うん、逃げよう!

ねこまんまときみどりのことり

第1話 

「カナンが亡くなってもう1年だ。ヴィアンも母がいなくて寂しいだろう?」


 なんだか嫌な予感。


「だから、新しいお母様を連れてきたんだ。嬉しいだろう?」


 嬉しくないよ。突然何?


「こんにちは~。あら、貴女がヴィアンね。私はメルマイズよ、よろしくね」


 現れたのは、ボッキュボンの私と年の変わらない少女だった。黄色の髪と茶目の瞳で、背の低い可愛い系だった。

 私のように170cm近い女の、胸元くらいしか背丈がない。


「いやー、夜会で意気投合してな。こんなおじさんに冗談かと思ったんだけど、すんごくアタックされてな。照れるよ、はははっ」


 そう、ですか。

 メルマイズさんでしたっけ?


 確かに父の若い時はイケメンの部類だけど、今は普通のおじさんだ。

 うちは商売で儲かっている伯爵家だから、財産狙いかしら?


 それとも爵位狙い?


 父の子は私一人だから、男児を産めば家が継げるものね。

 父だって、その気がなければ付き合わないだろうから、こんな性癖だったのね。


 19歳だったかしら?

 私より年下でなくて良かったわ。

 ふーん、実家は男爵家ですか。


 でもこれ、絶対私イビられるパターンよね。

 だってメルマイズさんの笑顔が不敵だもの。

 ああ、やだわ。こっち見ないで欲しい。


 父に何を言っても遅いようね。

 結婚式は準備して半年後に挙げるそうよ。

 ああ、あちらは初婚なのね。

 まあ、そうでしょうね。


 じゃあそれまでに、本性は出るのかしら?



◇◇◇

「ああ、ヴィアン。今日はメルマイズとデートなので、夕食はいらないよ。先に休んでいてね」

「フフっ、行ってきますわ。留守番よろしくね」


「わかりましたわ。行ってらっしゃいませ」


 上機嫌で馬車に乗り込む父達を尻目に、私が勝手に侍従と呼ぶサイルティにお願いをした。


「このお金でメルマイズと、彼女の実家を調べて」

「おお、わかった。行ってくる」


 闇にまぎれて走る彼は、私だけの侍従。

 家人は誰も知らないの。


 月夜の庭に、傷だらけで倒れていたのを偶然に助けて、衣装部屋で匿っていたら自然と懐いてしまった。


 今も私と一緒に部屋で暮らしているわ。


 その時はお母様が亡くなって寂しかったから、部屋に連れて来てしまったの。


 まだ10歳くらいで、綺麗な顔立ちをしていた彼。

 傷が多いのも心配だったけど、子供が誰かに追われているなんて、犯罪の可能性もあったから心配だった。

 私はよく知らないけれど、悪い奴隷商人がいるから一人で出歩いちゃ駄目だと、お母様に言われたことがある。悪い人は子供をさらうらしい。


 彼がもしそこから逃げているなら、尚更大変だしね。だって可哀想だもの。

 でも詳しいことは何も聞いていないの。



◇◇◇

 戻ってきたサイルティに、メルマイズの調査結果を聞いた。


 どうやら思っていた予想と遠くはないみたい。

 彼女の家は武器商人、いわゆる戦争屋と呼ばれ、合法・非合法合わせた商売をしているらしい。


 下手を打てば、警らに捕まる危険な商売だ。


 ああ、だから伯爵家を味方に付けて、隠れみのにするつもりなのだろうか?


 じゃあメルマイズは、その代償の人身御供なのかしら? 彼女の体を父に差し出す代わりに、生家を守るための。


 でもそんな奥ゆかしい感じではなかった。

 なんと言うか、肉食獣の目つきだった。


 父はだまされているのかしら?



◇◇◇

 ヴィアンは、母が死んでから外出が許されない。

 ただ家庭教師が来る時に、応接室に移動するだけだ。

 敷地以外に出るのさえ禁止されている。


「安全の為だよ」と父は言うが、今までと何が違うのだろうか?


