第三章 科学と魔法のブレイクスルー

(31)科学と魔法をブレイクする~

 あの衝撃的な放送から、既に一ヶ月が過ぎた。

 あの日から、世界はより一層のダンジョンブーム――いや、陰陽術ブームとなっている。

 プロ・アマ問わずに、簡単な電子回路に形代を組み込んでの、様々な実験が配信され、その視聴者からもアイデアが飛び、僅かな間で数世代のブレイクスルーを経た様に技術が更新されていく。

 オカルトをオカルトのままに科学するという事が、どういう事かを漸くにして理解して、水を堰き止めていた堤が決壊した後の鉄砲水の如く、次々に新しい技術が世の中に生み出されていった。


『今度は東工大! スカイウォークシューズの開発に成功!』

『北大が提案する新しい医療。癌を呪殺して輝く未来へ。』

『呑む式神始めました。ミクロの戦士があなたの体を快調に。』


 本の一月前の常識から言えば、御伽の世界だ。

 それらの恩恵を得るには、今はまだダンジョンの中に入らなければならないという制約は有るが、既に多くのダンジョンで一階層には医療機関を兼ねた拠点が構築され、エントリーコードにより一般の患者が搬送される様子をテレビでも見掛ける様になった。

 探索者を映すカメラは、道具の力でより超人的な力を発揮するようになった彼らを、驚きと共に食卓へと届けている。

 探索者達自身でも様々な工夫が模索されて、複雑な手順を踏む一部の陰陽術を、電子機器に肩代わりさせようという試みも既に芽が出てきている。


 ダンジョンの探索は、ファンタジーからサイエンスフィクションへと様相を変えつつ有った。

 今はまだスチームパンクかも知れないが、直ぐにサイバーパンク風味へと変わるだろう。

 そしてそれは、何れダンジョンを飛び出し、世の中をも変えて行くに違い無い。



「次、戌亥、展開」

『はい、戌亥展開、三……二……一……展開しました』

「「「おお~……」」」

『発生した力は、二十ニュートン。此処まで方向による出力の偏りは誤差範囲内です』

「同規模の蒸着方式と比べると三倍以上か。しかも方向性が無い」

「これは自在に飛べる訳だ……」


 実験室を見下ろす制御室にも彼らの声は聞こえていたが、身を乗り出して集まる技術者達の所為でそれ其の物は見えない。

 しかし、それがワイヤーで宙に固定された、加工済みの浮遊石である事は知っている。


 迷宮局技術部の相模が此処に居るのは、実験を補助するマミの状態をモニターする為である。


「最早ここまで来ると、私では何の力にもなれんな」


 相模が隣に視線を向けると、迷宮庁顧問の陰陽師三条時兼が、丸でタイムスリップして未来に来てしまったかの様な達観した表情でそう呟いていた。

 気持ちは分かるが、それは聊か気が早いというものだ。


「それはどうでしょう? 確かにあれは、世の中でも盛んに実験されている陰陽術と科学の融合とは、一線を画すものです。

 しかし、逆に言えばあれは迷宮に生まれた賢者に教えて貰ったそのままの物で、原理も何もまだまだ解明出来ていないのですよ。

 そこを解き明かすヒントは、どうやっても私達の間からは出て来ません。

 陰陽術ともまた違うかも知れませんが、私達が頼れるのは貴方しか居ないのが事実です」


 確かに世の中には次々と新しい技術が生まれている。しかし、そのどれもが長老には敵わない。

 ダンジョンの外の狂躁を余所にして、長老は次の階層を一目見た後に、しかし攻略を進めず元の階層へと戻って来た。

 そして、無計画に探索するよりも、今は足下を固めるのが重要と、各階層の大改造に踏み切ったのである。


 まず、長老はゲートの仕組みを解き明かしたのだろう。今では二上山ダンジョンの階層を繋ぐゲートはタッチ認証式になっていて、毎日の様にゴブリン達が利用する様になっている。

 気の合う仲間と他の階層へも楽しくお散歩して、そこで彼らが育てているのとは違う作物を収穫して嬉しそうに帰って行く。

 ゴブリン達にとっては、隣町に遊びに来ている様な物なのだろうか?


