023 ロビンシナリオ

 さて、リアはロビン・フォン・リーゼンタールのフラグをへし折り捨ててしまったわけだが、それで終わっていいはずもない。


 この世界は乙女ゲー。攻略対象キャラが全員退場してしまえばバッドエンドは間違いないのだ。


 というわけで、俺は忙しそうなリアの代わりにロビン君に話しかけてみることにした。


 ――今になって思えばこの軽はずみでとりあえずな行動が良くなかったのだろう。


 俺は、リアによる治療が終わったすぐあと、医務棟の廊下をスキップで進むロビン君を追いかけた。


「なあロビン君、何か困っていることはないだろうか。お兄さんは人助けが趣味の人助けお兄さんなんだが、今ならなんと無料だ」


 そう声をかけると、ロビンは怪訝そうな顔で振り返った。


 これがもう三日も前のことだ。




 いくつかの些細なイベントを超えたのち、俺とロビンは連れだって、王都近辺の『魔術師の古塔』なる古代遺跡を攻略することになった。


 移動がてら攻略がてら、俺はロビンからそれはもう丁寧に事情を聞き出した。


 彼が抱えている事情とやらは実に分かりやすく実に乙女ゲーらしい、『過去の恋』という代物であった。


 その悩みと葛藤を無味乾燥な一文で表せば、流行り病で死んでしまった婚約者を忘れられないとのことである。


 古塔の攻略の最中、明らかになる真実。


 流行り病の真相!

 諸悪の根源である古の魔術師!

 古の魔術師が遺した魔導騎士!

 ロビン君、大ピンチで覚醒!

 最後、婚約者から贈られていたオルゴールの中に隠されていた別れのメッセージ!


 ――私のことは忘れてほしくないけれど、それ以上に、ロビン君には前を向いていて欲しい。あなたが幸せになるのを天から見守っているよ。


 そんな感じで色々あったのだが、その結果。


 氷の魔術師ロビンは俺に言った。


「ルイ先輩。あなたと出会えてよかった。あなたが僕の凍った時間を溶かしてくれたんだ」




▼△▼




 星が輝く夜、俺とロビンは高い塔の上から煌めく夜空を見上げている。


 この世界の星空はとても美しい。目に焼き付いて一生忘れられないような眺めだった。でも今すぐ忘れたい。


 さすが大手ゲーム会社、なかなかよく出来たイベントであった。


 攻略対象が女の子であれば。

 女の子であれば……。

 なんで男なんだ……。


 ロビンは夜空を見つめながら静かに語った。


「僕はあなたの言葉に、本当に救われたんだ」


 そうだよな。

 優しい言葉を掛け続けたもんな。

 一度も選択肢ミスらなかったよな。


 これ、乙女ゲーだもんな……。


「僕はまだカリナのことを忘れられない。これから先も忘れることはない。でも、今はただ純粋に、ルイ先輩ともっと一緒にいたい」


 やめてください。

 俺はノーマルなんです。


「ルイ先輩が寄り添ってくれたおかげで、ようやく僕は前を向けそうなんだ。明日も生きていこうと思える」


 それはよかったね……。

 人助けは悪い気分ではないけど。


 ――こうなることはわりと序盤から見えていた。


 しかしゲーマーの俺には一度始めたイベントを途中で放り捨てることなんてできなかった。だって放置したら失敗しそうなフラグをばちぼこ立ててくるのだ。


 でも、誓って言うが、決してこちらから気を持たせることなんてしていない。むしろ適切な距離を保つように心掛けていた。


「あなたの笑顔に救われたんだ」


「俺の、笑顔に……?」


 救われるな!

 適当な作り笑顔だぞ!?


「あなたの声に救われたんだ」


 声を初めて褒められた!

 ちょっと嬉しい。


「あなたの仕草に」


 そこまで言ってくれるのか……。かつてこんなに情熱的な告白をしてくれた人がいただろうか。人生を振り返ってみても思い当たらない。


「触れあった指先に」


 ロビン……お前……。


 ……いや触れあってないわ。騙されるところだった。こいつ台本読み上げてるだけじゃねえか。


「ルイ先輩、これからもあなたと共にいられることを願います――」


 ふざけた野郎が俺に微笑んだ瞬間、一筋の流れ星が夜を駆け抜けた――


 シナリオ終了、お疲れ様でした。

 といったところか。


 長かった……。リアとソラに会いたい。浮遊能力も疲れているのか、俺の体はいつもより文字通り沈んでいた。


 貴公子様はまだ俺に渾身のキメ顔を向けてきているが、イベントは終わったのでここからは自由にさせていただく。


「悪いな。俺はお前とは付き合えない。付き合いたいけど付き合えないという意味ではなく、付き合いたくない」


 一転、ロビンは困惑して眉を寄せた。


「な、なにを言っているんですか……」


「聞こえなかったのか?」


 俺はクライマックスで正体を明かす黒幕よろしくダークに笑う。


「俺はお前とは付き合いたくない」


「な、ど、どうして!?」


「俺は男だからだ!」


「僕も男ですよっ!?」


「それが問題なんだ!」


 俺はノーマルだ。

 こいつもノーマルなはずだろ?


「思い出せ。お前は女が好き、そうだろ? これは一時の気の迷い。盛り上がった空気に当てられてるだけ。運命の強制力的なアレだろ」


「そ、そんなこと言わないでください! 僕は本気であなたのことが!」


「うるせえ! お前なんて嫌いだ! 俺はな、俺より顔が良い男はみな滅べと思ってんだよ!」


「そんな……どうしちゃったんですか! さっきまでの優しいルイ先輩に戻ってくださいよ!」


「こっちが本当の俺だ」


「そんなはずがない! 酔っぱらってしまった僕を介抱してくれたあの優しさが嘘なはずがない!」


「介抱っていうほど介抱してねえ。そもそもできねえし。自分で歩いて帰っただろ」


「ベッドが一つしかなくて半分にして寝たときのあのはにかみが嘘なわけがない!」


「俺は寝てなかったよ。お前が寝てる間もパズル解いてたよ」


「そうなんですね……。苦労を悟らせないようにしてくれるなんて、そこまで優しいのか……」


「惚れ直すな!」


「やはりそうです。嘘なわけがない。何か事情があるんですね」


「勝手に深読みするな!」


 ロビンははっと息を呑んだ。


「ルイ先輩……そういうことか……」


 なんだこいつは。


、そう思っているんですね?」


「……なんかちょっとそうなのかもと思う自分がいる!」


「ルイ先輩は僕を救ってくれました。今度は僕があなたを救う番です。あなたをその『呪い』から解放します」


 紫紺の瞳がまっすぐ俺を見つめる。


 ……なかなか可愛い顔だ。

 髪をもう少し伸ばせば女でも通るかも。


 せめてもの目の保養と思い、前髪をピンで留めておでこを出すようにと命令したのだが、それもよく似合っている。


 だが―― 


 あえては言うまい。


「さよなら、ロビン。来世で会おう」


 俺は塔の縁に立ち、空へと身を投げた。

 ゆっくりと傾いていく体。

 耳元で風が唸る。


 ――この世界の空は綺麗だ。


「まって――どうして――」


 ロビンは猛然と駆け寄ってきて、腕を俺に向けて限界まで伸ばすが、その指先はぎりぎりのところで届かない。


 届いたとしても――無駄なのだ。


 俺は目を閉じて首を振った。


「――――ッ、うあああああ!!」


 夜空の端々にまで絶叫を響かせ、端正な顔立ちをぐしゃぐしゃに涙で濡らすロビンを残し、俺は学園までぷかぷか飛んで帰った。

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