第4話 ナーロ

 ご主人様がようやくお目覚めになられました。私は起きているご主人様に驚いて何も言わずにお医者様を呼びに走ってしまいました。

「これではメイド失格ですぅ」と嘆きの言葉を発しているのはこの屋敷唯一のメイドで猫耳としっぽの生えた美少女ナーロである。


 先ほどお声掛けさせていただいたときも「トリス様~起きてますか~」なんて滅茶苦茶雑に話してしまった。


「ああ、起きている。もう体は万全だ」

(そっかぁ、元気そうで良かった!でも、もう少しお世話したかったなぁ)

「ん。そっすか、それは良かった。いや~もしそのまま死んでたらあーしのお仕事無くなるところだったんだから、ほんと頼みますよ。それじゃ失礼します」

(うぅ....我ながら不敬過ぎない?照れ隠しからこんな態度になっちゃったけど、今更キャラチェンなんて出来っこないよぉ)

「おい、ちょっと待て」

(え..怖ッ。こんな声聞いたことないんだけど。滅茶苦茶切れてない?でもそんなお声もカッコいい。ん?魔力漏れてない?もしかして殺されちゃう?やばいやばい何とか、ごまかして逃げなきゃ)

「なんスカ?もしやこの超絶美少女猫耳系メイドのナーロちゃんに手を出そうとしてるわけじゃないっすよね?いや無いな。というわけで、失礼します~」

(いや~何を私は口走ってるの。自分で超絶美少女とか頭悪すぎるでしょ。)

 そう言って逃げ出す様に部屋のドアへ向かった。

(それに私は獣人で平民だ。ご主人様は王子なんだから、私はきっと相手にされないだろう。たとえ相手が王子のような位ある立場の人じゃなくても異種族での結婚みたいなのは、厳しいものがある)

 そんなことを考えていた「こんな容姿じゃ、ね....」なんて言葉が漏れてしまった。


 トリスとナーロが暮らすテンプリア王国は表向き、というか平民などの位が高くない民衆などは獣人を受け入れ共生している。そもそも入国禁止だとかの制限を行うと人の流れが正常では無くなるため国としてもあまり行いたくないのだ。

 それに獣人だからといって、何か致命的な問題がある訳では無い。ただ見た目が違うだけなのである。それどころか身体能力は獣人の方が圧倒的に高い。

 平民の中には異種族間で結婚して子供がいる者も存在する。


 だがそれは全て位の低い者も話であり貴族などの所謂、上流階級の者たちは獣人たちを嫌っている。

 その昔に起きた人間対獣人の戦争も原因の一つなのだろう。ただ、やはりというべきか、その戦争が起きた切欠は人間側である。労働力目当てで捕まえ奴隷として扱いだした過去がある。ナーロも捕らえられた奴隷であった。


 今では奴隷制度自体が廃止されているので、ナーロは現在奴隷ではない。が急に奴隷では無くなりましたなどと言われても、生活すらままならない。のでトリスにメイドとして雇われて今に至る。


ナーロは屋敷の庭で先ほどのご主人との会話を思い出し、軽い自己嫌悪に陥っていた。

 そこに「おっ、ナーロここに居たのか、探したぞ」


そんな風に声が掛かってきた。姿を見ずとも声でトリスだと分かったナーロは声のした方向に振り向きながら

「おや、その声は愛しのご主人タマじゃないですか、もしかして襲いにでも来ま....え?」


 そう口にしかけナーロは固まった。それも当然だろう。声のする方に居たのは、超絶を付けていい程のイケメンだったのだから。そのイケメンがトリスなのかを確かめるためにわざとらしく

「あ、あれ?ご主人タマが居ないなぁ、声はしたのになぁ」そう言いながらナーロはキョロキョロと辺りを見回す。

(....ほんとに?ほんとのほんとにあの超絶イケメンがご主人さまなの?


