北千住物語 Ⅳ 憑神編

第1章 二人のアマテラス

第1話 純子の訪問

 美久とタケシ、楓と鉄平、佳子とイチローは、分銅屋になだれ込んだ。女将さんと節子は、朝の仕込みをしていた。紗栄子も珍しく手伝って、長ネギを刻んでいた。六人は、テーブル席にグタァーと座った。


 節子が「女将さん、バカップル共、帰ってきましたよ。なんなのかね?あれは?疲れ切って」と言って、佳子に声をかける。「おい、佳子、徹夜の道路工事をしてきたような面をして」彼らはイチローの部屋に土曜日の夜から泊まっていたのだ。

 

「徹夜の道路工事の方がマシかも」と言う。

「何があったんだい?」節子が聞くと、

「もう、一晩中よ。タンッ、ガタン、ドン、バタンって。変な唸り声もするし。泣き声も聞こえたの。イチローはよくあんな部屋で眠れていたよね?」と佳子。

「寝ていて気づかなかったのかな?あんなに音がするなんて、思ってもみなかったよ」とイチローが言う。


「それは、楓ちゃんが言っていたじゃないか?『家鳴りは、部屋の木材、プラスチック、壁紙などが、夜の温度変化で水分保持量が変わって、乾燥してわずかに変形して音が発生する』んだって。それじゃあないのかい?」と節子。


「節子さん、あれは、あの現象は違うみたい。温湿度を測定して、データロガーに記録したので、後でグラフを出すけど、見た所、急激な温度変化はなかったわ。それに佳子さんの言っていた変な唸り声や泣き声は、人の声だとしか思えない。デジタルレコーダーで非可聴域まで録音したから、周波数分析をしないと。電磁波測定器は大きな動きがなかったの。Spirit Boxの結果もどうなのかなあ。う~ん、謎です!」と楓。


「それで一睡もしてないのかい?」と節子。

「だって、節子、一睡もしてないどころか、カエデさん、私に電磁波測定器を持たせて、お姉さま、あそこに立ってとか、こっちに移動してとか、一晩中、立たされていたのよ。カエデさん、人使い、荒くって」と美久。


「ぼくだって、集音マイクとアンテナを持って立たされて、ケーブルは脚に絡まるし、死にそうだよ。カエデは『お兄、音を立てないで!そっと動いて!ジッとしていて!』とか言うしさ。佳子はイチローくんに抱きついて、シクシク泣き出すし、この鉄平なんか、カエデの横で、PCを睨んで、道祖神と庚申塚(こうしんづか)の方向があ?とかブツブツ言っているし。働いたのは美久とぼくです!」とタケシ。


「しょうがない人たちねえ」と女将さん。「やっぱり、紗栄子ちゃん、純子さんに言って、神社に相談してみましょう、ね?お願い」と紗栄子に言う。「純子には連絡してあるから、明日にでも純子と直接話すよ。なんなら、ここに純子を連れてきて、美久ネエさんと相談する。美久ネエさんの不動産屋さんが絡む話だしね」と紗栄子。


「紗栄子、ありがとう。明日、夕方、ここで待ってるわ。純子さんから手順とか費用とかお聞きしたいし」と美久。

「わかりやした。しょうがないやね」と紗栄子が言って首を振った。



 月曜日の三時限目の休み時間、紗栄子は、節子と佳子とダベっていた。教室の扉が開いて、A組の時任純子が教室に入ってきた。キョロキョロ、室内を見回して、紗栄子を見つけた。紗栄子に近づく。


 おっと、おいでなすったぜ。と紗栄子は思った。ヤバいなあ。この子に、もしもアキラと私のことがバレたらどうなるんだ?恐ろしい。

 

 純子は「紗栄子、お話し中、ゴメンナサイ。この前の事故案件の話、ちょっといいかしら?」と言った。「わざわざすまんね。こっちからA組に行こうと思ってたんだよ。純子、節子と佳子は知ってるかい?顔くらいは見たことがあるだろう?こいつらにも関係あることだから、話しておくれ」と言った。

 

 佳子が「ああ、昨日の話?」と言うので、節子が「おまえの彼氏の事故物件の話だからな。女将さんと私から時任さんにお願いしておくれ、って紗栄子に仲介してもらったんだよ。時任さんちは、神社だから、ご祈祷・お祓いしてもらえばいいんじゃないか?って。おまえらバカップル共は、電磁波とか言っちゃってるけど、こっくりさんみたいな火遊びもたいがいにしな、って話だ」と節子が言うと、佳子が「火遊びじゃないもん」という。


「まあまあ、節子、それは後で佳子と言い合いなよ。純子、美久ネエさんは今日はいるよ。放課後、校門で待合せってどうだい?居酒屋の分銅屋ってあるだろ?そこに一緒に行こうよ。夕飯でも食ってけよ。この節子が女将代理だから、ご馳走するよ。家に夕飯いらないって連絡しておきなよ」


