第5話 カッコイイ……いや可愛い
それから数日、俺と一ノ瀬さんの“朝の時間”は続いていた。
といっても、何か特別なことをするわけじゃない。
いつも通り、俺は決まった時間に同じ電車の隅っこに立つ。
そして数駅後、一ノ瀬さんが乗り込んできて、俺の姿を見つけると、少しだけ顔をほころばせて近づいてくる。
「おはよう、如月くん」
「おはよう、一ノ瀬さん」
そのやりとりが、今では自然になってきていた。
それだけで、朝の憂鬱な通学時間が少しだけ、いや、かなり明るくなる。
「昨日の帰り、雨すごくなかった?」
「うん、でもギリギリ降られる前に駅まで着けたからセーフ」
「そっか。私は間に合わなくて、結構濡れちゃったんだよね……帰って速攻でドライヤーしたよ」
「風邪ひかなかった?」
「大丈夫、元気。私髪短いからすぐ乾くのいいでしょ」
「俺も髪短いよ」
「ふふっ、まぁそりゃそうか……」
そうやってたわいもない話をする時間が、最近の俺の中で一番好きな時間になっていた。
隣で話す彼女は、どこか落ち着いていて、でもちょっと照れ屋で――
“王子様”って呼ばれているらしいけど、俺の目には、全然違うふうに映っていた。
もっと、普通の……いや、普通よりずっと可愛い女の子として。
******
――で、そんな時間が続いたら、やっぱり気になってくる。
「女子校の王子様って、実際どんな感じなんだ?」
昼休み、相変わらずテンション高めの藤島に、俺は何気ないふりをしながら聞いてみた。
「ん? どうした急に?」
「いや、ちょっとさ、気になっただけ」
「ははーん……お前、惚れたな?」
「は?」
「毎朝電車で見てるうちに惚れちゃったか? あの“王子様”に」
「ちげぇよ」
「お近付きになりたいとか思ってんのかー?」
「……」
……まぁ、もうなっちゃってはいるんだけどな。
そんなこと口が裂けても言えるわけがない。
言った暁にはコイツとこの彼女にいじられまくること間違いなし。
「なんも言わないってことは……うわ、本当だったのか!? マジで!?」
「……うるさい。いいから早く教えろよ」
「はいはい、じゃあ特別に講義してやんよ。王子様・一ノ瀬レイの魅力について」
藤島は空になった弁当箱を置きながら、少し身を乗り出した。
「まず顔。文句なしの美人。男子の中でもあのレベルはなかなかいないぞ。黒目がちで、肌も透き通ってて、髪はサラサラのボブ。まさに清楚系の完成形って感じ?」
「ふん……まあ、確かに整ってはいるな」
俺はあえてそっけなく返す。だが、藤島は続けた。
「で、性格。これがまた完璧。礼儀正しくて冷静沈着。誰にでも分け隔てなく接する。でも媚びない。群れない。だから女子たちから“カッコいい”って言われてんのよ」
「……ふーん」
“カッコいい”、か。
たしかに、そう見られる理由はわかる。
実際、電車での彼女はきびきびと動くし、余計なことは話さない。
どこか大人びていて、静かな強さを持っている。
……でも、俺の知ってる一ノ瀬さんは、それだけじゃない。
最初に再会したときの、ほんのり赤くなった頬。
電車の中で人混みを避けて、少しだけ俺の方に寄ってくる小さな仕草。
たわいもない話をして、目を細めるときの表情。
――それ、全部“可愛い”んだよな。
「……いや、可愛いだろ、普通に」
うっかり本音が口に出そうになり、慌てて箸で口を塞いだ。
「なんだって?」
「いや、なんでもない」
藤島はじーっと俺の顔を見てくる。
「……お前さ、ガチで惚れてるなら、俺は応援するぞ?」
「……は?」
「告白するときは、彼女と一緒にチアダンスで応援してやるからな!」
「……なんだその応援……いや、てかだからそういう応援はいらねぇって」
そう返しながら、心のどこかでは認めていた。
俺は今、確実に一ノ瀬さんに心を持っていかれている。これは恋とかではない。だけど彼女のことをよく考える。
藤島に茶化されるまでもなく、自分でもわかってる。
“王子様”と呼ばれる彼女に、俺みたいな普通の男子が釣り合うわけない。そう思ってしまうけれど。
でも、せめて。今みたいに隣に立って、話せる距離にはいたいと思った。
******
そして翌朝。
いつもの車両の、いつもの隅。
俺が吊り革を握りながらぼんやり外を見ていると、乗車の波の中にあの姿があった。
制服に、すっきりしたボブ。表情はやや緊張気味。
でも、俺と目が合うと、ふっと頬がゆるむ。
「おはよう、如月くん」
「おはよう、一ノ瀬さん」
それだけで、心がちょっとだけ軽くなる。
ああ、やっぱり俺、彼女と話すのが好きなんだな。
そんな風に思った朝だった。
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