【考察】ガラス窓が割れている
歌詞
https://www.uta-net.com/song/341107/
「ガラス窓が割れている」は、教室という閉ざされた日常の中から、違和感を抱き続ける一人の“僕”の視点で描かれる、青春の異物感と社会への違和感の物語である。
歌詞の冒頭に登場する〈教室の窓の汚れ〉は、物理的なものに見えて、象徴的には世界の曇り――つまり、大人たちや社会の曖昧さ、不透明さを暗示しているように感じられる。それは「何かがおかしい」と思っても、それを口に出すことさえ許されないような空気感の中で、じわじわと違和感を育てているのだ。
「お前が拭けばいい」と大人は言う。しかしそれは、個人の問題として処理することで、構造的な問題から目を逸らす態度そのものだ。〈陽射しの向こうには何が見えるか?〉と“僕”は問いかける。窓を拭いた先に待っているのが、〈やる気のない3年生たち〉や〈報われてない現実〉だとしたら、「綺麗な世界」の先にも希望はないという皮肉が込められている。
繰り返される「夢の色を教えてくれよ」というサビは、自己探求の叫びというより、むしろ「大人や社会が提示する“夢”があまりに曖昧で空虚である」という批判的な問いに聞こえる。夢と願望、希望の違いさえわからなくなるほど、現実に埋もれている“僕”の感覚は、現代の多くの若者の実感と重なるものだろう。
また、〈心が汚れてる奴もいるだろう〉という一節では、目に見える汚れ(窓)だけでなく、内面的な歪みや欺瞞への感受性を示している。誰もが当たり前のように見過ごしている不正や不誠実に、“僕”だけが立ち止まってしまう。この過敏さは、正義感というより、「気になってしまう」という感受性の在り方に近い。それは無力でありながらも、確かな“誠実さ”の証だ。
後半、〈うさぎ小屋〉の場面は、楽曲の核心を象徴的に伝えるパートである。〈こんな狭い場所に閉じ込められてる〉という問いは、そのまま自分自身に跳ね返ってくる。閉じ込められているのは“君”であり“僕”であり、そして“生徒”たちである。〈自由になれよ〉と檻の扉を開ける行為は、勇気ある反逆だが、それが罰せられる可能性もまた語られる。それでも“僕”は言うのだ――〈強い言葉ぶつけようよ〉と。
このラストの訴えは、感情的な爆発ではない。むしろ静かで、しかし強い意志を持った「対話の始まり」のように感じられる。誰かに「夢の未来」を提示してほしいという欲求ではなく、「僕たちがその曖昧さを見逃さないことで、何かを変えていく」という、未成熟ながら確かな意志表明だ。
【1. 哲学的考察:存在と世界への違和感】
この曲には、現代における「異和感(Unheimlichkeit)」が全体に流れている。ハイデガーが論じた「世界=所与のものとしての存在」に対する疑念――つまり、与えられた制度や環境が当たり前であることへの違和感が、“僕”の目を通して描かれている。
「窓の汚れ」は、物理的な対象であると同時に、見えないはずの「社会の構造的な曇り」を視覚的に象徴している。しかも、その曇りはあまりにも日常化していて、誰も気に留めない。だが、“僕”はそこに居心地の悪さを感じる。これは、「存在とは何か」「見るとはどういうことか」という現象学的な問いに通じている。
【2. 倫理学的考察:無関心に抗う行為の倫理】
この楽曲における倫理の核心は、「気づいてしまった人間の責任」にある。
〈気になってしまう〉という感受性は、単なる気まぐれではなく、世界への倫理的応答性の始まりである。〈気づかぬふりはしない〉という態度は、「見て見ぬふり」を選ぶ大多数の中にあって、ひとつの“異端”であると同時に、誠実な選択でもある。
ルールを破ってでもうさぎを外に出す行為は、“善きサマリア人”のように、形式的な正しさ(ルール)よりも、個別の痛みに応答する倫理を優先している。その行為は“罰されるかもしれない”とわかっていても、〈僕は〉それを選ぶ。そこに、道徳の根源がある。
【3. 心理学的考察:感受性・逸脱・アイデンティティの形成】
“僕”は、社会に適応できない存在として描かれているが、そこには過剰な感受性と正義感、そして思春期特有のアイデンティティ葛藤がある。
心理学的にはこれは「高感受性(Highly Sensitive Person)」の傾向にも似ており、「誰も気にしない汚れ」がどうしても気になってしまうこと、「違和感を抱えたまま生きる」苦しさが、リアルに描かれている。
また、「夢の色を教えてくれよ」という叫びは、自己探求の過程における「アイデンティティの模索」とも読める。他者に答えを求めつつ、実際には「自分の答え」を探している過程そのものである。
総合的な解釈
「夢の色を教えてくれよ」は、夢や希望といった明るい言葉に潜む“曖昧さ”や“空虚さ”を暴き出しながら、それでも「見て見ぬふりをしない」という誠実な姿勢を提示する、非常に異質で強いメッセージ性を持った楽曲である。
哲学的には「世界と存在の意味」、倫理的には「違和感に応答する責任」、心理学的には「感受性とアイデンティティの葛藤」が複層的に表現されており、聴く者に深い問いを突きつけてくる。
それは、叫ばずとも「問い続けることの強さ」を伝える、静かで鋭い、現代的な青春のアンチテーゼである。
日向坂46の楽曲考察 夏凜 @kariny05263682y
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。日向坂46の楽曲考察の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます