トラスポルタ

ミーナ

第1話


 神歴1006年、トランスポルタ社は注文品を大量に雇った従業員の使い魔に配送させることで、家に居ながら買い物することを実現した。


 神歴1010年、トランスポルタ創業者のカルロ・ビアンコは結婚。


 神歴1011年、長女アリシアが生まれる


 神歴1012年、自社の使い魔を使って、出かけた先での荷物を届ける、本社の倉庫にない物も店で買って届ける配送サービスも展開。


 神歴1015年、帝国最大の小売企業として「最も影響力のある経済的・文化的ブランド」と言われていた。


 神歴1023年、義賊を名乗る集団から攻撃を受け始める。


 神歴1024年、恒常的に行われていた従業員に対する反人道的な扱いが発覚、ブランドは地に落ちることになった。


 神歴1025年、社会的混乱を招いた責任を重く見た帝国裁判により廃業・解散命令が下る。

 同年、幹部4人が逮捕され、創業者のカルロ・ビアンコは一家心中を図り、家族3人が遺体で見つかる。


   ◇


 神歴1023年、春北月――。


 カルロ・ビアンコは娘のアリシアと、半年ぶりに会えて一緒に買い物をしていた。


 色とりどりの可愛い服が並ぶ、高級な子供服専門店の中をアリシアは見回す。


 金髪のショートカット頭の上には、鼻提灯を膨らました太ったカラスが乗っかっていた。


 と、見渡すアリシアの目がキラキラと輝きだした。


「パパッ、こっちこっち!」


 父親の手を力いっぱい引っ張る。目についた赤いワンピースの所に行くためだ。


「見てパパッ」


 アリシアはワンピースを手に取り、体に合わせる。


「とても似合ってるよ。ただ5着までにしてくれよ、あんまり買うとパパがママに怒られる」


 カルロは娘の姿を見て、微笑みながら言った。


「そうよねっ、これ保留ねっ」


 アリシアはうんうん頷き、父に服を渡すと、他の服を物色し始める。


 カルロは手渡された服を魔法で頭上に浮かした。カルロの頭の上にはすでに3着の服が浮かんでいる。


「あっ、パパッ、あれ見て見てっ」


アリシアが父の手を引っ張りだした。今度は白くて小さな可愛い帽子を見つけたからだ。


「帽子は数に入らないよねっ」

「えっ 入るに決まって――」

「――ふぇ?」


 言いかけたカルロは、娘が凄く悲しい顔になったのを見て言いとどまった。潤んだ瞳が上目遣いに見つめている。


「……ああ、入らないよ。ただママには内緒だよ」

「うっわーーい」


 潤んだ瞳はどこへやら、大喜びで両手を突き上げてアリシアは走り出す。


 ふたりが買い物を終えたのは3時間後。


 青空が広がる中、カルロは疲れ切って商店街の中に作られた広場にあるベンチに腰掛けた。


 広場には青い芝生が広がり、子供用の遊具も設置されて、そこで遊ぶ子供を親達が座って見ている。


 鳩に餌をやる老人、ベンチに並んで座る恋人、通路に面したところでは労働環境改善を訴えるデモをしている人達がいた。


 その中に居た女の子が、アリシアとカルロに気づく。


「あー美味しっ」


 カルロの横に、アイスクリームを舐めながらアリシアが足をプラプラさせて座った。頭の上のカラスは今も寝て居る。


「ふーっ」


 カルロは両手に抱きかかえた娘へのプレゼントをベンチの空いているところへ置くと、息を吐いた。


 仕事で娘に会えない中、こうして一緒に一日居られて幸せを感じつつも、もうクタクタだった。整えた金髪の髪も乱れてしまっている。


 乱れた髪の上には7着の服が浮いていた。もうこれ以上魔力を使う気力もなくなり、両手で3足の靴と、2つの帽子を持つ始末になっていた。


 そこへ、


「チューチュー、チューチュー」


 カルロの胸ポケットから泣き声がしだす。


「魔通だ、ママからかな……」


 カルロの胸ポケットから黒いハムスターが頭を出した。


 カルロはウィンクして指示を出すと、使い魔のハムスターが駆けあがり、カルロの右肩に移動する。


 「もしもし……」


 カルロがハムスターの頭を2回つついて、話し出した。


「カルロか、俺だ」


 ハムスターが渋い声で話し出す。


「んっ? 配送使い魔の事かいっ」


 カルロの声音が一瞬で明るくなった。その顔に笑みがこぼれる。


 その様子を見た、アリシアの口がへの字に結ばれた。父親をジト目で見つめる。


「このプレゼンが成功すれば、大口契約になるぞ」 


 ハムスターが渋い声で笑った。


「あとは保険会社さえ納得させるだけか、ははは、という事は明日なんだな、やったぞ」


 カルロも笑って言う。


 その様子を見ていたアリシアが、そっぽを向いてアイスクリームを勢いよく舐めだした。


 ……また仕事、ババはずっと仕事……いつも仕事の話ばっかり……。


 こんな時まで……半年ぶりに会えたのに……。


 アリシアは横目で、嬉しそうに仕事の話をしている父の姿を見る。


「そうだ、安全なように羽は止まるようできてる。欠点は、再起動できない点。それに――」


 ……私より仕事の方が楽しそう……。


 ……配送使い魔……か……何それ……今はどうでも良いじゃないっ。


「アリシア、おーい」


 突然呼ぶ声に、アリシアが振り向く。


「シルヴィ!」


 アリシアが通う、魔法学校の同級生だった。


 背中に人の頭ほどある黒い蜘蛛が張り付いた女の子が、腰まで伸びた黒い長い髪をなびかせて、広場を走ってくる。


 アリシアが元気に手を振った。


 到着したシルヴィは隣で魔通しているカルロの頭上に浮かぶ大量の荷物を見上げる。そのまま目を細め、しばらく見つめた。


 シルヴィは鼻筋に皺を寄せて口を尖らせる。が、すぐにシルヴィアは切り替えて、微笑んだ。


「なんなの、アンタは買い物?」

「シルヴィも?」

「ううん……ちょっとね」


 困った顔をしてシルヴィが浮かぶ大量の荷物に再び目をやる。


「……パパと一緒に買い物ってわけ?」


 アリシアに腰に手を当て尋ねた。


「……うん……」

「なんなの、嬉しくないの? いつも会いたがってたじゃない」


 沈んだ顔のアリシアを、不可解そうに覗き込む。


「うん……」


 アリシアが自分を置いて話しているカルロを見つめる。


「解雇された連中が森に住み着いているとか言う噂がある……ああ……政府から言われる可能性も……うん……じゃあな、明日はよろしく」

 

