最終話 王都からの招待状


 ある日、エルデセント王家から一通の招待状が届く。王宮の夜会の招待状であった。ガロンヌ辺境伯並びにその妻レティシア宛てである。



 その日、王宮の夜会の会場の大ホールは、王太子と婚約解消しガロンヌ辺境伯に嫁いだリヴィエール公爵家の令嬢であったレティシアが参加するということで、その噂でもちきりであった。


 シンと静まった王城の大広間を黒いドレス姿の女が歩む。エスコートするのは赤い髪緑の瞳、頬に傷のある大男だ。貴族たちが見守る中をレティシアはゆっくりと歩く。白銀の髪を綺麗に結い上げ、アメジストの瞳が臆することなく前を向く。


 並み居る紳士淑女は声もなく彼らが通る道を開ける。


 正面の檀上に国王夫妻と王太子が登場する。

「お前はレティシアなのか」

 目の前で優雅にカーテシーをしてみせたレティシアに、王太子は息を飲んで問いかける。

『さようでございます』

「なるほど、ガロンヌ辺境伯は余程の馬乗りの手練れのようだ」

 王太子はじろりとレティシアの身体を、上から下まで舐めるように見る。

「だが、お前たちは結婚しておらぬ。王家の命に逆らうとは許しがたい。王都に戻って沙汰を待つがよかろう」


 王太子テオドゥルはニヤリと嗤う。のこのこ王城に出て来て、王太子に美しくなった自分を見て貰いたかったのか。罠に嵌まったレティシア、誰にも顧みられないレティシア。所詮、踏み躙られるだけの存在の、哀れな女。


 だがレティシアは、王太子を何の表情も浮かべず優雅に見返す。

『わたくしを乗りこなしておりますのは、わたくしの夫、アトロファネウラ・パピリオニーニ。皆様の祝福を得て婚姻いたしました。手続きも済んでおります』


 レティシアの髪留めの蝶がひらりと飛び上がり、その身体の周りをひらひらと羽ばたく。手を差し出すとふわりとその手に止まる。すると黒い蝶は黒い影となる。影は見る間に大きくなり、レティシアをエスコートする一人の男を形作る。


 肩までの黒い髪はゆるゆると巻き、白皙の顔に一筋二筋流れ落ちている。切れ長の黒い瞳は少しきつく眼光鋭い。黒い服を纏った美しい青年がレティシアをエスコートしている。


『我が名はアトロファネウラ・パピリオニーニ。このレティシアの夫だ』


 そう言ってビャサは軽く会釈して済ませたが、誰もそれに咎め立てしない。恐ろしいほどの覇気と威圧。凄まじいまでの美貌である。どこの誰なのか、はきと知らなくとも跪いてひれ伏したくなるのだ。


『本日こちらに出向いたのは、我妻レティシアをご招待いただいたので、一緒に出席したまで』

 朗々とした声が会場を震わせる。その場に居る貴族諸侯は、誰も声もなく二人を見つめる。


『ついでに、今日はよき者を連れて参った。イラリオン、これへ』

「はい」


 会場の者たちは何が起きるのかと固唾を呑んで、目の前でこれから始まる出来事を見守る。その中を一人の若者が入場する。立派な衣装を身に付けた、金髪碧眼の王太子テオドゥルによく似た男だ。しかも彼の背後に付く者は、隣国カストリア国王の武勇高き庶子である。


