枝葉の聲


暗く、ひんやりとした地下の世界。
ハルと澪は、石の耳の前に立っていた。

そこから流れる聲は、もうただの“響き”ではなかった。

それは、名を捨てた者たちの祈り。
いくつもの想いが折り重なり、低く、静かに息づいていた。

 

「君たちは、聲の枝葉だ」

 

その聲が誰のものかは分からない。
でも、ふたりの名を呼んだ瞬間――何かが、根から伝わってきた。

土の中に眠る、大きな樹のかたち。

ハルが目を閉じる。

まぶたの裏に浮かんだのは、何千本もの根が交わる光景だった。

「これ……“聲の樹”?」

 

澪が、そっと手を伸ばす。
石の耳の中心に、小さな裂け目があった。

そこには、花の種のようなものが埋まっていた。

「……なに、これ」

「芽?」

「いや、聲の種……?」

 

澪がそれを手に取った瞬間。

周囲の闇が、ぐわりと回転するように揺れた。

 

気づくとふたりは、見知らぬ大地の上に立っていた。

乾いた風が吹く。
足元には、白く、ひび割れた大地。

空は赤く染まり、遠くで雷のような音が響いている。

「ここ……どこ?」

 

そのとき、目の前に、一本の巨大な枯れ木が現れた。

けれど、それは“枯れている”のではなかった。
聲を失い、眠っている樹だった。

幹に手を当てると、低く低く、聲が漏れた。

 

「われらの聲は、かつて風と語り、
 水と交わり、土に宿った」

「だが、ひとは名を持ち、
 聲を切り離した」

「そして今、枝葉たちよ、
 おまえたちは再び、根を知る」

 

ハルと澪は、その聲に頷いた。

この“聲の樹”は、まだ生きている。
そしてふたりは、そこから伸びる“枝葉”――
かつて切り離された聲の一部だったのかもしれない。

 

その瞬間、澪の手の中の種が、光を放った。

淡く、青白い光。

「……芽が、出る……?」

ふたりは見つめあった。

「これ、きっと、“新しい聲”だ」

「私たちが、育てる聲」

 

ふたりの足元に、土がゆっくりと開いた。

そこに、光る種が吸い込まれていく。

まるで、大地がふたりに語りかけるようだった。

 

「ここから先は、“聲の記憶”を辿れ」

 

闇の奥から、また新しい聲が聞こえる。

それは、懐かしくて、遠い。
でも、どこかで聞いたことのある――“名前を失った誰か”の聲だった。

 

澪がつぶやいた。

「……この聲、たぶん……“まだ、どこかにいる”」

 

ハルは頷く。

「なら、探しに行こう」

そしてふたりは、“聲の記憶”へと、ふたたび足を踏み出した。

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土の聲、水薫る 残間 みゐる @shunnna0829

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