 四階層は更なる改造が進み、人工太陽が巡るレールは二重円となって階層の隅々まで光を送り届け、その全域が農地と化して地上の様々な作物が芽を出し、地獄の様なゴブリン更生システムが完成し、黄色い馬鹿なゴブリンとして産まれてしまった者は鉄の処女の様な円筒に押し込められ、農地開拓ゴブリン人形として暫しの時を過ごす、そんなサイクルが出来上がっていた。


 そして時々配信される長老は、多段キーボードシステムを組んだ中で何やら開発している姿が映される様になった。

 モニタは空中投影されて、完全にSFの世界に長老は生きていた。


 相模は、寧ろ悟りを開いた様な表情で、その様子を思い返した。


 それは予想出来た事だった。あの長老が、未知の魔術を使い熟す迷宮の賢者が現代の技術を知ったなら、そこには凄まじいブレイクスルー飛躍的な発展が起きるだろう事は。

 予想出来なかったのは、この展開の速さだけだ。


 あの放送の僅か二日後に、迷宮局技術部には或る発注書が届いていた。

 内容は、AIカメラドローンのサブシステム六台の発注。仕様はカメラドローンのAIからコントロール可能なサブのカメラドローンでありその飛行制御には発注者提供の部品を用いる事。そして代価はその特殊部品と同じ物を四つと、その解説書。

 長老からの発注だった。


 緊急で会議を開き、受注を決定した彼らに送られて来たその解説書には、特製部品に用いられている魔法文字の解説として、C言語で書かれたプログラムが示されていた。C言語で記述出来ない部分は、別のプロシージャとしてコメントで記載されている。

 魔法文字のどの部分がプログラムの何処に相当するのか、細かに書かれた解説書は宝で有ると同時にどうしようも無い危険物だった。

 ゴブリンの高度な知能を認めた時、果たして人類はダンジョンに対して今まで通りに接する事が出来るのだろうか。


 そして、事此処に至っては、あの頑冥な部長も完全に理解を放棄して、対外折衝に集中する様になった。

 それで旨く進むようになった部分も有るが、少し技術屋達は暴走気味だ。


 何と言っても、長老が教えてくれた魔法文字は、ドローンに使うだけの文字でしかない。配信で映されていた文字を加えても、サンプルとして余りにも少ない。

 にも関わらず、魔法文字はその構成要素の線の太さ一つにも、相当な情報を詰め込まれているらしいのだ。


 それを何とか使い物にするとしたなら、それは技術者が付きっ切りで実験をした結果を纏めるなんて方法では幾ら時間が有っても足りないだろう。

 AI――マミ――が、凡ゆるパターンの実験を管制して、推論を立てる他は無い。


 故に、相模も此処に呼ばれた訳だが、そういう遣り方に縁が無かった三条氏は、どうやら勘違いをして打ち拉がれてしまった様だ。


「重ねて言いますが、私達が貴方に求めているのは、あの謎の文字の解読では有りません。あれはどうやら文字では有っても回路では無いらしい。

 幸いな事に、長老がその意味をコンピューターで用いるC言語に書き下してくれています。C言語は訳が分からない呪文に見えるかも知れませんが、あれは何をどうするのかを一つ一つ書いているに過ぎません。

 私達が考えるべき事は、あの魔法文字での制御と同じ事を、陰陽術にて再現すればどうなるか、です。それが実現出来てこそ、見えてくる物も有りますからね」

「……あれか。あの短い紋様の連なりが、ずらずらと経文の様な長さとなっていたあれか! あれはとても理解出来る物では無いぞ!?」

「経文の様に長いのは、それこそ細かな動きを一つ一つ書いているからなんですよ。例えば、右一という指示が出されたなら、右に一の力を出す。右二という指示が出されたなら、右に二の力を出す。そういう細かい事が書かれていて、全体として自在にドローンを飛ばすようになっています。