 カルロがハムスターの頭を2回つつくと、ハムスターが口をピタリと閉じた。


 ついで頭を押さえる。


「配送使い魔を呼んでくれ、至急だ」

「チュチューッ」


 ハムスターが了解の返事を元気良くした。


「アリシア、ごめ――」


 カルロは娘の傍に立っているシルヴィに気づくと、固まってしまう。


「こんにちは、おじさま」


 そんなカルロに先制して、シルヴィがにこやかに会釈する。


「えっと、クラスメイトかい? アリシア」


 シルヴィと目を合わしたくないカルロは、アリシアに尋ねた。


「友達よ」

「と、友達……」

「パパもお友達だったの?」

「ああ、そうなんだ……そこで悪いんだが、パパは今から会社に向かわなくてはいけなくなったよ」

「何それ……」


 わざと不機嫌さを出して、アリシアが背を向ける。


「怒られないでくれ、パパは家族のためにやってるんだから」


 カルロが商店街の建物の上の空を目を凝らして見つめた。


「……来た来た」


 空気を震わせる羽音が聞こえてくる。


 配送使い魔は、ひし形に編隊を組んでやって来た。


 4匹の、人の頭大のトンボがカルロ達の上でホバリングする。


 アリシアとシルヴィが興味深そうに見つめた。


 全てのトンボの左側面に、トラスポルタとロゴタイプが書かれている。右側面には、発見者は届けて下されば返礼を差し上げます、と書かれている。


「……あんたのパパの会社だから、料金はタダとかあるの?」

「……わかんない……」


 アリシアは憎ましい目で企業名を見つめる。


 先頭の1匹だけ赤いトンボが、ゆっくりカルロの元へ降りてきた。


「カルロ・ビアンコ様、お待たせいたしました。お荷物をご自宅まで配送いたします」


 上品な女性の声で話しだす。魔通ではないのが誰にでもすぐにわかる、抑揚もなく生気を感じないしゃべり方だった。


「これだ、あと、そこに置いてあるやつ」


 カルロは頭上とベンチの上の荷物を指差した。


「かしこまりました」


 アカトンボが言うと、他の3匹が飛んでカルロ達の荷物を足で掴み始める。


 ベンチの荷物を取りに1匹のトンボがやって来た。


 ……この使い魔めっ。


 アリシアは叩いてやろうと手を伸ばす。サッとトンボが遠ざかった。そしてゆっくりアリシアの前にやって来る。


「お客様、配送使い魔には触れないようお願いいたします」


 このトンボは、渋い男性の声をしていた。やはり抑揚もなく生気を感じないしゃべり方だった。


「アリシア、やめなさい」

「ふんっ」


 アリシアがカルロに背を向けた。


 トンボが再度、ベンチの荷物を取りにかかる。6本の長い脚を使って次々に荷物を掴んでいく。


 あっという間に、アカトンボも協力して7着の服と3足の靴と2つの帽子の包みを全て掴み終えた。


 3匹が再び頭上でホバリングしだす。


「では、ご自宅へと配送いたします。到着予定時間は1と6つ時になります」


 3着の服を掴んだアカトンボがカルロに言った。


「よろしく」


 アカトンボが飛び上がっていく。


 再び、ひし形の編隊を作り空高く上昇し、アリシアの家へ向かって飛んでいった。


「すごいですね、今に何もかも使い魔が配送するようになるんですね」


 シルヴィがカルロに言った。


「ははは、まぁね」


 カルロは愛想笑いをする。


「それにトランスポルタの倉庫には何でも揃ってますものね、巨大倉庫をまた建設中だとか」


 シルヴィがそう言ったところへ、配送使い魔が1匹またやって来た。アリシアはふたりに構わず、ポケッとそれを見る。そのトランスポルタの自律使い魔は広場の芝生に座っている親子の元へ飛んでいった。


「詳しいね」


 カルロの声が小さくなる。


「きっと私達が卒業するころには、帝国中の商人、配達人は廃業しているかも知れませんね」

「ははは」


 カルロは力なく愛想笑いを続け、アリシアに視線を移動させた。


「じゃアリシア、帰ろう。友達に挨拶して」


 背中を向けるアリシアに声を掛ける。


「私はシルヴィと一緒に帰るから良い」


 アリシアがそっぽを向いたまま答える。目はずっと広場に来た配送使い魔を見続けていた。


「お願いだから怒らないで、また今度一緒にショッピングしよう」

「嫌よ、私、ひとりで帰るから」

「今から辻馬車も用意する、一緒に帰ろう、ね?」


 シルヴィは、親子の事に口出しできず、アリシアとカルロを交互に見る。


 カルロは、アリシアに強く言えず謝るしかなかった。


 アリシアは、広場での光景に目を奪われている。


 やってきた配送使い魔のトンボは、親が子供のために買ったホットドックを持ってきてホバリングしていたのだが、そこをお兄ちゃんと思われる子供に後ろからガンッと叩き落されて、ホットドックを奪れたのだ。


 小さな弟は大泣きして母親に助けを求める中、トンボは地べたで動かなくなっている。


 ……ひらめいちゃった!


