021 攻略対象の登場

 『深夜、さつき台病院にて』。


 そんなタイトルのギャルゲーがある。


 タイトルから読み取れる通り、深夜のさつき台病院で患者とみだらな行為に及ぶというものである。


 ……読み取れないか。

 訂正しよう。

 ギャルゲーではない、エロゲーだ。


 主人公は医者。

 たぶん専門は精神的な分野だが、そこの設定はあまり覚えていないしどうでもいい。


 まず、さつき台病院に務める主人公のもとに様々な問題と病を抱えたヒロインが現れる。


 主人公は診察と称してエッチな行為に及び、ついでと言わんばかりに問題と病を癒し、またエッチな行為に及ぶという、非常に分かりやすいシナリオである。


 ヒロインたちは決して分かりやすいヤンデレではなく、普通に生きる女性たちであり、そんなヒロインの深層心理が主人公との対話で暴かれていく。


 心の深いところには誰でも闇を抱えているんだよというテーマとか、いろいろ孕んだ名作でもあった。


 そもそも恋愛シミュレーションゲームの基本構造はといえば、次のようなものである。


 攻略対象キャラが悩みや課題を抱えていて。


 プレイヤーの分身たる主人公が。

 彼ら彼女らと時間をともに過ごし。

 共感と理解を示し。

 行動で支え。

 問題を解決し。

 キャラの成長を促し。

 最後に恋愛が成就する――というもの。


 『深夜、さつき台病院にて』もまさしくこの構造となっており、そう、そして。


 多くのギャルゲーと乙女ゲーがそうであるように、この世界もこの構造である――


 ということなのだった。




▼△▼




 編入した初日なので一応授業に出てみた。


 俺は魔術師に分類されるとのことで、リアと別れて魔術師の授業にも行ってみたのだが、なんと俺は魔術師科では大人気だった。


 みなが俺に魔術を教えてくれとせがんでくるのである。いやあ俺ってそんなにすごい魔術師だったんですね。自分でも知りませんでしたよ。


 しかし教え方など分からないし、そもそも教えられるものなのかも分からないので、適当にはぐらかしておいた。「君たちにはまだ早い」的な。


「キーンコーンカーンコーン」


 昼休みになった。


「あ、ルイさん。今日は私、『診察』を頼まれてまして。ついてきてくださいよ」


「診察?」


「はい。一年生に難病の学生がいるので診てやってくれないかと先生に頼まれたのです」


 先生に治療を頼まれるって、リアってすごいんだな……。さすが主席、さすが聖女である。


 門外漢にはそんな感想しか持てないが。


 というか、まさか。


「……そいつ男?」


 リアはくすりと笑みをこぼした。なんだかご機嫌そう。


「ルイさんが想像したようなことは一切ないので、ご安心ください」




 昼休み、医務棟。


 個室――というべきだろうか、長方形の机と椅子四つでほとんどいっぱいになってしまうような空間。


 そんな部屋で、俺とリアは横並びに座っていた。


「角が。ルイさん。おでこに角が。角が生えてきています。立派な二本角です。まがまがしく、羊の角のようにねじれ、槍の穂先ほど尖ってます」


 リアが俺の角をつついた。


「あっ、触れます! 角だけ触れますよ! 悪霊は物質界への干渉力を持つと言いますもんね」


「ぐるるる……」


 俺が唸っていると、机の下、リアがスカートをかすかにたくし上げ、白い太ももがあらわになった。


「角が引っ込みました……ちらり」


 ミニスカ。可愛い。太もも。好き。


「ちらりなし」


 殺す……殺す……呪い殺す……。


「ちらり」


 ミニスカ。最高。太もも。欲し。


「ちらりなし」


「俺の角であそぶなっ!」


 リアは小さく舌を出した。


「角も生えるんですね。さすがにもう幽霊であることを否定できないでしょう」


「角が生える魔術だ、これは」


「そんな魔術はありません」


「じゃあスキルだ。それかギフト」


「そんな都合の良いものはありません」


「神様にもらったんだよ」


「……それ死んでませんか?」


「はめられた……!?」


「はめてませんっ。自分で作った罠に自分から飛び込んで行きましたっ。私のせいにしないでくださいっ!」


 なんてやつだ、リア・スティング。

 俺の心まで操ってるというのか。


「俺は死んでない俺は死んでない俺は死んでない俺は死んでない俺は死んでない……」


 リアが心配そうに覗き込んでくる。


「どうしてそんなにこだわるんですか?」


「認めると成仏してしまう気がする」


「なる、ほど……」


 リアは眉をハの字にする。


「ごめんなさい。そんなこととは知らずにからかっていました。今後は幽霊だとか死んでるとか言わないようにします」


「それはダメだ。俺が気持ちよく論破できるくらいの主張をしてほしい」


「めんどくさいっ! このめんどくささは間違なく幽霊だっ!」


「なんだと!? 幽霊を馬鹿にするような発言は聞き逃せないぞ!」


「なんで幽霊を擁護するんですかっ!」


「――はめられたっ!?」


 しばらく不毛すぎる言い合いをしていると、扉がノックされた。


 人違いですと言って追い払いたいところなのだが、リアの患者だ。そういうわけにもいかない。


 我らが聖女ちゃんは医療行為に対してすごく真面目で真摯で真剣なのだ。茶化したら多分本気でキレられる。


 返事をしてすぐに扉が開く。


「すいません、お待たせしました。魔力の制御を間違え、つい訓練場を氷漬けにしてしまいまして――」


 美少年、美青年、その過渡期。


 色気のある涼しげな眼差し、すっと通った鼻筋、あどけなさを残す頬、薄い唇。


 神秘的な紫色の髪は、そいつがモブキャラでないということをうるさいほど証明している。あと毛先にクセがあってうざい。


