奪ったら奪い返される

ガラドンドン

奪ったら奪い返される

今日も僕のお腹に、あいつの足の先が蹴り込まれる。


「ヨワシよぉ~~。五万円持って来いって言ったよなぁ~?

なんで五千円なんだよ。舐めてんのか?」


あいつ、強谷つよたにタケルが、僕に対して臭いツバを吐きかけながら脅しを掛けて来る。入学して直ぐに、弱そうだからと目をつけられて。こうやって恫喝を受けるようになってから、もうどれくらいか。

僕の名前だってヨワシじゃない。強谷が勝手につけた名前だ。僕の本名すら、こいつは覚えちゃいないんだろう。


「強谷君、お金、もう無くてっ。

ごめん、許して、親の財布にもお金、もう入ってないんだよ!

お金無くなってるの気づいたみたいで、全部カードとかで」


「だったらそのカードと暗証番号持ってこいや!」


「そんなの出来る訳ないじゃ、うっ!」


僕がタケルに口答えをすると、タケルはまた僕のお腹に蹴りを入れる。昼に食べた、お父さんが作ってくれたお弁当が逆流しそうになる。

僕の事を心配して入れてくれた、好物の唐揚げがせり上がって来る。酸っぱい涎が垂れて、口元が気持ち悪い。


『何か、困っている事があるんじゃないか』


家のお金を使った僕を叱るでもなく、父さんは真剣な表情でそう聞いてくれた。

僕は本当の事を話せずに、只々、自分の為に使ったと話した。


「口答えすんな、おい。出来る出来ないじゃなくてやんだよ!

お前、家全部めちゃくちゃにすんぞ。あ”ぁ?何しても良いんだぞ、オレは」


それも全部、こいつの理不尽なまでの暴力性のせいだ。

もし、タケルにやられている事が露見すれば。その場では解決はするかもしれない。けど、それに怒ったこいつが何をするのか分からなかった。

本当に、家族に危害を加えられかねない。今、血走って開かれた瞳に、青筋が浮かんだ、同じ人とは思えない顔を見て猶更そう思う。


「次逆らったら、家に火つけて、お前の家族殺して。可愛い妹ちゃんもめちゃくちゃにしてやるからな。呼び出しまでに用意しとけよ」


僕は泥を顔につけながらタケルに頷く。タケルはまた唾を吐いて去って行った。

こんな奴の言う事なんか聞きたくないのに、頷かなきゃいけない自分が嫌になる。

なんでこんな奴がこの世に生きているんだろう。もう何度もそう思った。殺してやりたい。何度も思った。


僕は、制服についた泥を出来るだけ払って家に帰る。


「お兄お帰り!

どった?元気無い?」


「お帰りなさい。お腹空いた?

唐揚げ出来てるから。先、ちょっとだけ食べちゃって良いわよ」


妹が、僕の帰りを見て可愛らしい笑顔を浮かべてくれる。

お母さんが、僕の好物を作って待っていてくれる。心配を掛けてしまっているのが分かる。お金を持ち出した事には全然触れずに。変わらない言葉を掛けてくれている。


タケルを殺せば、お父さんとお母さん、妹に迷惑を掛ける。勝手にお金を持ち出してしまうような僕にも、何かを察して心配してくれて。多分、裏で沢山動こうとしてくれている。そんな家族に。

でも、表立って、僕が虐められている事を話してしまえば。タケルが何をするか分からない。ほんの少しでも。あんな邪悪な人間に、家族が何かをされる事は耐えられなかった。


だから。僕は、タケルを殺そうと思っている。


誰にもバレないようなタイミングが良い。あいつ自身は、人に殺されたって哀しむような人間はきっといないだろうから。

あいつの住んでいるアパートには、監視カメラとかは無い事は分かっているから。

すぐ。もうすぐに。あんな存在は、いなくなった方が絶対に良いから。誰にもバレないように、ようく考えて。大好きな、人達の為に。


絶対にあいつを、殺してやる。



絶対にこいつを、殺してやる。

オレの腹に、あいつの蹴りが叩き込まれる。


「タケシ、お父さん言ったな?