 アリシアの復讐心が湧きたった。生まれて12年、初めて感じる正義感と情熱だった。


   ◇


 1週間後、アリシアは体より大きな丸めた地図をテーブル広げる。


 赤い線が落書きみたいに書かれたパルティレの街の地図だった。


 化粧台に姿見、ぬいぐるみだらけのピンクのベッドに、ぬいぐるみだらけの勉強机、装飾の施されたタンスに、服で満杯のクローゼット、部屋の隅には屋根付きゲージ、アリシアの広い部屋。


 その窓辺にある白いテーブルと椅子とが、ふたりのいつもの場所だった。


 テーブルいっぱいに広がる地図を見て、シルヴィは待ってましたとばかり眺め始める。


「これが、トラスポルタ社の配送使い魔の飛行ルートよ。」


 アリシアが赤い線をなぞって、自慢げに言った。


「今度もちゃんとバレずに注意したわよね」


 シルヴィが地図を見つめながら呟く。


「しつこいぞー、あったり前じゃないっ」


 胸を張ってアリシアは答えた。


「それにしても、アンタのコピー魔法はホントに便利ね」

「へへへ、お茶の子さいさいですわい」


 鼻高々のアリシアを、シルヴィは鋭い視線で見つめる。


「おじさんのファイルを読む限り、損害賠償の無限責任になってる……でもトラスポルタご自慢の自律使い魔を監視している人もいないの」

「へ?」


 アリシアは首を傾げた。


 ……賠償の無限……なんとかが、何だって?


「取り扱いが膨大だから、配送ミスの荷物を探すより代替品を新しく運んだ方が安上がりって事よ」

「ん?」


 ……話しについていけてない……どういう事? 


 首を傾げたままのアリシアに、シルヴィの口角が上がった。


「要するに、だから荷物を届けられない理由は誰にもわからないってわけ。それどころか、そんなのどうでも良いの、ふふっ」


 シルヴィはトラスポルタ社を小バカにして笑う。


 それとは対照的に、アリシアは不安げな顔になった。


「でも、動かなくなった使い魔の方を探しに来るんじゃない? そっちは大事でしょ?」

「動かなくなった使い魔は、拾った振りして返却しに行けば良いだけじゃない。体にも返却してくれたら返礼を差し上げますってわざわざ書いてある事だし、二重で儲かるわ」

「でも、警察に私達、捕まらない?」

「ちょっと何、ここに来て不安げになってるのよ。あんたが言い出したんじゃないっ」


 シルヴィは腰に手を当て、アリシアと向き合う。


「ランダムに、予測できないように、やれば良いだけ、わかった?」


 アリシアの目を真っすぐ見つめ、ゆっくり諭すように言った。


 ……そうね……こんな弱気じゃ駄目……。


 パパめ、ちょっと困ったら良いわ!


「それより捕獲方法よ、そこは確かなんでしょうね。ファイルには記載されてなかったわ」

「うん、あいつら普通の使い魔より動きが鈍いったらないのっ。子供が後ろから素早く捕まえてるトコ、見たの」


 アリシアが語気を強め、自分の目を指差す。


「きっと背後まで注意がいってないわ。そして自律使い魔は、安全のためにバランスを崩すと羽は止まるようにできてるらしいの。そして再起動できない。パパがそう言ってるの聞いたし、広場で実際に見たんだから」