 以前は母方のお祖母さまから、手紙やらプレゼントが届いたけれど、今はなしつぶてだ。

 私が手紙を出しても返事すら貰えない。


 サイルティは外にいる護衛の目を潜り抜け、深夜になってから行動を開始する。

 私が依頼した以外のことも、いろいろ調べているようだ。

 私は何となく自分の立場がわかってきたが、それが怖くて認められないでいた。


『シュレーディンガーの猫』状態だ。


 真実を知れば戻れない。

 今は真実を知らない状態だ。


 いつまでも、このままでいることは出来ないのに。



◇◇◇

 最近になり家庭教師が来る時以外、部屋から出ることを禁止されるようになった。


 食事は以前から部屋でしていたが、敷地の庭にも出ないように言われてしまった。


 メイドは外扉にあるテーブルの上に食事を運ぶだけで、部屋の掃除に来ることもない。

 ずいぶん前から自分で行うようになった。


 汚れた衣類やシーツは、廊下に出せば洗ってくれる。いつの間にか洗われたものが、テーブルに畳まれ戻っている。


 お陰でサイルティのことがバレることもない。


 ここ最近、配膳される食事量が減っている。

 1日3食から2食になり、内容もお粗末になった。


 肉や魚のない少量の食事が続く。そして美味しくない。舌に突き刺さる刺激があるのだ。


 なのでサイルティが外出し、屋台で買ってくれた物を食べていた。食事はトイレに流し、証拠隠滅しょうこいんめつした。


 サイルティがいなければ、怪しくても空腹で食べていただろう、きっと。

 それでなくても、少量の食事だ。毒が効かなくてもせ衰えていくだろう。


 部屋のトイレは水洗であり、汚れが着かないように加工されている。浴槽にもお湯がでるので、衛生面には問題はない。

 入浴後に浴槽を洗い、時々トイレの掃除もしている。


 床掃除はサイルティが来てから、彼がしてくれるので大変助かっていた。


 衣類は、一人で着られる物を父が与えてくれた。

 これは母が亡くなってすぐのことだ。


 だから、だいたいの事を一人で出来るようになっていた。


 単純に思う。

 父は私が、自分から引きこもっている状況を作りたいのではないのかと。



◇◇◇

 サイルティが、祖母に書いた手紙を出しに行ってくれた。


 どうして会いに来てくれないの?

 どうして手紙を出しても、返事をくれないの?

 どうして私は、外に出して貰えないの?


 半ば諦めの気持ちで書いた手紙は届いたようで、祖母が会いに来てくれた。


「ヴィアンは母親を亡くしてから、ずっと引きこもっているのです。誰にも会いませんよ」


 父が大きな声で祖母に言う。


「バカなことお言いでない。ヴィアンから会いに来て欲しいと手紙が来ているんだ。通して貰うよ!」

「嘘だ。手紙なんて届く筈ない………」


 顔を青くした父がブツブツ言っているうちに、祖母は護衛と部屋に来てくれた。

 今サイルティは、衣装部屋に隠れている。


「ああ、ヴィアン、会いたかったよ。どうして連絡をくれなかったんだい?」


 出会い頭に抱き締められた。

 久しぶりの体温に涙が出る。


「私はずっと手紙を出していたわ。受け取ってないの?」


 いぶかしがる表情を窓から見える父に向けて、祖母は溜め息を吐いた。父は外から、こちらをうかがっていた。木の陰にいるから、気づかれていないと思っているようだ。


「やっぱり、とんでもない男だったんだね。

ヴィアン、驚かないで聞いておくれ。

社交界での貴女の噂は酷いものなんだ。


母親が死んでから部屋に引きこもり、メイドや侍女に暴力を振るい、後妻にも暴言を吐いているとね」



 私は想像していたことを現実にされて、言葉を失った。

 ああ、やっぱりそんなことをしていたんだ。


 少しだけ信じていたのよ。

 昔は優しいこともあったから。


「お祖母さま、私は父に部屋から出ないように言われているの。家庭教師が来る時だけ応接室に行くけれど、庭に行くのも禁止されているわ。手紙だって、屋敷の者でない人の手でやっと届いたのよ。