「うん、紗栄子、わかった。アリガト。放課後、校門だよね。待ってる。節子さん、佳子さん、あなた達と話せてよかった。紗栄子がまた私と友達になってくれるって言うのよ。節子さん、佳子さんも私とお友達になって下さい。お願いします」とお辞儀する。あちゃあ、やってくれるじゃないか?純子。「おう、問題ないぜ」と節子と佳子。


 純子が帰った後、節子が「『紗栄子がまた私と友達になってくれる』ってなんだい?」と紗栄子に聞いた。


「ああ、ほら、純子と私は小学校からずっと一緒だったろ?それが私がヤンキーやってたんで、疎遠になっちゃってさ。私も声かけにくくって、無視していたんだよ。純子は気にしていたんだけど、おまえらと一緒だったから、純子からも声かけにくかったんだ。私らヤンキーだかんな、近寄りがたかったってんだよ。だから、今回の件で、また友達付き合いしよう、って二人で話したわけさ」

 

「ふむ、なるほどな。だから、私と佳子にも友達付き合いして欲しいって話か。悪い子じゃないな。あれ?あの子だろ?富澤さんとこのアキラと屋上で一緒なのは?なんか、付き合い出してるって聞いたな。紗栄子、おまえ、アキラに『私で良ければいつでも筆おろしオッケー』だなんて言って、この前、分銅屋から送って行った時にアキラにふられたんだろ?危なかったな。アキラを食っちまってたら大変だったな。純子と取り合いになるところだったじゃないか?」と節子。


「おお、その話、純子とアキラにするのは止めとくれ。冗談で言ったんだからな。純子に誤解されちゃ困るし、私をあしらったアキラにも悪いや。この話、なしな。頼むよ。忘れておくれよ」と紗栄子が言うと、

「でもさ、紗栄子も『私で良ければいつでも筆おろしオッケー』って、冗談に見せかけて、本気入ってなかったっけ?紗栄子は、ナンパの仕方を知らないブキッチョだから、ああいう言い方だけど、あれ、マジだったんじゃないの?」と佳子。


「マジなもんかよ。可愛い童貞くんをからかっただけだぜ。だからな、佳子、おまえみたいに『マジ』とか、純子やアキラに誤解されたら、私も面子つぶれるだろう?あの二人も困っちゃうだろ?だから、この話は、もうおしまい。忘れておくれよ」

「わかった。節子、この話、忘れましょう」と佳子。

「了解。紗栄子の面子つぶしちゃいけないからな」



 紗栄子は、ああ、ヤバイヤバイ、冷や汗が何リットルも出た気分だぜ、と思った。アキラとのことがいますぐバレるわけはないが、こいつら、私のこと見透かしているよな?と思う。

 

 こいつらにバレて、美久ネエさんにバレて、純子にバレたらどうするんだ?それが、「可愛い童貞くんをからかっただけ」なんてレベルじゃなく、「アキラを食っちまった」レベルなんてものでもない。「好きです」「愛してる」なんてアキラと私で言ってるんだ。

 

 そりゃあ、アキラと純子の仲もわかっている。アキラを都合がいい男とは思わない。このシチュエーションなら、当然、アキラは純子にも「好きです」「愛してる」ぐらい言うよ。本気で。それ、責めらんないよ。私が彼を責められるか?

 

 問題は、私がアキラと体から入っちゃったことだよ。セフレでいいよ、なんてバカなことを私が口走っちゃったことだよ。アキラが、ちゃんと私と付き合って、純子と別れる、と言ってくれたのに、それを断って、私が意地を張ったってことだよ。

 

 もちろん、純子は何も悪くないよ。悪いのは私さね。アキラは・・・私に流されたんだ。童貞に体で迫って誘惑したんだもん。やっぱり、私が悪い。私だけが悪いんだよ。・・・おっと、負けてたまるか。アキラとポジティブに行こうって約束したじゃないか?城ヶ島に行って、天体観測するんだよ、私たちは。

 

 隠しおおしてやる!負けるもんか。アキラの上半身は純子にくれてやる!下半身は私のだ!・・・あれ?純子の処女をアキラが食っちまったら?そうしたら?ああ、どうしよう?そうしたら、私と純子でタイマン勝負になるのかよ?心も体も?

 

「おい、紗栄子、昼飯にしようぜ?なにボォ~っとしてるんだよ?」と節子が声をかけた。

「も、もう昼か?」

「ボォ~っとして、何を考えているんだ?あ~?」

「あ、ああ、事故物件の幽霊ってなんだろうって、考えていたんだよ?」

「幽霊なんているのかねえ?まあ、お祓いしてもらえば解決するだろうぜ」


 アキラと純子と自分のことを紗栄子は考えていて、授業がまったく耳に入らなかった。あっという間に放課後になる。

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北千住物語 Ⅲ 紗栄子編(物語シリーズ①) ✿モンテ✣クリスト✿ @Sri_Lanka

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