「まぁ考える限り、高度な魔導機構でも自律にした際の限界と考えれば、そうになってるでしょうけど……問題はどうやって背後を取るか」

「ふっふっふ」


 アリシアが、わざと不気味に笑った。


「何よ」


 シルヴィが細い目で見つめる。


「カモンッ、ピプーッ」

「ゔアァーッ」


 首をしめられていような鳴き声がした。


 部屋の隅に置かれた屋根付きゲージの中から、黒い影がアリシアに向かって飛んでいく。


 太ったカラスが、ご主人様の左肩に止まった。アリシアがその重みで左に少し傾く。


「こんにちは、ピプーちゃん」


 シルヴィはピプーに微笑んだ。


「ゔアァーッ」


 首をしめられていような鳴き声でピプーは挨拶を返す。


「私の使い魔ピプーが自律使い魔の動きを止める。そこへシルヴィの使い魔ココンがトッ捕まえる。これでイケるわ!」


 アリシアが握り拳を作った。


「うーん……」


 シルヴィが自分の右肩を叩いて指示する。すると背中から針金みたいな細長い脚がニョキっと出てきた。人の頭ほどある蜘蛛がシルヴィの体を這って、胸部に張り付く。


「ココンの糸を発射して、背後から絡めとる。そういう事?」


 胸の使い魔ココンの背中を愛おしく撫でながら、シルヴィが尋ねた。


「そゆこと!」


 アリシアとピプーが同時にうんうんと頷く。


   ◇


 アリシア達は、地図上の赤い線が何本も交わる1点を狩りの場として選んで、7階建てのアパートの屋上に忍び込んだ。


 大きなバッグを持ったシルヴィは空を見渡す。太陽は真上から街を照らしていた。


 アリシアは普段見れない上から見る街の景色に見惚れていた。正午の住宅街は静かで人気はない。


 しばらく待っていると、すぐにトラスポルタ社の自律使い魔のトンボがやって来る。数は1匹、その6本の足に配送品をがっしり掴んでいた。


 20メドルくらい上を、まっすぐふたりの方へ向かってくる。


「来たよ」


 シルヴィがバッグを降ろす。


 アリシアもシルヴィと同じく空を見上げた。


「ココンの射程距離の位置で、進路をふさぐんだぞっ」


 アリシアが人差し指をピンッと伸ばし、ピプーに命令した。


「ゔアァーッ」


 鋭い目つきになった太ったカラスが、忙しく羽を上下させる。


「がんばってね、ピプー」


 シルヴィが声援を送った。


「ゔアァーッ」


 鳴き声と共にピプーが勢い良く飛び上がった。迂回してトンボに向かい、ゆっくりその上に並走して飛行しだす。


 トンボちょいと上を見て、ピプーを確認した。しかし問題なしと判断して、すぐ前を向いて飛び続ける。


 トンボがアリシアたちの真上に来た。


「そろそろよ」


 シルヴィが焦燥した声で呟く。背中にいたココンがシルヴィから降りて、腹の先の来いぼを空を飛ぶトンボへ向けた。


 ピプーが降下する。


 固唾をのんで見守る中、ピプーはトンボに距離を取られ始めていた。


「ああっデブだからぁぁ、あいつぅぅぅぅ動かないからぁぁぁぁ」


 アリシアが絶望して頭を抱える。


「そんな事ない、見てアリシア」

「へ」


 シルヴィが指を指した方向を見ると、ピプーが舌をだらんと出しながらも懸命に羽ばたき、トンボへとグングン近づいているところだった。


「えっ行けるっ? 頑張れ私のピプー!」


 アリシアが叫ぶ。


 そんな中、ピプーがトンボの前に出て進路を妨害した。


 トンボが急停止する。


「ゔアァーッ」


 鳴き声を上げ、突き始めた。


 トンボは回避行動をとって、簡単に避けていく。


 何度か突いた後、ピプーはやめて距離を取った。


 トンボがその場でホバリングしだす。


「配送使い魔には触れないようお願いいたします、繰り返されれば、通報いたします」


 そして生気のない声音で、ピプーに大声で注意しだした。


「シルヴィ、通報とか言ってるけど」

「その前にやれば良いのよ」


 シルヴィはココンを見る。


 ココンは来いぼを小刻みに動かし、狙いを定めている。


 アリシアも、そんなココンを懇願するように見つめだした。


 とその時、ココンが糸を発射する。


 シュルルルルルルルルルルと鋭い音を立てて飛んでいった糸は、空中で広がり網となった。