 父は安全の為に部屋にいろと言ったけど、私の為なんかじゃないわ。

 きっと私から軟禁していることがばれないようにする、自分の “安全”の為だったんだわ。

 いつの間にか雇われている護衛のような男が、いつも私を監視しているもの。私、殺されるのかしら?」


「なんてこと! 思っていたよりずっと酷いわ。もう此処ここには置いていけない。私と行きましょう、ヴィアン」


 祖母は死にそうな顔をして、私の両肩を掴んだ。

 私もここに居てはいけないと思っていた。


 やっと助けてくれる人が来た。

 見捨てられていなかった。


 嬉しい。


 けれど………………。


「お祖母様、お願いがあるのです。

このままだと、真実が浮き彫りに出来ません。

お母様の死に、疑問があるのです。

だから、1日待って貰えませんか?」


 私はサイルティが渡してくれた調査書を渡した。

 お祖母様は顔を歪めて聞く。


「これは事実なの?」

「ええ、きちんとしたものです。不安ならばお祖母様も調べて見てください。私がまだ強い軟禁を受ける前に、依頼した結果なんです。

 お祖母様に手紙を出してくれたのもその人なんです」


「そう、そうなのね。信じるわ。だって貴女の味方だから手紙を届けてくれたと思うもの。

 でももっと深く調べるのは許してね。それにしてもこの情報は、強みになるわ!」


 お祖母様は、1日だけここに残るのを許してくれた。


「念の為に、邸周囲に護衛を2名程置いていくわ。

 危ない時は大声で叫びなさい。必ず助けてくれるから。

 ああ、本当は危険なことなんてさせたくないのに」


「大丈夫ですわ。きっと証拠を掴みますから。そして明日はお祖母様の元へ行きます」


 私は確かな決意で告げると、心配そうな祖母はしぶしぶ応じてくれた。そして邸を後にしたのだ。




◇◇◇

 その夜、何か月も見ていなかった父が、部屋に訪問して来た。


「今、少し話せるかい?」

「ええ、良いですわよ」


 父は私の顔をしげしげと見つめ、元気そうだなと言う。

 お陰様でと返せば、何でだ? と不思議そうに呟きが聞こえる。


 サイルティは外窓の下に隠れ、様子を探ってくれていた。


 私はまだ殺気を感じない父を見て、窓に近づきサイルティに大丈夫と合図をする。すると彼は頷き、闇に消えた。


 父が此処ここにいれば、執務室は手薄になる。

 証拠を探すには、うってつけのチャンスなのだ。


 今日はメルマイズも生家に戻り、彼女の部屋にも誰もいないのだ。そちらも見に行けるかもしれない。


「今日はお祖母様が来て驚いたな。お前は知っていたのかい?」


「いいえ、全くですわ。いつも手紙も来ないし、私の手紙を送っても返信もありませんでしたから、驚きました」


 私も意外でしたわと、拍子抜けしたような顔で言う。


「そうか、手紙はいつもどうして出していた?」


父が探りを入れてくる。



 私はいつものテーブルに置いていたら無くなったから、出してくれたんだと思ったと答えた。


「そうか、わかったよ。ありがとう」


 そう言って部屋を出ていくが、口角がひきつるような笑みだったのは、余裕を無くしていたせいだろうか?




◇◇◇

「手紙なんて、私は出していません。本当です、信じてくさい」


 執務室を調べていたサイルティは、慌ててカーテンの中に身を隠した。


 入って来たのは、伯爵とメイドだ。


「じゃあ何故、手紙がババアに届いた。出したんだろう、お前が」

「いいえ! いつもの通りに置いてあれば暖炉で焼きますし、最近手紙なんて見てません」


 死にそうなほど蒼白な顔は、真実を告げているように見える。


 けれど、彼は信じない。


「計画に穴が開いたらどうする気だ。せっかく順調だったのに。……お前はもういらない。信用出来ない。どうせお情けでもかけたんだろ? この阿呆が!

