第52話 選択
「私の魔物が……消滅した?」
魔物を操り、亜人の村を襲撃させていたエストロは、自身の魔物が一瞬で消滅したことに驚きを隠せなかった。
ワインの入ったグラスを乱暴に机に置いて、椅子から立ち上がる。
「どうして魔物が消滅した? 亜人どもにはあの量の魔物を倒せる戦力などないはずだ……!」
亜人の女王であるリサですら、数百体の魔物を一瞬で消滅させるなんて芸当は不可能に等しい。
「私の知らない力を持っているのか……? くそっ、魔物と視界を共有できれば……!」
エストロは悪態をつく。
色欲魔王から授けられた権能、『指揮者』には魔物の視界を共有する能力はない。
あくまで魔物の状態をなんとなく感じ取れる、そんなものでしかない。
そのためエストロには何者が魔物の集団を倒したのかが分からなかった。
「あの下等な亜人め……私を裏切ったというのか?」
エストロは顔を不愉快そうに歪ませる。
どちらにせよ、魔物を消されたということは反逆の証。
それだけでなく、自分たちの知らない強力さを持っているということは、それだけ計画の歯車が狂うことを意味している。
「私が見に行くしかないか……」
エストロは苦い顔で呟きながら、バルコニーへと出た。
夜空に浮かぶ月を見ながら、背中の翼を広げ、飛び立つ。
そして魔物の集団が消滅させられた場所へと向かったのだった。
***
「ほんまにありがとうございます、シンはん。うちらを受け入れてもろて……」
「構わないさ、あっちはまだ余裕があるからな」
俺は一時的な避難場所として、紋を使って亜人たち全員をカテドラルパレスへと移動させた。
エストロを裏切った以上、エストロの支配下にある森の中にいては何が起こるかわからないからだ。
秘密の場所ではあるが、霧と深い森に覆われたあそこが王国のどこに位置するのかは分かりようがない。
「シンはん、うちらの他の亜人もそっちに避難させても構わん?」
「他にも亜人がいるのか?」
「うちらの集団じゃないけど、他にも連絡を取り合ってる集団が大森林の中にいくつかあんねん。うちらは大っきな集団ではいられんから」
「大きな集団ではいられないって、どういうことなんだ?」
「亜人の集団が大きくなると、人族側から討伐隊を組まれてしまうんよ。だから村は大きくて数百人しか作られへんことになってるねん。人が集まってきて大きくなってきた集団は、二つに分けてるんよ。そうやって今まで分けてきた村とは連絡を取り合ってるってわけ」
「なるほど、分かった。他の村の場所を教えてくれるか? 門で移動して……来たか」
おもむろに夜空に目を向ける。
『危機察知』のスキルに引っかかるものがあった。
空を飛んで俺達のところへとやってくる人物は……一人しかいない。
「来たって……まさか」
「ああ、色欲魔王三大将の一人、エストロだ」
コウモリのような翼を生やし、空を飛んでいるのはエストロだった。
エストロは俺とリサが一緒にいるのを見て眉をひそめたあと、ギロリとリサを睨む。
「……なるほど。裏切った、というわけですね」
「っ何が裏切ったや! さきに裏切ったんはあんたやろ! 魔物の群れを遣わして!」
「裏切り? あれは”躾”ですよ。反抗的な犬を躾けるのは当たり前でしょう?」
「うちを、犬やと……!?」
リサが牙をむき出し、尻尾の毛が逆立つ。
それを手で制する。
「リサ、駄目だ。冷静さを失ったらあいつの思う壺だぞ」
「シンはん……」
リサが落ち着くと、エストロへと顔を向けた。
「エストロ。一応、はじめましてだな」
一応、の部分を強調し、リュークの戦争はお前が仕込んだと分かっているぞ、と言外に伝える。
するとその意図に気がついたのか、エストロはピクリと眉を動かし、つまらなそうに息を吐く。
「あなたは……ふん、シン・ダークシェイドですか」
そして皮肉げな笑みと挑発的な言葉をリサへと向ける。
「なるほど、よく分かりました。私の魔物の群れが消滅したのは、あなたお得意の強力な魔道具を使用したからでしょう? それにしても、亜人の女王は今度は人族に尻尾を振ることに決めたのですね」
(よしよし、ちゃんと騙されてるようだな)
俺の実力を隠すダミーとして用意した、魔道具の小ネタはちゃんと機能しているらしい。
「ふん、うちはもうそんな挑発には乗らん」
「なに?」
エストロが意外そうに目を見開く。
「うちら亜人は、あんたとは手を切る」
「ほう? いいのですか? 私が命令すれば、あなたたち亜人を全滅させるほどの群れを向かわせることができますが。もう魔道具の魔力は使い切ったのでしょう?」
「ふっ」
エストロのセリフに俺は笑う。
すると不機嫌そうに眉をひそめ、訊ねてきた。
「なにがおかしい?」
「その村人は一体どこにいるんだ?」
「なに? まさか……!」
エストロは怪訝そうにしたあと村を見渡し、目を見開く。
「すでに全員避難済みだよ。もうお前の手の届く範囲にはいない」
「いつの間にそんな……! 私がくるまで十分程度しかなかったはずだ!」
「さて、どうしてだろうな?」
別にエストロに手札を公開してやる義理はない。