 ホバリングして注意をしているトンボに、背後から包み込むように網が絡みつく。


 トンボが錐揉みに落ちてきた。


 アリシア達のいるアパートに隣り合うアパートの屋上に落ちる。


 ふたりは走ってトンボの元に向かった。


 1メドルばかりのアパートとアパートの隙間を飛び越え、アリシアは停止したトンボを手に取る。


 最初の戦果は、マンゴージュース3本、チキンナゲット24個を配送中のトンボだった。


 ふたりはバッグにトンボと配送品を詰め込み、アリシアの部屋へと戻って、戦利品で祝勝会を行った。


 マンゴージュース3本、チキンナゲット24個を注文したパルティレ市民は、商品付着をトラスポルタ社に報告し、1時間後に同一の商品が新たに配送される。


 誰も奪われたなんて思わなかったし、不審にも思われなかった。たまにあることだからだ。


 捕獲した自律使い魔トンボは、この後シルヴィが返却センターに届けた。返礼品はトラスポルタでの買い物に使える割引券だった。


   ◇


 ふたりはそれからも襲撃を繰り返した。


 襲撃日はランダムにする事、週1回にする事、人気があればすぐに中断する事、襲撃場所にはふたり揃って出入りしない事、などがシルヴィの提言により決められた。


「ちょっとちょっと、今回の獲物を見てシルヴィ!」


 アリシアが悲鳴に近い声で呼ぶ。


「何事?」


 ココンの首下の小さな魔方陣に手を押し当て、魔力を注入していたシルヴィが中断して見に行った。


 アリシアは開いた箱の中を見せる。イケメンの男性が裸でポージングしている雑誌だった。


「こここ、これは、お宝よっ」


 真っ赤な顔でアリシアは1冊を手に取り、筋肉と筋肉の共演している表紙を見せつける。


 シルヴィは細い目をした。


「切り取って部屋にでも飾れば」

「そそそ、そんな事、バレたら、どうすんのっ」


 あたふた雑誌を箱にしまって蓋を閉じるアリシアに背を向け、シルヴィが隣の獲物の箱を開ける。


 中は茶色いセーター、歯磨き粉、洗剤、離乳食だった。


「今日は2個ともハズレだね」


 アリシアがシルヴィの肩越しの箱を覗き込む。


「なんかこんなのばっかりだね、もっとマシなの運ばせないかなぁ」

「じゃ、私が貰っとく」


 シルヴィがバッグに箱を入れた。


「そっちの雑誌はいるの?」

「え? いら、いらな……いるわけないでしょ、こんな下品な物っ」


 ブンブン首を振って拒否する。


 ……いらない、いらない、何を考えてるのアリシア、はしたない娘!


「じゃ、私が貰っとく」

「え……ほしいの?」

「売って小金にするだけよ、変な事考えないで」


 アリシアが見つめる中、たんたんと雑誌の箱がパックに仕舞われた。


「さて、最後に確認よ。これからもトンボ襲撃は、今日みたいに、素早く、的確に、良いわね」


 シルヴィがひとつひとつをゆっくり発音して言った。


「はーいっ」


 アリシアは右手をピンと上げる。


 腰に手を当てたシルヴィは満足げに微笑んだ。


「それじゃ、帰るね。乗合馬車の時間がそろそろだった」


 窓の外は夕焼け空が広がっている。


「せっかくだから食べてきなよーっ」

「おじさまが嫌がらない?」

「パパなんて仕事でいないよ」


 アリシアは部屋のドアを開け廊下に出た。シルヴィが後をついていく。


 吹き抜けの天井からぶら下がるシャンデリアの周りを回る階段を降りて、キッチンに入るとカルロがいた。


 肩のハムスターに向かってしゃべって魔通中だった。


「ストライキの危険? 作業と魔力を抽出でそんな体力あるわけ――」

「――パパッ、なんでいるのっ」


 驚くアリシアに、魔通中のカルロは手だけで合図してふたりから背を向ける。


 ムスッと、アリシアの顔が不機嫌に固まった。


「まずそんな事ができない奴を入れるよう、採用の時に一番重要視したじゃないか……魔力はまだまだいる……うん……、……うん……、違う、抽出体はもっと必要なんだ」


 シルヴィがカルロの話に耳を澄ます。


「……違う、希望通りの待遇を用意した事を強調するんだ。……そう、理はこちらにある。……そうか? 森なんかには住み着いてない、そんなデータはない事を政府に訴えるんだ……そうだ……わかったな……うん……わかった、じゃあな」