 そんなナーロは近づいて来たトリスに頭を片手で鷲掴みにされ

「おいおい、キミの愛しのご主人タマはこっちだぞ」首に力を入れ抵抗を試みたが、割と簡単に顔をトリスの方に向けさせられてしまった。


 途端にナーロは、顔を真っ赤にして早口で「い、いやあの前髪が無駄に長くて、病弱だったせいで話し方もいかにも気弱、全然活動的じゃなくて、で....優しくて思いやりがあって、あんな態度でも許してくれる人がこんなイケメンなんて....」

 ズルい。ナーロの心の中はそんな気持ちで埋め尽くされていた。

(ズルい。あんなに優しいくせに見た目までカッコいいのか。ズルい、ズルすぎる。こんな相手惚れない方が難しい....でもやっぱり私は獣人でご主人様は人間の貴族で....そんな考えが頭がどうしても頭から離れない)


 ナーロは気持ちを切り替えるため深呼吸をし、

「それで愛しのご主人タマが超絶美少女猫耳系メイドに何の用ですか?」

「大事な話があってな。」

(大事な話って////いや違うよね多分。うん違うと思うけど一応、一応ね)

「まさか結婚ですか!私たちまだ付き合ってもいないのに結婚は早くないですか?」

「少し黙ろうか....」

(やっぱ、違うよね。うん、そりゃそうだ、当たり前だ)

「ヒエッ....」

(切れてる、これ切れてるよ!魔力ダダ漏れだよ!)

「これから言うことは冗談ではない。」

「....」

「今回数日寝込んだ前と後とで、僕はほぼ別人となった。つまり君ももう此処に縛られる必要は無くなったという事だ。」

「え..」

(何を言って....?ほぼ別人?ほぼって何?此処に縛られる?私って縛られてるの?というか何でわざわざそんなこと言うの?)

 動揺で言葉が出ない私を尻目に

「そしてこれからは、自重す「ちょっと待ってください」」

「ちょっと待ってください。別人って言うのは何となく雰囲気から分かります。前のご主人なら絶対に髪は切らなかったと思います。ですが、此処に縛られる必要が無くなったって言うのはどういう事ですか!」


 ご主人様は何も答えてくれなかった。


「私はクビってことですか?何が駄目だったんですか?そんなに気に入らなかったんですか?どういう事なんですか?ご主人様!!!」

(捨てられてしまうのか..結婚は出来ないと確かに思っていたが、死ぬまでメイドとして尽くしたいと思ってたのにそれすらも叶わないのか!)

 ナーロは悔しいのか悲しいのか自分でも分からなかったが、涙が止まらかった。


「クビって事ではない。辞めても良いということだ。それに駄目だったことも、気に入らなかったことも特には無い。嫌ではないかと、つまらなくはないかと考えた結果の発言だ。だから、そう泣かないでおくれ」

(この人は何を言っているんだ。あぁこれが別人ということなのだろうか)


「嫌なわけ無いじゃないですか、つまらないなんて絶対にありえません。ご主人のメイドを辞めることの方が、嫌だしご主人が居ない生活の方がつまらないに決まっています」


(やっぱり私はご主人様の事が好きなんだ。この気持ちは我慢できそうにない。獣人だからとか王族だからとか言ったところでもう無駄なんだろう)



 そこより後の会話はあまり頭に入ってこなかった。やっぱりご主人様は鈍感野郎なのかとか思った気もするが、気のせいだろう。

「三食昼寝三時のおやつもつけてください」

(何でこんなことを言っているのだろう)


「欲張りめ。だがそれで構わん」ご主人様はそう言いながら私の頭を撫でてきた。

 当然猫耳にも触れる。

 私の顔はもう真っ赤だろう。

 だが悪いのはご主人様だ。だって耳は敏感なのだから、急に触られたら変な気持ちになってしまう。それも好きな人なのだから。


 「ご主人様のエッチ!」私はそう言い放ち逃げ出した。

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偽病弱第二王子に憑依した!? @qtenr

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