022 ヴォルト・フォン・ハルフォルド①

 ヴォルト・フォン・ハルフォルド。


 ハルスペルド王国西部に位置する『王国の金鉱脈』ハルフォルド領を支配する大貴族である。


 彼は、娘と王太子が婚約破棄に至ったという信じがたい報せを受けて、遠く自領から王都まで馬を殺す勢いでやってきた。


 そして今、王都別邸に到着し、さらなる事態を目の当たりにしたところだ。


「どうなってる……!」


 ベッドの上。

 ヴィクトリアが

 少なくともそう見えた。


 メイドが震える声で言った。


「し、し、死んではおられません……仮死状態とのことでございます……」


 ヴォルトは娘の首に指を当てた。

 脈はない。息もしていない。

 まるで魂が抜けたような。


「生きているのか……?」


「はい……癒やし手様は死んではいないと仰っていました……」


「その癒やし手は死とは何たるかを知らないようだ。首を切り落とした後に同じことをほざけるか、試してみるか」


 メイドは顔を伏せて押し黙った。

 ヴォルトは続ける。


「いつ治る。どうすれば治る」


「……腕のいい癒し手様をたくさんお呼びいたしましたが、みなさん口を揃えて、これは治せない、治せる術士は世界のどこにもいないだろうと仰っ――」 


 メイドが言い終わるのを待たず、ヴォルトの拳が壁にめり込む。


「それは死んでいるのと同じだろうッ!」


「も、申し訳ございません……」


「……経緯を説明しろ」


 メイドは言葉を詰まらせながら語った。


 ヴィクトリアが聖女を虐めたこと。

 王太子との婚約破棄に至ったこと。

 聖女との決闘に敗れたこと。


 ここまではヴォルトも報告を受けていた。メイドはさらに語る。


 屋敷が悪霊に襲われるようになったこと。


 ヴィクトリアは人が変わったように大人しくなり、部屋に引きこもっていたこと。


 『守護霊様』が現れたこと。


 ヴィクトリアは明るくなっていったこと。


 そしてある夜、どこかへと出かけ、喚き散らしながら帰ってきたこと。


 『守護霊様』は消えたこと。


 元の性格に――わがままでメイドに当たり散らす性格に戻ったこと。 


 その数日後のある朝、突然、このような状態になっていたこと。


「なんだそれは……」


「………………」


「こうなって何日だ」


「六日ほどでございます……」


 六日にしては腐敗が進んでいない。たしかに純粋な死とは違うようだ。


 ではなんだ。


 自然な病ではない。

 毒、魔術、あるいは呪いか。


 下手人はだれだ。


 聖女か、それとも王太子派閥か。

 他にも可能性はいくらでもある。ヴィクトリアは各方面から恨みを買っていることだろう。


「どういたしましょう……」


 メイドが震えながらそう問うと、ヴォルトは一瞥して言い放った。


「どうするか? 出ていけ。お前はクビだ。二度と私にその汚い顔を見せるな」


 メイドは背中を丸めて小走りで部屋から出ていく。 


 それを腹立たしい思いで見送り、ヴォルトは革張りの椅子に沈み込んだ。


 たしかに娘は善人ではなかった。

 しかし、だから何だというのだ?

 貴族など総じてそんなものだ。


 聖女とかいう平民が教会のお気に入りだとは聞いている。しかし平民だ。虫けらを一匹殺しかけた程度でヴォルトを通さず婚約破棄などありえない。


「色ボケ王子め……!」


 ツラだけは整ったあの王子の顔がヴォルトの脳裏に浮かび上がってくる。


 侯爵令嬢を捨てて平民を取るとはなんなのか。優先順位というものがあるだろう。


 王太子だぞ?

 国を背負うのだぞ?

 何を考えたらそんな結論が出る?

 何も考えていないのか?


「そして聖女も……」


 ――復讐しなくては。


 聖女とあだ名される傲慢な平民。

 あの間抜けな王太子。

 そしてそれに好き勝手させる王宮。

 揃いも揃って貴族社会を舐めているとしか思えない。


 ヴォルトは頭を掻きむしった。


 婚約は白紙に戻すことになるだろう。

 それはいい。むしろ望むところだ。


 現在ハルスペルド王国では王権が強まりつつある。対してハルフォルド家の権勢は数年前と比べて陰り始めていた。抗議するだけでは望む復讐が果たせない。


 ではどうするか?

 殺してやる。

 王太子も聖女も殺してやる。


 まずは――聖女だ。


 王太子は時間がかかる。まず弱者から。落としやすいところから。ハルフォルド家の流儀だ。


「この手で、殺してやるぞ……!」


 しばらく怨嗟を吐き出し続けると、少しずつ冷静さが戻ってくる。


 ……とにかく、娘をハルフォルド領へ連れ帰らねば。安易に王都へ入ったのは迂闊だった。ここはもはや敵地、どこに暗殺者が潜んでいてもおかしくない。


 と、その時だった。


「………………?」


 脊髄に冷気を流し込まれたような悪寒でヴォルトは顔を上げる。


 床の上に――人形があった。


 磁器でできた人形だ。つるりとした乳白色の肌は汚れひとつない。眼孔には透き通るガラスの球が二つ埋め込まれている。


 本来可愛らしい容貌であろうが、この状況においては不気味極まりない。


 なにより、趣味が悪い。その人形は髪色や顔つきなど、ヴィクトリアを模して作られているかのように感じられた。


「……なんだ……どうなってる」


 そんな人形はついさっきまではこの部屋にはなかった。扉も窓も閉まっている。部屋の中にいるのはヴォルトだけ。そのはずだ。


「……手紙?」


 人形のそばには一枚のメッセージカードが落ちていた。距離を取ったまま内容を確認する。流麗な字体だ。


 ――ご自由にお使いください。

 ――愚かな少女の恨みが篭った一品です。

 ――『銀奏楽団』より愛を込めて。


 瞬間、人形がかすかに笑ったような気がした。

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