものが人生であるのなら、そんなものはいらない」


 俺がそう言う。


「そう言わないで。私はね、こんな人生だったけど生きてて良かったって思えるよ。大好きな君と会えたから」


 君が俺に笑いかけながら言う。


「でも、まだ二十年ぐらいしか生きてないじゃないか。なのにこんな事があってたまるか」


 俺はまた涙を流す。

 俺は知っている。

 彼女は平気そうに振る舞ってるだけで、俺がいない時にはずっと泣いていることを。

 そして、俺はそれを知っていながら何もできない。

 そんな自分が嫌いだ。

 そんな俺を見た君は手を伸ばして、俺の頭を撫でる。


「二十生きるのも人生、百年生きるのもまた人生であり、運命。運命は残酷なんだよ」


 君は言う。


「でも、同時に運命とは奇跡の連続でもあると思うんだ。君にこうして出会えて、側にいられるのだから」


 君はふわっと笑う。


「君はどれくらいまで生きるのかな。五十年?百年?どっちでもいいや。できるだけ長く生きてて欲しい。だって、好きな人には幸せで、できるだけ長く生きていて欲しいから」


 君は続ける。


「あと、あの世から君を見るのも楽しそうだし」


 君はコロコロと笑う。そしてまっすぐ俺を見つめて言う。


「だから、お願いだから私がいなくなったとしても、君は、私の分まで、生きて」


 君の気迫に押されて思わず頷いてしまう。

 それを見ると君は満足気に頷いて、俺の手をにぎにぎする。

 君の手はふにふにしてて、柔らかかった。


「出来れば、ずっと一緒にいたかったな」


 君が小声で呟く。

 俺はその言葉を聴いて、また涙を流す。

 そんな俺を見て君は優しく笑う。

 そしてゆっくりと身体をベッドに沈める。


「ふう、ちょっと疲れちゃった。いい時間だし、そろそろ寝よっかな」


 君は小さく欠伸をする。


「……分かった。じゃあまた明日来るから」


「うん、ありがとうね。じゃあ、おやすみ。愛しい君」


 そう言って君はゆっくりと目を閉じる。

 そしてすぐにすうすうという寝息が聞こえてくる。

 俺は泣きながらも、君を起こさない様にして外に出る。

 

 そして、これも運命と言うのだろうか、君のその目が開くことは二度と無かった。

 その瞳が二度と開かないことを知った時、俺は壊れたのだろう。

 俺は、君との記憶、感情、そして君という存在を失った。


 ここに来てからずっとあった違和感。

 それは失ったはずの心の鼓動があったというところだったのだ。

 だが俺にそんなことを考える余裕はなかった。

 体から力が抜け、地面に座り込む。


 そして、俺は絶望と言う名の感情の奔流に襲われる。

 悲しみ、苦悩、喪失感、虚無感、無力感、そんな暗い感情が心を支配する。


 希望、そんなものは君のいない世界には存在しない。

 早く君がいる所に行きたい。

 そんなことばかりを考える。


 涙はもう出なかった。

 そして心が黒く染まる。

 生きる意思が消え失せる。

 いや、その様なものは最初から無かった。

 君がいなくなったその時から。


 心は鼓動を止める。

 その後にはただ絶望だけが残る。

 そして狂気によってこの空間が壊されていく。

 黒い狂気が周りを満たしていく。

 そして意識は薄れていく。


 ただぼんやりとした目で虚無を見る。

 視界の隅に絵画が映る。

 君がいた。

 最後に思う。

 君に会いたいと。


 それは偶然か、必然か。

 それとも奇跡と言った方がいいのか。

 突如として絵が揺らぐ。

 その揺らぎは大きくなり、歪みとなる。


 そして、その揺らぎから突如として手が飛び出す。

 次に足、そして、頭。

 出てきたのは、ずっと会いたいと願っていた彼女だった。

 思わず跳ね起きて彼女の元に行こうとする。


 だが、体は動かなかった。

 絶望に打ちひしがれた心には、体を動かす力もなかったのだ。

 もう疲れた。

 第一に彼女がこんな所にいるはずがない。

 そう思い目を閉じる。


「ねえ、目を開けてよ。久しぶりに会ったのにそんな反応されると悲しいよ」


 懐かしい声が聴こえる。

 柔らかく、鈴の様な声。

 ずっと聴きたかった君の声。


 思わず目を開ける。

 そこにはやっぱり君がいた。

 思わず手を伸ばそうとした。

 でも、手は動かない。


 心が折れるとはこういうことなのだと感じる。

 もう何も考えたくない。

 ただ愛する君と同じ所で永遠に眠りたい。

 そういう思いが胸を占める。

 君が近づいてくる。


「久しぶり、元気だった?」


 その問いに俺は何も答えない。


「無視するなんてひどい〜。まあ良いんだけどさ」


 君は拗ねた口調で言う。


「ところで、一つ聴きたいことがあるんだけど」


 君は問う。


「生きたくない、とか思っていないよね?」


 ……俺は目を逸らす。何も言えない。

 彼女はムッとした顔になる。


「ねえ、生きてって言ったじゃん。なのにね、約束を破って、生きようとしないなんて。ひどいよ! 本当に君はしょうがないね」


 君が頬を膨らませて言う。

 そんな顔をしている君も可愛かった。


「でも、そんな君も好きなんだけどね」


 そして君が微笑む。そんな君が愛おしい。


「だから、忘れちゃったのなら、何度でも言ってあげる」


 君の艶やかな唇がひらく。


「生きて」


 そう言って君は俺、いや僕を思いっきり抱きしめる。

 ずっと欲しくて、夢にまでもみて、それでも手に入らなかった、君の温もり。

 彼女がそこにいるということを嫌でも実感してしまうぐらい、君は暖かかった。


 その温もりのせいだろうか、動きを止めたはずの心が再び動き出す。

 空っぽだった心が満たされていく。

 思わず目から涙が溢れ落ちる。


 僕は君を思いっきり抱きしめ返す。

 そして長らく忘れていた、君の全てを思い出す。

 君と話した事、君と一緒にやった事、君の匂い、そして君との思い出。


 少しずつ視界が薄れていく。

 先ほどとは違ってやわらかな光に包まれていく。

 君が呟く。


「私はずっと貴方の側にいるから、だから」


 君は涙を流す。


「絶対に死なないで」


 俺はその言葉に思わず頷いてしまう。

 意識が消え失せる寸前、君が僕の耳元で囁く。


「愛してるよ」



 目が覚めると俺が住んでいるマンションの部屋の中だった。

 周りを見渡してみる。

 何も変わっていなかった。


 だけど、今までと違って、心は暖かかった。

 空っぽではなく、暖かい何かで満たされている。

 上を見る。

 ロープは切れていた。


 俺は思う、あれはだったのだろうかと。

 いや、違うだろう。

 全部彼女の所為だ。


 心を失ったのも、あの夢を見せられたのも、このロープを切ったのも、心を与えてくれたのも、生きたいと思ってしまったのも、全部彼女の所為だ。


 意識せずに涙が頬をつたう。

 おそらくこれからも、俺は生きるだろう。


 彼女の願いを叶えたいから。

 彼女が俺を抱きしめた感触が忘れられないから。

 俺は生きる。


 彼女は俺に火を灯した。

 熱く、消えない、心の灯火を。

 久しぶりに感じた心の鼓動は、熱く波打っていた。

 

 涙が目から零れ落ちる。


 いつの間にか涙で前が見えなくなっていた。

 久しぶりに流した涙は、宝石の様に輝いていた。

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