第22話:黄金の天秤の重み
中原は、エリザベスからの難題をマックス、ローレンス、レイチェル、ブレイクと共に持ち帰った。
『有力貴族の代替わりした当主との取引問題』
小さな不正と、女性であるエリザベスとその職員への侮辱的なハラスメント。エリザベスの全面協力は、この問題の解決にかかっている。
※
交渉の場は、貴族の商館の一室に設けられた。
豪華ではあるが、どこか傲慢さを感じさせる空間だ。
部屋に通された中原たちを出迎えたのは、噂に違わぬ傲慢な態度の若い貴族当主だった。
彼はエリザベスが来なかったことに不快感を示し、中原たちを値踏みするように見下した。
「『
貴族当主は、中原たちに向け、明らかに侮辱的な言葉を吐いた。
ブレイクの顔色が変わるが、マックスが静かにその隣に立つことで、物理的な衝突は避けられた。
ローレンスは、その様子をただ静かに見守っている。
「私は中原信也と申します。
エリザベス様の代理として、本日の取引について全てを委任されて参りました」
中原は冷静に名乗り、貴族当主の挑発には乗らなかった。
「本日は、過去の取引におけるいくつかの不一致点と、今後の取引に関する確認をさせていただきたく」
中原は、本題に入った。
彼は手元の記録盤を操作し、過去の取引記録を提示した。
それは、代金の過不足、納品物の数量の不一致、そして契約にはない後からの要求といった、貴族当主が行った小さな不正の全てを、日付と具体的な数値で記録したものだった。記録盤のデータは、疑いようのない証拠として提示される。
「過去〇月〇日の取引におきまして、納品数に対し、お支払い額が××ジェム少なく計上されております。
また、その後の〇月〇日の取引では、契約書にない□□という品目の追加要求が、無償で行われております。これらの不一致について、ご説明いただけますでしょうか」
中原は淡々と、しかし揺るぎない口調で記録盤のデータを示した。
貴族当主は、最初は余裕の態度だったが、中原が示す正確な数字と、記録盤の証拠に顔色を変えた。
彼の不正は、巧妙ではあったが、記録を辿れば必ず見抜けるものだった。
中原の「管理」と「計画」は、過去のデータから不正のパターンを見つけ出し、証拠として提示する力を持っていた。
「な、何を言うか! 我々貴族がそのような端た金をごまかすなど、あるまじきこと! その記録とやらが正しいかどうかも分からぬ!」
貴族当主は声を荒げ、ごまかそうとする。
「記録は全て、エリザベス様の商館の厳正な手続きに基づいたものです。そして…」
中原は一瞬言葉を切り、静かに言った。
「万が一、この記録に誤りがあるというのであれば、エリザベス様は王宮の会計監査部に提出することも辞さない、と申されております」
中原の言葉に、貴族当主は明らかに動揺した。
王宮の会計監査部。
それは、貴族であっても、迂闊な不正が露見すれば家名に関わる一大事となる。
エリザベスが持つ「王宮との繋がり」という最大の武器を、中原は戦略的に、ここぞという場面で使ったのだ。
そして、もう一つの問題。
交渉中、貴族当主は中原の説明を聞きながら、明らかにエリザベスや女性職員を侮辱するような言葉を漏らそうとしたり、中原を小馬鹿にするような視線を向けたりした。
しかし、その度に、マックスの静かながらも威厳のある佇まい、そしてブレイクの、まるで岩のような、一切の無礼を許さないと語る無言の圧力に、言葉を飲み込んだ。
決定的な場面が訪れた。
貴族当主が、女性蔑視とも取れる嘲るような言葉を口にしようとした、その刹那。
傍らに控えていたローレンスが、一歩前に出た。彼の顔は穏やかだったが、その眼光は鋭い。
「当主殿。エリザベス殿は、この国の商業の『信頼』そのものを体現しておられる方。彼女の信用が、この国の物流を支えていると言っても過言ではない。
貴方様が、その信用に対し、家名にそぐわぬ軽率な態度を取られることは…私のような引退した老骨であっても、見過ごすわけには参りませんな」