 娼館で残りの借金を返すんだ。そこの護衛、連れていけ。ああそうだ、お前が従順にしつけてからでも良いぞ。

 但し避妊はしろよ、後々面倒になるからな」


「はい、良いんですか? ありがとうございます」


 喜色満面の護衛騎士。



「いや、嫌です。娼館に行くくらいなら、どんなご奉仕もしますから。助けてください!」


 泣きながらすがるメイドに、伯爵は目もくれなかった。



「ほら、俺の部屋に来るんだ。たっぷりしつけてやる。これ以上、裏切ったりしないようにな」

「いや、やだ、やだ、旦那様、旦那様ぁ」


 バタンとドアが閉まり、メイドと騎士が部屋を出た。


「馬鹿な愛人だ。そろそろ切ろうと思っていたから、まあ丁度良いか。ハハッ」


 どうやら彼女は、金を借りる為に愛人になっていたらしい。彼は裏切ったついでだと言い、娼館へ引き渡して資金を回収する腹積もりのようだ。


 高笑いして明かりを消し、部屋から出ていく伯爵。


「最悪だな、あの男。本当のクズだぜ」


 思わず口に出るサイルティ。



「まあ目的の書類は手に入ったしな。ここはもういいな」


そして彼は、メルマイズの部屋に向かうのだった。





◇◇◇

「おお、あるある。宝石やらアクセサリーがたくさんあるぞ。

 あれ? この宝石箱、カナン・ビスチャーニと掘ってあるぞ。あいつの母さんのじゃねーか。まったくがめついねぇ。

 ついでにこいつの宝石も貰っていくか。

慰謝料だ、なんてな」


 あいつの部屋には、宝飾品もドレスも何にもなかった。きっと全部、この部屋の女に取り上げられたんだろう。

 こっちの宝石箱の中に、あいつのもあるかもしれない。


 だから合法だな、うん。



 そして彼は、ヴィアンの部屋へ戻るのだった。




◇◇◇

「なあ、お前。まだこの家に未練あるか?」

「……ないわね。証拠探ししていただけだし」


「そっか、じゃあもう良いんだな。証拠は集まったから、家を出よう。あの女の部屋から、お前の母さんの宝石を取り返したんだよ。

 後、執務室から書類も取って来た。バレたら危ねえから、今から出よう」


「ああ、これ。すごいね、サイルティ。うんもう行こう。外にお祖母様の護衛が待機してるんだ。

 見つからないように裏口から出よう」

「ああ、そうしよう。あ、この家の護衛は、今お楽しみ中だから、家の守りは薄そうだぞ、良かったな」


「? あ、うん。ありがとう。じゃあ行こうか」



 私はドキドキだったけど、あっさり外に出られた。


 父はメルマイズがいないので酒をあおって眠っており、護衛とメイドも部屋にいるらしい。


 こうして私とサイルティは、お祖母様の護衛と共に隠していた馬車に乗り、お祖母様の邸に向かったのだ。



◇◇◇

「無事だったのね、良かった」


 お祖母様の邸に着く早々に、心配で眠れていなかったお祖母様に抱き締められた。すごい力で潰れそう。


(でもありがとう、お祖母様)


 そして執務室に移動して、人払いをして貰った。


「苦しかったのね、ごめんごめん。それで書類はどうだった? 

 あらっ、この書類まであるの? クズがごねて、これから時間がかかると思ってたのに。

 貴方、凄く優秀じゃないの。良くやったわ!」


 私はサイルティをいつも助けてくれた友人だと紹介した。お祖母様は「手紙を届けてくれた子ね。ありがとう」と、あっさり受け入れてくれた。


 お祖母様の横から書類を見ると、

 爵位継承書類、除籍書類、養子縁組書類と3つもあった。


 え、どう言うこと?

 継承権の書類は、伯爵家は元々母が当主だったから、今は父が臨時の当主になっている。私が成人したら、継承権を移行することになっていた。


 そして除籍と養子縁組の書類もある。


 私を除籍すれば父は爵位もなくなり、生家の子爵家に戻らなければ平民になるわ。こんな書類を書くとは思えない。


「えーと、ヴィアン。俺、他人の文字を真似るのうまいんだよ。だから代筆的なやつだ」


 サイルティは鼻を擦りながら、目をそらした。


「えー、見つかったら大変じゃない!」


 彼が私のせいで捕まったりしないか、不安で泣きそうな声が出る。


「大丈夫よ。いざとなったら、私が本物だと証言するから」


 お祖母様は、大丈夫よと自信満々に拳で胸を打った。


「えー、お祖母様まで、そんな」


 大事な人には、危険な目にあって欲しくないのに。



「良いから、見てごらん。こっちが貴女の父親の、それでこっちはサイルティのさ。区別つかないだろ? 


