第21話 【幕間】エルフの復讐・2
その場に残っている、子どもといっしょにいる者たちの前で、ブーリンは言った。
「家族の中でひとりだけ助けてやろう」
その状況で見られる家族の姿は三種類だ。
子どもを助けてほしいと願う家族か、片方の親だけが当然のように生き残るつもりでいる家族か、父親と母親のどちらが助かるかで争う家族か。
ブーリンは何組かの両親が醜く争っている姿を見やった。
それから、真っ先に見捨てられた子たちを集めた。
「おまえたちはこちらに来なさい」
かわいそうな子たちだ。
あんな親といっしょにいても幸せにはなれないだろう。
「せめて怖くないように連れていってくれるか」
ブーリンの妻が中心になって、女エルフたちが子どもたちを連れてその場を離れていった。
子どもたちの姿が見えなくなってから、争う親たちと、ひとり生き残ろうとした親を全員拘束した。
「子ではなく自分たちが助かろうとする親など、ここには不要だろう」
冷めた目で言うブーリンに、女ハーフエルフがどなり散らした。
「ひとりだけ助けてくれると言ったじゃない! この嘘つきエルフめ!」
「だから、子どもだけ助けてやるのだ」
言ったのはイズナに下品な夏虫だと言った母親だったのだが、ブーリンたちが知ることはなかった。
エルフたちは淡々と拘束した親たちを穴から落としていった。
叫び声を上げながら小さくなっていく。
「ヴァル、界長権限で龍を呼ぶのだ。管理者交代の書状がテラリスから来ていたようだから、龍の準備はされているはずだ」
「普段は呼んでも来ないということか?」
「そうだ。龍への供物は三界規範に基づきテラリスが用意することになっている。魔素によってテラリスに異常が起こったのち、龍に供物を捧げるのだ。それから書状がこちらへ送られてくる。だから他の時期には呼べない」
書状はいつ届いていたのだろう。
世界樹の魔素はひどい状態になっているかもしれない。
ブーリンは先代のフレイアを思って憂いた。
呼んだところで交代する世界樹の管理者はいないのだが、ヴァルは言われた通りに紋章のある左手を挙げた。
「龍よ。テラリス界長が呼ぶ。いにしえの約束に基づき、ここへ来るがいい」
子どもを助けてほしいと言った家族たちと、片方の親と子だけが残っている家族たちはまとまって震えている。
ブーリンはその家族たちにはこう言った。
「もうハーフエルフたちとエルフが暮らしていく道は断たれた。だが、おまえたちには未来を作っていく子どもいる。だからドラゴンの背に乗り、テラリスへ行くがよい。新しい土地で暮らしていくのは楽ではないだろうが、これからも家族で仲良く暮らすのだぞ」
もうそこに残っている者たちで文句を言う者はいなかった。
ただ「お慈悲をありがとうございます」と首を垂れた。
長い大きなドラゴンがゆらゆらと下界から昇ってくるのが大穴から見えてくる。
重さを感じさせない不思議な動きのドラゴン。手足というか前足後ろ足はあるが、羽はない。なのに飛んでいる。
とうとう上がってきたそれは、穴の縁から顔を出して渡し場にその長い体をつけた。
銀色の鱗が反射できらりと光った。
ヴァルは龍に礼を言い、家族たちを乗せてくれるように頼んだ。
「言葉は通じないが、思念でわかりあえるんだな」
「不思議な感覚であろう」
ブーリンは久しぶりに見るその艶々した巨体を撫でた。
家族たちを全員その背に乗せたら、龍を送る。
そこにいるエルフたち全員で見送った。
長い巨体は不思議とほとんど動かずに、ゆるゆると下界へと下りていった。
そしてここに残ったのは、グーズだけになった。
さすがにひとり残されて、よい想像ができないようだ。
血の気を失い真っ白な顔で拘束されている。
ブーリンはゆっくりとそちらへ振り向いた。
「さて、まとめ役であった男よ。所在不明のエルフの行方を聞かせてくれ」
「わ、私がまとめ役になる前のことだ。記録に残っていたものを見た。エルフの男ふたりのことが書かれていた。盗みを働こうとした者と、ハーフエルフに怪我をさせた者を、穴から落としたと書いてあった」
「界長の許しも得ずに、私的に追放したということか」
「私に聞かれても知らん! 昔のことだ!」
「だが、お前もイズナを突き落としたな。界長と詐称してだ。ブーリン様、この者には追放だけでは足りない。さらなる罰を与えるべきだ」
「そうだな。では、伝言を頼もう」
開いた手のひらには光でできた紙に似たもの。
そこへ三言つぶやきかけると、握りしめた。
丸い玉になったものを、グーズの額にあてる。
「これをおまえがここから落としたイズナに渡すように」
「……生きているのか」
「生きているのだろうな。一時期、世界樹の葉が枯れてきてその後復活した。管理者フレイアの体調が持ち直したのかと思っていたが————あれはイズナが下界に下りたからであろう?」
「……その時期だった……」
「まぁ、次代の界長候補となるほどのイズナが、ここから落ちたくらいで死ぬわけがない。おまえたちも魔素が受け止めるから落ちても死なないだろうしな」
「それなら……! 生きているのなら、こんなにひどいことをしなくても!!」
「だが、イズナはもう戻っては来れないのだ。このエルフの住処であるクローネに、もう」
「それにここから落とされるなど恐ろしい目にも遭わされたんだ。罪を償ってもらおう」
「イズナへの伝言はおまえの額へ埋めておく。イズナに会えたなら額が教えてくれるだろう。それまでは罪の印をそこに貼り付けて、生きることだな」
グーズの額には罪人の証であるオーガの印が刻まれていた。
「これは私が直接落とす」
ヴァルはブーリンが行使していた魔法から引き継ぎ、エアヴァインできつく縛った。
「——ぐうぅ……」
バキバキと何が折れるような音がした。
穴の上から下をよく見下ろせるような体勢で、グーズはゆらゆらと揺らされた。
「おまえが落とした高さをよく味わうんだな。高いだろう?」
「うっ……ううっ……」
「すぐに落としては龍に乗った子たちを驚かせてしまうか」
「そうだな。もうしばらくこのままぶらさげておく。ここへ結びつけておく魔力がなくなれば勝手に落ちていくだろう」
「では、みなご苦労だった。森に住む者はそのまま森に。町へ移り住む者は相談してくれ。家の改修をみなでしよう」
「それと残した子どもたちの住む場所だな」
「大事な次代への希望だ。親の代わりに責任もって育てよう」
この先、エルフたちの夫婦に子どもができるかもしれない。その子が恋の相手として選ぶかもしれない。
エルフという種族は、子どもができると男女ともに寿命が短くなる。人間やハーフエルフほどではないが。
だが、飽きるほどに長い生、短くなるくらいでちょうどいいのではないだろうか。
ブーリンは子どもが好きだが、妻との間にできることはなかった。
あの残された子たちを、たくさんかわいがろうと思う。
そろそろ尽きるだろう命が終わる時まで。
笛は好きだろうか。音楽は好きだろうか。
たくさん吹いてやろう。
さみしさが薄らぐように。
そしていつか、心から楽しめる日がくることを祈る。
吟遊詩人はラブ&ピースを歌う くすだま琴@コミカライズ「魔導細工師ノー @kusudama
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