世界の終わりのクロコサギ

望乃奏汰

︎ ︎☂︎

腕から羽が生えている。


というより、腕そのものが羽根であった。

それが当たり前だと思っていたのだが自分以外にそれは見当たらない。

昔から、その話をしても誰もまともに取り合ってくれないので、おそらくこれは自分にしか見えておらず、尚且つ他の人の腕は羽根ではないのだと気付いた。


羽根は僕が成長するに伴ってばさばさと長くなる。

しかし不思議なのは全くそれの実体はなく、ホログラムのようにあらゆるものを透過する。そのためものを引っ掛けて落とすとか邪魔ということはないので生活に支障はない。


昔からそうなのでもう慣れてしまったし、周りからも見えていないので特に気にすることもなかった。


そう。周りから見えていない。


頭の上に両手を載せると、羽根に全身が覆われる形になる。

そうすると、なぜかまるで光学迷彩のように周りから見えなくなるのだ。

但し、僕から周りを見ることもできない。

羽根が視界を遮ってしまう。


今までにこの謎の能力が役に立ったことは不良にカツアゲされて逃げる際に撒けたときだけだ。


役には立たないが、僕はたまに雑踏に疲れたときに無意味に消える。


︎ ︎☂︎


あるとき、電車の設備トラブルの影響でターミナル駅がひどく混雑して、人混みに気分が悪くなってしまった僕はいつものように頭の上に手を乗せた。


外の雑踏が遠くなる。

行きじゃなくて帰りでよかった。遅刻しなくて済む。でも家に帰るのは遅くなる。晩御飯はコンビニで適当に買うか。などと考えて時間を潰す。


と、いきなり暖簾をくぐるように知らない男が羽根の内側に入ってきた。


「うわ、人がいる。」

「って、なんで、誰、、、」

「なんか変なものがあると思って。」

「・・・・・・見えるの?」

「何が。」

「この、腕の、羽根みたいなやつ。」

「これ羽根なのか。どうなってんのこれ。服通り抜けてんじゃん。飛べんの?」

「いや、飛べないけど。」

「なにそれ。君おばけなの?」

「いや、さぁ、おばけなのかも、、、」

僕は自分が人間であるという自信がなかった。


「まぁいいけど。何してんの。」

「別に、人がいっぱいいて具合悪くなったから休んでたんですけど。これ、外から見えなくなるから。」

「見えてるし。アレみたい。クロコサギ。」

「・・・・・・クロコサギ?」

「アフリカにいる鳥。今の君みたいに羽根で影を作って川で魚をおびき寄せるんだよ。魚は日陰に集まるから。俺は動物番組は全部録画してチェックするのが趣味なんだ。」

「・・・・・・へぇ。」


なんなんだこの人。ヤバい人なのか。


「ってことは俺は魚かぁ。食べられちゃうなぁ。」

「何言ってんすか。」

「でも頭の上に手乗せてたら何にもできないか。」

「・・・・・・。」

「えい。」


鼻をつままれた。


「ちょ、何するんですか!やめてください!」

「はっはっは。愉快愉快。愉快適悦。俺は人が困っているのを見るのが大好きなのだよ。」

「最低だな!」


っていうか。狭いし。近いし。


「あなた、パーソナルスペースって言葉知らないでしょ、、、」

「さぁ知らんな。俺は面白そうなものには目がないんでね。」

「何なんですかあなた、、、」

「俺はただの通りすがりの動物好きの一般人だよ。」


こんな一般人がいてたまるか。

まだ鼻つままれてるし。

動物が好きな人間はいい人という世間のパブリックイメージがいかに適当であるかというのがわかる。


「ってかいつまで人の鼻つまんでんすか。」

「口も塞いで欲しいの? 積極的だね。」

「バカなこと言ってないで離して下さい。」

「それはちょっと無理かも。ほら、外、聴こえない?」


耳をすますと、遠くから微かに怒号や悲鳴、何かが崩れるような音や爆発音が聞こえる。


「ちょ、これ、外で一体何が、、、」

「さぁ。穏やかじゃないのは確かだ。この羽根って防弾?」

「知りませんよ、、、」

「まぁ、鼻つまんでる場合じゃないから離してあげる。」


ようやく鼻が解放された。

酸素を求めて息が荒くなる。

とはいえ目と鼻の先には怪しい男がいる。微かに夏の夜のように甘い匂いがした。

気まずい。


「ねぇ、怖い?」

目の前の男は僕に問う。


何が起こっているのかわからない外も。

知らないヤバい男が距離ガン詰めで目の前にいることも。

なんの抵抗も出来ないことも。

頭の上の手を下ろしたらどうなってしまうのかということも。


「怖い、というより嫌だ。逃げたい。この全ての状況から。何も考えたくない。」

「それはそう。外に出たらたくさんの人が死んでいるかもしれない。ここから出たら死んじゃうかもしれない。武装したテロリストがそこら中にいるかもしれない。頭のおかしい奴が爆弾をばらまいたかもしれない。毒ガスが噴霧されているかもしれない。隕石が落ちたかもしれない。駅は破壊された廃墟になっているかもしれない。駅だけじゃない。街全体が滅んでいるかもしれない。あるいは世界そのものが。そして君は初対面の知らない男と二人きり。この安全圏たる密室を出ることが出来ないうえに両手は不自由。しかもその状況は全て君が自分の意に反して作り出している。ドキドキしない? 俺はとってもドキドキする。生きていてこんなことある? ないよね。それにこんなさ、」


男は上げたまますっかり痺れてしまった僕の腕を指でなぞる。


ゾクゾクした。


それが不快感からなのか興奮からなのか恐怖からなのか単に痺れた腕の生理的反応なのか最早考えることが出来ない。


「腕から羽根が生えてる。本当にどうなってるんだろうね。これ。こんなの生まれて初めて見た。すごく綺麗だ。これ見えない人がいるって本当なの? 面白い。君は面白い。俺が今までの人生で見てきたもののなかで一番面白いよ。」

「あなたを面白がらせるために僕は存在してるわけじゃないんですけど。」

「ならば喜びに打ち震えたまえ。感動の涙を流したまえ。君の価値を肯定し認め崇め尊ぶ存在と出会えたこの運命に。」


男は両手で僕の頬を包み込む。

当然、僕はそれを振り払うことができない。

本当についていない。

今日は多分、人生で一番最悪な日だ。


僕は頭から両手を下ろした。


荒涼とした景色が広がる。

瓦礫の中に立ち尽くしていた。

壁という壁がなく、建物と呼べるものは何一つ残っていない。

ここがターミナル駅だった痕跡を見つけることすら最早難しい。

視界の一番奥にかろうじて見てとれるのは赤く燃え落ちる空の残骸。

何かが焼ける臭い、埃と土と血の混ざったような鉄の臭いが生ぬるい風に乗って鼻腔に入り込む。


世界は終わっていた。


「あ、終わってる。」

男は少しうれしそうにそう言うと、僕の頬に触れていた手をそのまま背中にまわし、僕の身体を羽根ごと抱きしめた。


僕は動くことができない。

見つかってしまったから。

広げる自由さえ奪われた羽根は最早僕を透明にはしてくれない。

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世界の終わりのクロコサギ 望乃奏汰 @emit_efil226

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