 面倒臭くなれば、酔いながら書いていたと証言してあげるわ。任せて!」


「いやいやいや、なんでドヤ顔なの? 二人して!」

「もう腹くくれ、ヴィアン」

「そうよ、あんな悪党なら良いのよ」


 とかなんとか言って、その後私はお祖母様の養子に入ることになった。何故かサイルティも、お祖母様の養子に入れて貰えることになった。


 私はとても心配なのに、2人はビクともせずに平気そうだ。だから何だか力が抜けて、“まあ大丈夫かぁ”と、呑気に思えてしまうのだった。



◇◇◇

 サイルティは没落貴族の三男だったらしい。

 らしいと言うのは、覚えていないからで、幼い時に売られたのだそう。


 少し成長してから、引き取られた先で聞いたんですって。

 そこが詐欺師の家で、錠前開けとか、文書の偽造とか、気配隠しとか、格闘とかを仕込まれたそう。


「もうそれ盗賊じゃない?」と言うのを、喉の奥で飲み込んだ。


 私の家に忍んだのは、後妻の金遣いが荒かったので、金を持っていそうと思われたんだって。

 忍び込もうとしたら、護衛に目茶苦茶打たれたそう。暗がりで何とか逃げたけど、私の部屋の前庭で意識が無くなったんだって。


 私が見つけたのは、そんな時だったみたい。


 それで私は何も聞かないし、サイルティも何も言わないから、そのままズルズル過ごしてしまったらしい。


 私はサイルティが弟みたいで、放り出せなかった。

 母が死んで、寂しかったせいもあるかもしれない。


 サイルティは自分の年がわからないそう。

 だからやっぱり、10歳前後かもしれない。


 サイルティは失敗して帰れば、殺されるくらい折檻されるから、何も言われないならと留まっていたそう。


 何か月も戻らないから死んだと思われて、万が一の為に詐欺師達ももうこの近辺から逃げている筈だと言う。


「他の奴もそう言う扱いをされてたから。きっと、そうだと思う」


 真顔で言うのが切な過ぎた。


 私が彼にお金を渡してメルマイズの調査を頼んだ後、彼はお金を帰してきたのだ。


(やっぱり依頼所に行くのは、無理だったのか)とがっかりすれば、自力で調べられたから使わなかったと言うのだ。


 調査した物も、きちんと渡してくれたから信じられた。

 とても綺麗な字で書かれていたのだ。


「この家よりガード弛いし、いろんな奴が出入りしていて疑われなかったぞ」なんて言うのだもの、驚いたわ。


 それから彼が、「調べ物なら任せろ。捕まらない程度でやるから」と笑ってくれたのだ。


 その後に、恩返しだから遠慮するなと付け加えて。


 だからお祖母様の手紙もお願いしたの。

 最後の頼みの綱を、彼に託して。


 こんな未来が来ると思っていなかった。


 あの時は食事も減らされ監視もきつくなったので、私が死んだら彼も逃げられなくなると思って依頼したの。


 回復したサイルティに「逃げて良いんだよ」と言ったら、「見殺しにするくらいなら、俺も一緒に死んでやるよ」と、動かなかったから頼んだのよ。

 危険だってわかってたのに、あの時はごめんね。


 でももう、サイルティは本当に自由なんだね。

 ならもう心配ない。


 今日から私がお姉様だ。

 苦労させた分、甘やかしてあげるね。


 なんて考えているのがわかったのか、顔を赤くするサイルティが言う。にやけた顔を向けたのが、良くなかったのだろうか?