 私達が知りたいのは、右一と指示を出した時に右に一の力を出させて欲しいが、それは陰陽術でどうすれば良いのか、そういう基本的な部分です」

「……指示された方向に、指示されただけの力を? ――それならば、ううむ……」


 或いは、今の時代ならば大学で陰陽術を学んだ若者の方が、容易く理解し組み上げてしまうのかも知れない。

 しかし、魔法文字はどう考えても劇物だ。

 長老から入手した魔法文字入りの部品を使ったならばドローンが飛ぶのは当然として、既にそれらは長老に納めてある。

 目の前で行われているのは、その複製品にドローンを飛ばす力が有るのかの実験だ。

 それで飛ぶという事は、複製した魔法文字にも力が有るという事だ。


 一部の線の太さを変えただけで、プログラムが変わってしまう様なそんな文字を、一般に公開したなら何が起きるのか分からない。

 好奇心や功名心に駆られて、危険な実験をしかねない者にこの文字の秘密が渡ったならと考えると、恐ろしいばかりだ。

 教えて良いのは、そういう馬鹿を為出かさない、信頼出来る人間にだけ。

 恐らく長老が迷宮局に発注を掛けたのも、そんな思惑が働いているのだろう。


「まぁ、今日は只の見学ですよ。それにしては寄って集ってしていて、此処から見えないのはどうかと思いますがね」

「時代に取り残された私が、今や時代の最先端か。しかしこうして築かれていく技術が、また何百年かすると失われると思えば空恐ろしいな」

「それは心配なく。材料班が二千年でも確実に残す記録方法を検証していますから。きっと次は、今世よりも苦労させる事は有りませんよ」

「だといいがな……。保存技術が有ったとしても、嘗ての私達の様に、唯伝承のみに邁進する一族が居なければ、そんな記録が有った事も忘れ去られてしまうのでは無いだろうか。

 いや、或いはこの魔術的な技術に依存しきってしまえば、やがてその力が失われる時に、科学技術を愚直に進めていた他の国に、この国が取って代わられ、やはり記録など忘れられてしまってもおかしくは無い」


 三条氏が懐疑的なのは、彼の一族が世の中からは完全に忘れ去られていた事も有るのだろう。

 しかし、文字通り今は時代が違うのだ。


「平安の頃とは違い、今は映像記録も溢れていますし、既に世の中に知れ渡っている出来事です。更に言えば、陰陽師も一部の才能有る者だけでは無く、大学で誰でも学ぶ事が出来る技術です。忘却は考えなくても良いでしょう。

 それよりも、魔石です。長老曰くの“固形の魔力”ですが、あれを活用出来る様になれば、“不思議”は迷宮の中だけの特権では無くなるでしょう。

 そうなれば、喩え千年二千年が過ぎたとしても、決して忘れられる事は無くなるでしょう」

「謂わんとしている事は分かるが、あれは想像以上に危険だぞ? 喩えるなら星だ。触媒としてなら最上だが、あれ其の物を分解しようとするのは甚だ危険だ。耐爆設備を用意して貰ったとして、物理とは違う力を相手にどれだけ耐えれるかと思うと、な」

「具体的に」

「五芒星のセーマン印の頂点に置けば、それだけで術の効力が数百倍される。森羅盤が欠片も反応しない場所でも陰陽術が行使出来る。垂涎の品だが、其の物に手を出すのは不遜に感じる。

 とは言え、手掛かりは得た故に、考えている事は有る。――が、年寄りには中々難解だ。弟子達も似たり寄ったりだからな。

 迷宮庁では若い才能を取り入れたりはしていないのか?」

「そういう若い才能は、迷宮に潜る為に学んでいたのですよ。

 でも、これからはきっと変わるのでしょうね。

 陰陽師の方々ばかりでは有りませんよ。私も、どうやってプログラムを術式と対応させるのかで頭を悩ませる日々です。

 ……高望みとは知ってますが、あの魔石を迷宮時代の間に出来るだけ量産して、その後の千年を乗り越えられればというのは、夢想するにも浅はかですかねぇ」

「ははは、そうなれば確かに技術の残る道も、術者の生きる道も残るだろうが、当てにはしないのが良いだろうな」


 それは分かっていつつも、何れ無くなる技術と思えば惜しくなる。

 そして何れ終わると知っていても、その魅力には抗えない。


 長老の齎した技術、示唆した未来。

 それは科学と陰陽術――いや、魔法にとって、大きなブレイクスルーとなったのは確かな事実だ。

 しかし、それと同じ意味で築き上げられる科学と魔法の融合した技術は、何百年かの後にブレイクされるのも確定している。


 儘ならん物だと、相模は大きく溜め息を吐いた。

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