 中性的な雰囲気のクールイケメンで、でも懐いたら別の一面も見せてくれそうな猫系男子ってところか。


 ……なんかちょっと女っぽいけど。


 いけ好かねえぜ。


 制服は黒色、すなわち魔術師だ。


「ロビン・フォン・リーゼンタールです。よろしくお願いします」


 そいつはそう言って頭を下げた。


 律儀にも立って出迎えたリアが着座を促す。


「お座りください。私はリア・スティングです。そしてこちらがルイさん。私の……私の……」


「ストーカーだ」


「!?」


「……彼も同席してくれます。あまり気にしないでください」


 リアの頬にはうっすら赤みがさしている。一緒にいて恥ずかしいストーカーでごめんなさい。


「そうですか……」


 ロビンは戸惑いながら着席し、『聖女』と『不審者』の間で視線を彷徨わせた。どうやら俺は怯えられてるらしい。


 リアは淡々と、診察を開始した。


「それで、どうされましたか――」



 略。

 大胆に略させていただく。

 



 男の病気なんぞ興味はない。


 魔力に異常が起こっているらしい。

 俺にはそれしか聞き取れなかった。


「僕には魔術しかないんです……魔術が使えなくなってしまえば……家を守ることが……」


 となんだか訳ありなご様子。


 リアは柔らかな光を放つ両手を彼に向けている。これが検査中ということらしい。


「聖女なら、リア・スティングなら、カレイル流の循環癒法を行使することができると、そう聞きました」


 ロビンの声は小さく震えていて、今にも泣いてしまいそう。そしてそのまま頭を机につける。


「循環癒法のためには、毎日、かなりの時間を僕に割いていただくことになってしまいますが……無理を承知でお願いします。もう聖女様しかいないのです。もちろんお礼は用意します」


 なるほど、そういう乙女ゲーなわけだ。治療行為が接点となり、毎日話をすることで少しずつ打ち解けていく。


 そして、病を癒すだけでなく、彼が抱えている何かしらの『事情』にも深く関わっていくことになる――よくあるパターンだ。


 口ぶりから察するに循環癒法とやらは数日で終わるものではなさそうだ。きっと長く丁寧に癒しの術をかけ続ける必要があるのだろう。


 リアの兄的立ち位置を自称する俺としては、こんな優男と個室で治療行為なんてけしからんとつっぱねたいところだが、深く下げられた頭を前にしてそんなことは言えない。


 それに残された数少ない攻略対象キャラであると思われる。

 攻略を進めていかないとまた入れ替わり事件のようなことが起こる可能性もあるし、好感度は上げられるだけ上げておくのがギャルゲー乙女ゲーの基本だ。


 断ることはできない。


 それに……リアは断らない。

 この子は苦しんでいる人を放っておけるタイプではないのである。

 

 まあいい。なるようになるだろう。俺はときどき様子を見守るくらいでいくか。


「………………」


 隣のリアはまだ手から光を放ったまま検査中で、その額を一筋の汗が伝った。


 やはりなかなかの難病なのだろう。

 と思っていると、リアは手をおろして言った。


「治りました」


「………………え?」


「完治です。お疲れ様でした」


「………………完治?」


「はい。魔力を練ってみてください」


「……! すごい! 滞らない! 治ってます! 治ってます! 治ってます!」


 ロビン君は大声で何度も繰り返し、おいおい泣きながら氷魔術を使い始めた。


 部屋に氷の結晶が降る――窓から差し込む陽光を反射してキラキラ輝き、陰鬱だったロビンの表情もすっかり晴れ渡っていた。


 なんかイベントスチルでありそう。


「おめでとうございます」


 リアは最後まで淡々とし、真剣だった。


 ロビン君はひとしきり喜び、机にヘッドバンギングする勢いで謝辞を述べたのち、小躍りしながら部屋を出ていった。


「……リアさん?」


「はい?」


「治ったの?」


「ええ。九割九分治りました。ああいう病は本人が治ったと強く思うことが大切なので完治と伝えましたが。今後のことは先生ともお話して、先生にお任せしましょうか」


 治っちゃった……。


 ふう一仕事したわ、と額をぬぐうリアの横顔を眺めて、理解する。


 なるほど。この女主人公はこうやってイベントフラグを破壊してきたのか。


 ロビン君が意味深げに語っていた家の事情に何もふれないまま、出会って二十分で治療が終わってしまったよ……。


「これは自慢ですが、私は循環癒法のさらに上の難度の癒やしの術まで行使できます。こんなの余裕です」


 すごいね! 勉強頑張ってるもんね!


 でも勉強し過ぎだ! 勉強コマンドばっかりだからクラスメイトが半分消えるんだよ!


 と叫びたいが――リアに責はないだろう。

 そんなのはゲームを知る側の事情である。


 しかし、これで終わっていいわけもない。『病』と『事情』の両方を解決することでシナリオクリアなはず。


 ロビン君をこのまま放置すると、その事情とやらに巻き込まれて、他のスーパー戦隊と同じく退場していく――という未来が俺には見える。


「そろそろ昼休みも終わります。戻りましょうか。お昼ご飯食べ損ねちゃった」


 立ち上がったリアは、お腹をさすりながらも満足げな表情だ。


 うーん……。


「リアさん? 彼、何か複雑な事情をお持ちのようでしたけど、そこに関してはノータッチでいきますか?」


「事情……? 求められてもないのに首を突っ込むことないでしょう。私は癒やし手ですよ」


 そうですか……。

 そうですよね……。

 ごもっともな意見だと思います。


 ということで、ロビンイベント、終了!

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