「なんか俺の方が兄っぽくない?」

「えー、お姉様って言ってくれないの?」


 言って笑ってしまう。

 お祖母様も笑っていた。


「不服かもしれないけど、今日から私がお母様よ。よろしくね」


 サイルティは照れながら、「はい、お母様」と、

 私も照れながら、「お母様、よろしくお願いします」と伝えた。


 はっきりした誕生日がわからないから、記念すべき今日をサイルティの誕生日にした。

 サイルティは「俺の誕生日か、嬉しい♪」と走り回った。


 夜は更け疲労困憊なので、もう眠ることにした三人。そして翌朝、城に書類を提出し受理された。




◇◇◇

 お祖母様、いいえお母様は子爵家の爵位を持っていた。既にお祖父様は鬼籍に入り、カナンお母様亡き今、近しい家族は私とサイルティだけだと言う。


 土地も持たない、身分証明だけの貴族だと笑うお母様だけど、カナンお母様の伯爵家はお祖父様の家系なのだそう。


 だけど父が、何処まで腐敗させているかわからないので、一度国に帰すことにした。


 そのまま継いで、国が違法とする密輸品が摘発されれば、連座責任に発展するからだ。


 父には告げず、『伯爵家の当主代理に経営は困難であり、次期後継者は子爵家に養子に入ったので、爵位を国に返還します』等の旨を、書類に添えて城に持参した。


 勿体ない、他に親戚もいないのかと聞かれたが、継いでくれる人はいないのでと押しきった。


 実際に血の薄い遠縁しかいなくて、その人達に迷惑をかける訳にもいかない。


 国に管理して貰う方が、領民の為にも良い筈だ。




◇◇◇

 その後、子爵家の邸を売って隣国に越すことにした。

 小麦と豆と酒の商会を持つお母様は、毎月一定の収入が銀行に入る。

 今まで雇っていた護衛とメイド達は、付いてきてくれるが、侍女はわりと高齢だった為退職し、この国で子供と暮らすそうだ。


 私とサイルティは、それぞれに家庭教師が付いて学んでいる。

 私は今までも学んでいたから、それほど不便はない。


 サイルティは、文字の読み書きも計算も得意だが、歴史とマナーが絶望的である。


「こんなの知らなくても生きていける」と騒ぐが、

私が「情けない弟ね。こんな程度で弱音なんて」と言えば、「こんなの軽くやってやるよ」と奮起してくれる。


 可愛い弟なのだ。

 そして戦闘も実践経験があるから、伸び代が広い。


 「鬼気迫るね」と褒められて、嬉しそう。

 ぐんぐん強くなって、騎士団へスカウトされそうな勢いだ。


「やっぱり体動かすの良いな。楽しいよ」

「そうね。似合ってるわ」


 微笑むサイルティを見ると、私も嬉しくなる。




◇◇◇

 そして数年後、社交界デビューしたサイルティは、羨望の眼差しを受ける。


「素敵ですわ、サイルティ様」

「ええ、本当に。文武両道で美しいなんて」


「生粋の貴族と言う感じですわね」

「本当ですわ。騎士団でも出世頭だそうよ」


「「「良いですわね~」」」


なんて言われる日が来るのだ。



「噂なんて、適当だなヴィアン」

「本当のことも言ってたでしょ? サイルティ」


「俺はヴィアンがいれば良いよ。それで良い」

「もう、いつまでもシスコンだと、彼女も出来ないわよ」


「………にぶちんが」

「何? 聞こえないわ」


「もう、良いから。黙っててよ」

「はい、はい」



「いつも仲がよろしいですわね」

「美形姉弟、麗しいですわ」

「目の保養頂きました!」


 なんて噂される毎日が、楽しく過ぎていくのだった。




◇◇◇

 知らないうちに、伯爵代理を外されていたヴィアンの父。

 「何かの間違いだ」と騒ぐが書類に不備はなく、伯爵邸からも追い出された。


「あんたが伯爵じゃないなら、もう用無しよ。それにメイドが盗ったのかしら、私の宝石箱もないわ。最悪よ!」

「今までいろいろ貢いだのに、酷いよメルマイズ。こんなに愛してるのに!」


「慰謝料取らないだけマシだと思いなさい。じゃあね」

「そんなぁ」


 項垂れているところに、騎士団が駆け寄る。


「(娼婦に落とされた)元メイドからのタレ込みだ。

 お前は妻の食事にヒ素を混ぜて、殺害。娘にも同じ毒を混入したそうだな。

 そして娘へは、母の死から立ち直れない、使用人に暴行する等と、素行が悪い噂まで流して軟禁してたそうだな。

 それに男爵家の、きな臭い事業にも手を出していたそうじゃないか。取り調べは長くなるな!」


 元メイドは「自分は無理やり協力させられ、さらにミスをしたら娼婦に落とされた」と、涙ながらに訴えてお咎めを逃れた。

 実際に娼婦にされたのは、ギャンブルの借金のせいだが、同情を誘い難を逃れた。逃れたのかな?


 そうこうしているうちに、ヴィアンの父は40年の鉱山労働の刑、メルマイズの男爵家は取り潰されて借金も残り、家族ごと同じように20年の鉱山労働をすることになった。


「最悪、あんたなんかに関わるんじゃなかったわ」

「本当だ、殺してやりたい」


「そんな、酷いよ。俺だって裏切られたのに」

「なんで私まで」


「ママ可哀想。こんな奴殴ってやる、エイッ」

「ガコーン、酷いよスコップで殴るなんて」


「お前ら、真面目にやれ! サボれば飯抜きだからな!」


「「「「はい! 監督!!!」」」」



 彼らはわりと、真面目に働いているそうだ。

 食事を抜かれるのは辛いもんね。



「「「「なんで、こうなるの?」」」」


 全員自業自得である。

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