ローレンスは、かつて王宮で宰相補佐官を務めていた。
その老骨から発せられる言葉には、貴族社会の暗黙の了解と、王宮という権威の影が伴っていた。
貴族当主は、ローレンスの正体とその言葉の重みに気づき、背筋を凍らせた。
不正の証拠を掴まれ、さらに貴族社会の重鎮から家名を傷つける行動だと釘を刺されたのだ。ハラスメントどころか、これ以上、不遜な態度は取れなくなった。
交渉は一転した。
貴族当主は青い顔で不正を認め、不足分の支払いを約束した。
そして、今後の取引においては、エリザベスとその商館に対して最大限の敬意を払うことを誓った。中原は、その約束を書面にまとめ、記録盤にも記録した。
エリザベスの商館に戻り、中原は交渉の経緯と結果を報告した。
ビジネス上の不正を、記録と論理で明らかにしたこと。
そして、マックス、ブレイク、ローレンスの協力により、相手の無礼な態度を牽制し、二度と繰り返させないようにしたこと。
エリザベスは、中原の報告をじっと聞いていた。
彼女の顔には、驚きと、そして深い満足の色が浮かんでいた。
「…なるほど。私の知らなかったやり方だわ」エリザベスは静かに言った。
「あの当主の不正は、頭では分かっていても、証拠が曖昧で追及しきれなかった。そして何より、彼の個人的な侮辱には、私自身の力だけでは対処しきれず、常に不快な思いをしていた」
彼女は中原を見つめた。
「貴方は私の期待を超えました。
貴方は単にビジネスの理屈を振りかざしたのではない。
私の『現実』の悩みを理解し、貴方の『管理』と『計画』を、ギルドの『力』と『知恵』と組み合わせ、この世界の『人間』と『社会』の問題を解決してみせた」
エリザベスは立ち上がると、中原に向かって手を差し出した。
その表情は、ビジネスライクな厳しさはそのままに、確固たる信頼の色を宿していた。
「貴方の『管理』と『計画』は、この世界の『現実』を動かす力があるようだ。
約束しましょう、中原信也。
貴方のギルドの供給網構築に、『
中原は、エリザベスの手を取った。
その握手は、異世界最大の貿易商と、異世界から来たビジネスマンとの間に、新たな協力関係が結ばれた瞬間だった。
エリザベスの協力という、最大の味方を得たギルドの資材調達は、劇的に改善され始めた。エリザベスの広範な情報網により、信頼できる新たな供給元が多数見つかった。彼女の交渉術とギルドの「冒険者信用データベース」を組み合わせることで、より有利な条件での継続的な取引が可能になった。
資材部のバルカスは、以前のような納期遅延や品質のばらつきに悩まされることがなくなった。
彼の記録盤の発注リストは、着実に納品済みの項目で埋まっていく。
資材の在庫は安定し、必要な時に必要な物がギルドに揃うようになった。
冒険者サポートのセシリアは、資材不足で依頼を割り当てられない状況が激減した。冒険者たちは安心して難しい依頼に挑戦できる。
依頼受付のアイリスは、資材に関する問い合わせに、自信を持って正確な納期を伝えられるようになった。ギルド全体の依頼消化率は再び上昇し、活気を取り戻していった。
そして何より、冒険者たちは、ギルドが約束通り、自分たちの活動を根幹から支えてくれていることを実感し、ギルドへの信頼は確固たるものとなった。ブレイクは、必要な装備をいつでも手にできる安心感を噛み締めていた。
中原信也の異世界での挑戦は、単なる組織改革に留まらず、異世界のビジネスの現実と向き合い、その世界の有力者と協力関係を築くという、新たな段階へと進んだ。
彼の「管理」と「計画」は、エリザベスの「現実」と融合し、異世界に「安定した供給網」という名の強固な基盤を築き上げていった。それは、ギルドのさらなる発展を確約する、黄金の輝きを放つ成果だった。
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