『彼は、今は亡き王弟殿下の忘れ形見だ』

 イラリオンが指に嵌めた指輪を高々と指し示すと、見ていた貴族たちがどよめいた。そこでやっと、テオドゥル王太子が前に出て横槍を入れる。


「何だ、そのどこの馬の骨とも知れない男は。こんな茶番劇を見る為にお前を呼んだのではないぞ、レティシア」

『茶番ではございませんわ、殿下』

「さよう、ガロンヌ辺境伯である俺が保証しよう。彼はまごう方なき、今は亡き王弟殿下の忘れ形見でございますぞ。証拠は幾つもございます」

 辺境伯は証拠の写しの書類を貴族たちにばら撒く。

「そのような者、信じられるか。王太子である私が言うのだ」

 テオドゥル殿下はあくまで認めない。



 皆が固唾をのんで見守る、その時──、

「あなたがレティシアお姉様?」

『はい?』

「初めてお会いしますわ、わたくしあなたの妹、マリー・アドリエンヌと申します」

 金髪碧眼の可愛らしい少女がニコニコ笑ってレティシアにカーテシーをする。


「マリー」

 リヴィエール公爵とその夫人が慌ててマリーを引き止めようとするが、無邪気で我が儘に育ったマリーは無視してレティシアの側に居るイラリオンを見る。

「ねえお姉様。こちら、素敵な方ね。紹介して下さいな」


 好奇心に燃える碧い瞳がイラリオンをじっと見つめる。レティシアはにっこり笑って、初めてまともに会う可愛い妹にイラリオンを紹介してやった。

『この子はわたくしの妹、リヴィエール公爵令嬢マリー・アドリエンヌですわ。マリー、こちら先の王弟殿下ご子息イラリオン殿下ですわ』


 まだ王家が認める前に堂々と紹介した。慌てようが焦ろうが、魔王ビャサの圧に負けて彼らが何も言い出せない内に、事はどんどん思いがけない方向に転がって行く。


「お父様、お母様。わたくしの婚約者になると仰る方はこの方なのね。わたくし、喜んでお受けするわ」


 なるほど年端もゆかない子供を夜会に連れてきたのはそういうことだったのか。相手が王太子ではなくて父はさぞかし慌てている事だろう。

 予定調和がこのような所に転がってゆくとは、人生は何と儘にならず不可思議なものか。

 しかし、公爵は変わり身が早かった。あっさり妹の我が儘を受け入れた。


「そうだマリー、気に入ってくれたようで何よりだ」

 そして拍手が沸き上がる中、音楽が奏でられる。

「可愛いお嬢さん。私とダンスを踊ってくれませんか」

「ええ、喜んで」

 イラリオンはマリーをエスコートして大広間の中央に出てダンスを踊った。なかなか似合いである。


「な、そんな」

 王太子テオドゥルの面前で、手品のように思惑が外れて飛んで逃げて行った。


 収まらない王太子は異議を申し立てようとしたが、この王太子に泣かされた令嬢は数知れず、やりたい放題であったため、苦々しく思っていた者も数知れず、辺境伯と隣国カストリアの支持が厚い新たな国王候補に人情も傾くというものだ。

 そして国一の公爵家が付いたとなっては、テオドゥルに貴族諸侯は背を向け、もはや国王陛下さえ引き下がる様子を見せる。


 王太子は歯がみをする。今までどんな我が儘も許されてきた。偏に彼しかいなかったが故だ。今頃になって、他にも候補がいましたと連れて来られても、誰が納得できよう。そして彼のすることは分かり切っている。



 しかし、イラリオンの毒殺は失敗に終わり、王太子の向かわせた暗殺集団は返り討ちにあい、王太子自身が捕まり蟄居を命ぜられた。過去の悪行はどこまでも彼に降りかかってくる。テオドゥルの転落はあっけなかった。


 イラリオンは辺境伯に鍛えられた。更に魔王ビャサの眷属である。身体能力に優れ、国王としての国政を担う素質が伸びた。公爵令嬢マリー・アドリエンヌと婚約が整えば、王太子の椅子が転がり込むだろう。


 どういう訳か公爵とビャサの気が合って、彼はレティシアの父親を眷属にしてしまった。知略というか腹黒い父と、これまた腹黒い武闘派の辺境伯と、まるっきり黒い魔王のビャサが寄り集まったら、この国は、この世界はどうなるのだろう。



『何だか何もしない内に適当に収まったわね』

 レティシアの気分としてはそんなものだ。

『帰るか、我らが地に』

『ええ』


 ビャサに抱き上げられ飛ぶようにして辺境の地に帰る。そこは魔素の満ち満ちた土地である、住んでいる魔族も増えて町も賑やかになってきた。


 この町で生きて行くのか、それとも東側に戻るのか、ビャサとレティシアの前には幾通りもの未来が広がる。願わくは、隣に黒髪のツンデレでヤンデレかもしれない美貌の男とずっと一緒にあらんことを。




  おしまい



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最弱の魔王を拾いました。婚約破棄される予定の悪役令嬢ですが、わたくしが育ててもよろしいの? 綾南みか @398Konohana

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