伝説を追う者

よし ひろし

伝説を追う者

 錆びた色の大地が、どこまでも広がっていた。テラフォーミングによって薄いながらも呼吸可能な大気が生まれた火星。だが、人の手が加わったとはいえ、この星の荒野は依然として厳しく、容赦がなかった。

 ジェイは、愛機であるダストホッパーの振動を腰に感じながら、乾いた風に目を細めた。ヘルメットのシールドにあたる風には鉄錆が混じり赤茶けて見える。


 トレジャーハンターであり賞金稼ぎでもある彼の目当ては、常に金だった。今回追ってきたのは、「風の始まりの色」の伝説――巨大なダストストームが巻き起こる直前に、特定の条件下で空に現れるという、緑がかったオーロラのような光。その光が指し示す場所に、初期テラフォーミング時代の失われた技術、「揺籃クレイドル」のデータコアが眠っているという。


 「揺籃クレイドル」は、ほぼ神話に近い代物だった。惑星改造初期の試行錯誤の記録、あるいは効率的な大気生成プラントの設計図、中には地球再生の鍵だという噂まである。真偽はどうあれ、もし本物なら、ジェイのこれまでの稼ぎ全てを合わせたよりも大きな価値があるはずだ。


 偶然手にいれた古地図と様々な情報、そしてこの地に住む古老の話から、目的の大まかな位置はつかめていた。ナビゲーターが示す座標は、クリセ平原のはずれ、かつて古代の川床だったとされる巨大な峡谷地帯を示している。そして、気象予報によれば、数時間後にこの一帯を大規模なダストストームが襲う。条件は揃っていた。


 峡谷が近づくにつれ、空の色が不気味に変化し始めた。赤茶けた空に、黄色い砂塵のカーテンがかかり、太陽の光が弱々しく滲む。そして、ジェイは息を飲んだ。地平線近く、嵐の雲の合間に、それは現れた。淡い、だが確かな緑色の光の帯。まるで巨大な生き物が空に息を吹きかけたかのように、ゆらゆらと揺らめいている。


「あれが――『風の始まりの色』か……」


 緑色の光は、巨大な屏風のようにそそり立つ峡谷の一点を、ぼんやりと照らし出しているようだった。そこが入り口なのか?


 ジェイは迷わずホッパーの進路を変え、峡谷の狭間へと突っ込んだ。入り組んだ岩肌が、風の音を不気味な反響に変える中、ジェイは巧みな操作で隘路を抜けて行く。一歩間違えば岩壁に激突、もしくは深い谷間に落ち込んで転落死だ。

 そうして緑の光に導かれ、慎重に大胆にホッパーを進めて行くと、視界が開け、そこに目的の建造物が見えてきた。

 崩れかけたドーム状の建造物。初期の観測基地か、あるいはテラフォーミング実験施設の名残か。風化し、砂に埋もれかけているが、入り口らしきハッチは辛うじて形を保っていた。


 ジェイはホッパーを降り、ハッチに近づいた。こじ開けようとしたが、錆びついているのか開かない。そこで、古びたロック機構に腰にぶら下げたレイガンのエネルギーパックを直結させ、強制的に焼き切る。


 ギイィ――ッ……


 重い金属音がして、ハッチが内側に開いた。


 中は予想通り、砂と埃に満ちた通路だった。ヘルメットのライトを点け、奥へと進む。通路の突き当りは、円形の制御室らしき場所だった。中央には、クリスタル状の物質で覆われたコンソールがある。そして、その表面に、あの「風の始まりの色」と同じ、淡い緑色の光が明滅していた。


「見つけた!」


 ジェイがコンソールに手を伸ばし、緑色に光るデータコアを引き抜く。ずしりと重い。これが、世界を変えるかもしれない力。あるいは、ただのガラクタか?


 コンソールには、僅かながら予備電源が残っていたらしく、かすかな文字が表示されていた。


『……我々は道を誤った。火星は目覚めたが、代償は大きすぎた。この記録が、未来への警告となることを願う。風の始まりの色は、嘆きの色だ……』


 揺籃クレイドルは、単なる技術データではなかった。それは、成功の記録であると同時に、初期テラフォーミングの犠牲と失敗、そして地球環境への警鐘を込めた、先人たちの「遺言」だったのだ。


 ジェイはデータコアを握りしめた。これは、金以上の価値があるかもしれない。だが、同時に、とてつもなく厄介な代物でもある。ある者はこれを抹消したがるだろうし、ある者は己の利益のために利用しようとするはずだ。


 遺跡の外に出ると、空は赤黒い砂塵で覆われ、視界はほとんどなかった。

 ジェイはダストホッパーに跨り、エンジンを始動させた。データコアをどうするか――


 公開するか?

 隠すか?

 誰かに売るか?


「一番金になる方法にするかな……」


 ジェイは呟くと、ホッパーのアクセルを開け、砂嵐の中へと消えていった。



END

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伝説を追う者 よし ひろし @dai_dai_kichi

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