お金、十万。用意しといてなって。なんでだ?タケルは悪い子だったか?」


オレの父親、クソ野郎は。オレの頭をゆっくりと撫でた後に、髪を掴んで自分の顔へと向かせて来る。

鏡を見る度に思い出すような。小さい頃から、鬼にしか見えない、血走った目と青筋が浮かんだ顔をオレに向けている。


「な。な。言ったよな。お父さん困ってるって。

タケシが頑張ってくれないと大変なんだよ」


こいつは、そう言ってずっとずっと。オレの母親と、オレから何もかも奪って行った。母親は過労と病気で死んで、その次はずぅっと、こうやってオレを殴って、蹴って行く。

そもそも、名前すら間違ってんだよ。そんな減らず口も、出す事が出来ない。このクソの、鬼の顔を見るだけで。ずっと、オレの身体は動く事を止めてしまう。


ずっと。景色が赤色だった。目の前がいつも汚くて。こいつみたいになりたくないのに、気が付けば人を殴ってて。イライラして、誰かから奪っている。


オレはこいつとは違う。オレは絶対、弱い奴を殴ったりなんかしない。そう決めていた。そう決めてたのに。

ヨワシ。そう、あいつ。どうしても、あぁいう大人しそうな奴を見たら。殴りたくなる。蹴りたくなる。

オレが持っていないような物を持っている奴が許せなくて、そいつの全部をめちゃくちゃにして奪いたくなる。


これがどうしても、このクソ親父から引き継いだものだと思うと、また目の中が真っ赤になりそうな位に、なんでも良いから引き千切りたくなる。

だから、もう終わらせる。我慢してたんだ。終わらせたって良いだろう。


好い加減、奪われるだけは終わりだ。なんでオレが、ずっとこんな奴に搾取されなくちゃならないんだ?

ずっとずっと、そう思っていたんだ。このクソ野郎が生きている限り、オレは綺麗な世界を見る事なんて出来やしない。


オレは、用意しておいたナイフを持って。クソ野郎の腹に刺し込んでやった。

自分でもビビる位簡単に。クソの腹に、ナイフがめり込んでいく。


「あ”ぁ!?て"め”え!!」


「……死ねや、クソ野郎!!」


クソ野郎の目が血走って、あの鬼の顔になるのが分かる。身体が思わず固まりそうになるのを、大声を上げてそのまま突っ込んだ。


刺す、刺す、刺す。一度でも殴られたら、抵抗を許してしまったら。また何も出来ないオレになるのが分かっていたから。クソ野郎を、とにかく刺した。

血がどれだけ飛び散っても、構わなかった。それ以上に、こいつがまた動き出す事への恐怖と、全身を刺すような、気持ちよさで頭がどうにかなりそうだった。


「あぁ、ははっ!ははぁ、は!」


口から息が漏れる。クソ野郎は動かない。とうとう、あのクソを殺してやった。

転がるあいつの死体を蹴飛ばして、オレの口から笑い声が溢れて行く。なんて気持ちが良いんだろう。

これでもう、オレは解放された。感じた事のない位の、気持ちの良い気分で部屋の扉を開けて外に出る。今はとにかく、外の空気が吸いたかった。どんな気分なんだろう。今の、赤くない筈の外の景色は。


でも、扉を開けた瞬間に見た景色は、外じゃなくてあいつの顔だった。見た事もねぇ、冷たくて、怯えも何もない顔。

ヨワシ。あぁ、それはオレが勝手につけたあだ名で。こいつの名前、なんだったけな。

腹に熱い感覚がする。それが、刺さった包丁なのは直ぐに分かった。あのクソも、こんな感覚だった訳だなって分かって、嫌な気持ちがした。


「……死ねよ。クソ野郎」


ヨワシは、オレにそう言い残して。刺さっていた包丁を抜く。丁寧に、何かで返り血を防いでいるみたいだった。今の血みどろのオレとは違って、全然血に濡れねえでやんの。

何処かに走っていくヨワシを見ながら、オレはうつ伏せに倒れる。身体は全然動かない。腹の痛みと、流れて行く汚い赤色が広がって行って。これは、死ぬんだなって分かる。クソ野郎と、同じ色と、同じ流れ方をしていたから。


あぁ、分かっちゃいた。分かっちゃいたんだ。

オレだって、ロクな死に方しねえって。でも、あぁ。


最期に。赤くない、綺麗な空ってのを。見てみたかったなぁ。

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