第23話:黄昏の木漏れ日

 ギルドの資材調達システムが安定し、「黄金の天秤アウルム・リーブラ」エリザベスとの交渉も成功に終わった後、中原は久しぶりにシルヴィアと共に、宿屋の静かな夜を過ごしていた。


 宿屋の営業は終わり、食堂には二人だけ。テーブルの上には、シルヴィアが特別に用意してくれた、珍しいフルーツを使ったデザートが並んでいる。


「エリザベス様との交渉、大変だったんでしょう?」


 シルヴィアが、心配そうに中原の顔を見た。エリザベスが非常に手ごわい相手であることは、街でも有名だったからだ。


「ええ、なかなか一筋縄ではいかない方でした。でも、エリザベス様も、ギルドが安定することで、長期的な利益に繋がるということを理解してくださったんです」


 中原は、エリザベスとの交渉の駆け引きを思い出し、苦笑した。現実世界でのビジネス経験がなければ、太刀打ちできなかっただろう。


「世界最大の貿易商を相手に、有利な条件を引き出すなんて…やっぱり、中原さんはすごいわ」


 シルヴィアは、心から中原の能力を称賛した。彼女にとって、中原はもはや、単なる異世界から来た旅人ではない。この世界の常識を超えた知識と能力で、不可能を可能にする、頼れる存在だった。


「資材が安定して供給されるようになったことで、冒険者の方々も安心して任務に臨めるようになりました。これで、街の安全もさらに確保されます」


 中原は、資材調達の安定がもたらす効果の大きさを実感していた。それは、ギルドの運営をさらに強固なものにし、街の人々の生活をより安全なものにする。


「中原さんが来てくれてから、この街は本当に変わったわ。ギルドだけじゃない。みんなの顔が、明るくなったの」


 シルヴィアは、温かい眼差しで中原を見つめた。彼女の言葉は、中原にとって何よりの報酬だった。かつての自分は、組織という大きな歯車の一部として働いている感覚だった。しかし、この異世界では、自分の行動が、人々の生活に、街全体に、直接的な良い影響を与えていることを実感できる。


「シルヴィアさんも、この宿屋で、たくさんの人を支えているじゃないですか」


 中原は、シルヴィアの働きを労った。温かい食事、清潔な部屋、そして何より、シルヴィアの優しい笑顔と気配り。それは、この街に暮らす人々や、旅人たちにとって、かけがえのない癒しであり、活力となっている。


「私なんて、当たり前のことをしているだけよ。でも、中原さんのやっていることは…」


 シルヴィアは、少し頬を染めながら、言葉を詰まらせた。彼女の心の中で、中原という存在は、日ごとに大きくなっている。尊敬、感謝、そして…それ以上の、特別な感情。


 中原は、シルヴィアの気持ちに気づかないほど鈍感ではなかった。彼自身もまた、シルヴィアという温かい存在に惹かれている。彼女の優しさ、芯の強さ、そして、時折見せる寂しげな表情。それは、中原の心の奥底に眠っていた、何かを呼び覚ますようだった。


「シルヴィアさん」


 中原は、そっとシルヴィアの手に触れた。温かくて、柔らかい手。


 シルヴィアは、少しだけ驚いたように目を見開いたが、その手を払いのけることはしなかった。むしろ、中原の手をそっと握り返した。


 二人の間に流れる時間は、穏やかで、そして少しだけ甘い。これまでで積み重ねてきた信頼と、お互いの人間性への惹かれ合いが、この瞬間、一つの形になろうとしていた。


 資材調達という、ギルド再生の最終段階における大きな成功。それは、中原のビジネススキルが最高潮に達したことを示したが、同時に、シルヴィアとの関係もまた、新たな段階へと進もうとしていた。

 二人の関係は、言葉よりも、触れ合う手の温もりを通して、確かめられていく。

 もはや何物にも二人の間を邪魔するものはなかった。そっと寄り添う彼女を柔らかく受け止める。


 中原は自分の存在価値を、守るべき家族をこの異世界で証明されていること、満たされていることを感謝して腕の中にいるシルヴィアの体温と鼓動を感じていた。


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界ゆるリーマン-おっさんリーマンギフト無しでも頑張ります- 黒船雷光 @kurofuneraikou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