適当にはぐらかしてやる。
小馬鹿にしたように笑うと、エストロの額に青筋が浮かんだ。
プライドが高いエストロは少しの挑発ですぐに冷静さを失う。
「いいのですか? 私に服従するならあなたの母親を生き返らせる方法があるというのに」
「っ……!」
リサが体を硬直させた。
その反応を見てエストロはニヤリと笑う。
「色欲魔王様の能力は生命を操ること。その能力を応用すれば死者の蘇生も不可能ではありません」
「そ、そんな……お母さんを……」
「ふふ、生き返らせたいでしょう? あなたの愛しい母親を。我々に敵対するというのなら、それは二度と叶いませんよ?」
リサは母親を生き返らせることができると聞いて動揺していた。
震えるリサの手を、俺は力強く握った。
「いや、嘘だ。色欲魔王にそんな芸当はできない」
「シン、はん……」
「俺を信じてくれ」
リサの瞳をまっすぐ見つめてそう言った。
揺れる瞳が俺を見つめている。
「エストロは嘘を平気でつく奴だ。あいつの言う事に耳を貸すな」
実際にエストロはリサの母親なんて蘇生できない。
原作でも母親の蘇生に釣られたリサが裏切られる場面はあった。
死んだ人間を生き返らせるなんて都合の良い話は、存在しないのだ。
「失敬な。私は嘘なんてつきませんよ。さあ、どうするのです? もう一度服従することを誓うなら、私が色欲魔王様へとあなたの母親を生き返らせるように頼んで差し上げますが?」
性格が悪い奴だ。
たとえその話が嘘だったとしてもリサが母親を生き返らせる、という欲に抗えないのを知っていて揺さぶりをかけてきている。
他の亜人はともかく、リサは亜人の中の女王という立場にいる。
変えのきかない駒として手元に置いておきたいという意図が見え透いている。
だが、俺はリサがエストロを選ぶことはないと信じていた。
「リサ」
「…………うちは」
俺の目を見て、心の中で決意した表情になったリサは口を開く。
「うちは──シンはんを信じる」
リサの言葉にエストロは驚愕した。
「ほう? それでは母親の蘇生を諦めると? そういうことですね?」
「その通りや。それにあんたは……信じられへん」
と吐き捨てるリサに、エストロは許しがたい侮辱を受けたように顔が怒りの形相に染まった。
「っこの……!!」
「往生際が悪いな。素直に日頃の行いを見つめたらどうだ?」
「っ!!」
エストロが俺をギロリと睨む。
そのエストロへ、わざとばかにするように煽りが入った言葉を投げかける。
「それとも、女に振られたのがそんなに堪えたのか?」
「この……ッ!!!」
エストロの顔が真っ赤に染まった。
「いいだろう! そこまで言うなら貴様もろとも消してやる!!」
尖った爪が生えた人差し指を俺に突きつけ、エストロは叫ぶ。
「シン・ダークシェイド……色欲魔王様が三大将、エストロは貴様に宣戦布告するッ!! 貴様と、そしてその領地に住む人間すべてを我が軍勢で絶滅させてやるぞ!!」
エストロの宣戦布告。
それに対して俺は。
ニィ──と薄く笑みを浮かべた。
(計画通りだ)
エストロからの宣戦布告。
それは本編シナリオのルートが開放されたことを意味する。
つまり──ついに『人亜戦争編』を早周りでクリアすることが可能になったということだ。
「いいだろう、受けて立とう」
「3日後、私は貴様の領地へと我が軍勢で侵攻をかける。せいぜい遺書でも遺しておくことだ。まあ、我が軍勢に更地にされたあとに、その遺書が残っているかどうかは不明だがな」
「へえ日時まで指定していいのか?」
奇襲じゃなくていいのか? と指摘するとエストロは鼻を鳴らす。
「これは慈悲だ。私に喧嘩を売ったことを恐怖に震えながら懺悔する時間を与えてやるためのな」
「それはどうも。泣くのはそっちになると思うけどな」
「そんなことは不可能だ! 三大将の一人、『指揮者』の私を倒すことなどな!」
エストロは翼をはためかせ、上昇する。
夜空に浮かぶ月を背景に、エストロは俺とリサを指さした。
「人間ども! 覚悟しろ! このエストロが一匹たりとも残さずに駆逐してやる!」
エストロはそう吐き捨てると反転し、去っていった。
「これで……舞台は整った」
エストロが飛び去っていった方角を見ながら、俺はそう呟いた。
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新連載始めました!
『転生したらゲーム中盤で裏切る糸目関西弁の悪役貴族だったので、固有魔法〈紫電〉を使って破滅フラグを叩き折ります。』
URL:https://kakuyomu.jp/works/16818622176095616300
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災厄級スキル〈暴食魔王〉持ちの悪役貴族に転生しましたが、処刑されたくないのでスキルを隠してひたすら努力します。 水垣するめ @minagaki
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