 カルロがハムスターの頭を2回突いて魔通を切った。


「何の話ですか」


 シルヴィが尋ねる。


「君は……なんでもないよ」


 カルロは目を反らした。


「その命と魔力を抜き取られる従業員がストライキしないと本当にそう思ってます?」

「……ははは」


 あきれたように笑って、シルヴィを真っすぐ見つめる。シルヴィの精神が張り詰めた。初めてふたりが目を合わした瞬間だったからだ。


「ストなんて起こらないんだよ。トラスポルタの従業員は素晴らしい宿舎に住める。美味しい食べ物も食べれる生活を送れるんだ。全員がケアサービスを使え、教育を受けられステップアップもできる。我が社の超高度魔術式を取り組んだ使い魔は、魔力の微弱な弱者階級に光を差したんだよ」

 

 カルロが優しい口調で諭すように話す。シルヴィはそんなカルロを真っすぐ見つめ返していた。アリシアは感銘して頷いている。


「君の親族に聞いてみると良いよ。君は黒髪だけど、魔力に優れているらしいね、学校でもアリシアとよろしくね」

「はい、おじさま」


 シルヴィはにこやかに言って、お辞儀した。そうしなければいけないところだったからだ。


「今日はシルヴィも一緒に夕食だからね、パパッ」

「ああ、そうしたら良い。シェフに用意させよう」


 それからアミューズから始まり、前菜、スープ、魚料理、口直しのシャーベット、肉料理、デザートのフルコースを堪能する。


 そして、また仕事と出て行ったカルロのいない中、カフェを飲みながらアリシアと談笑したシルヴィは、遅い時間なのを見て帰宅することにした。


「泊まってけば? パジャマパーティしよっ」

「ううん、心配するから帰らなくちゃいけないの」

「そう……」


 シルヴィが玄関へと歩いて行く。


「道まで送るよ」


 アリシアは後を追っていった。


 玄関から出ると、幾何学的に花壇が作られたの庭が広がっている。


 花と低木が左右対称になるように注意深く配置され、対称軸となっている玄関から真っ直ぐ道が伸びて、道路につながっていた。


 シルヴィは右肩を叩く。ココンの左脚をすりすりして指示すると、8つの目が光り出し夜道を照らした。


 庭を進み白い門をくぐって、ふたりは静かな広い道路に出る。


「……」

「じゃあねっ」


 アリシアがシルヴィに手を振った。


「……」


 シルヴィは動かなくなり、何の反応も示さない。


「……」

「どう……したの?」

「アリシア」

「ん?」


 シルヴィの目が、キッと鋭くなっていた。


「義賊は、金持ちから盗んだお金を貧しい人々に分け与えたのよ。巨大な力を持つ汚職大臣や悪徳商人に正義で立ち向かって、富を奪っていった。私はトラスポルタ相手に同じことをしたいの。だからアンタの悪戯に協力してたのは、別に友達だからとかじゃないの」

「……」


 アリシアは疑問な顔をする。


「……えっと……パパは何も悪い事をしてないぞ?」

「違う」


 シルヴィは一蹴した。


「トラスポルタで働く人達は皆、トラスポルタに借金して、元あった借金を返してもらったり、子供の教育費に当てた人達なの。それを皆、労働で返してる。最低賃金以下の給料でね。ついでに従業員の住む宿舎の家賃と提供される食事分、ケアサービス分、光熱費も全部、その低い給料から差し引かれてる」


 アリシアはよくわからなくなって、応える。


「でも、パパは素晴らしい宿舎に住めて、美味しい食べ物も食べれるって」

「じゃトラスポルタの重役も住めば良いじゃない、タダなんだからっ。食べ物だって、アンタのパパも、タダなんだからシェフにわざわざ作らせないで、食べに来たら良いじゃない。でも食べになんて来るわけないっ」

「……うん、そう……だけど……」


 アリシアは俯いてしまった。


「ねぇ従業員がどんな仕事か知ってる?」

「そりゃ、配送使い魔の召喚媒体と魔力供給じゃないの?」

「トランスポルタの超高度魔術式は生命力から魔力を抽出する技術よ。それで作られているのがトランスポルタの何千という自律使い魔なの。つまり従業員は毎日毎日、生命力を抜き取られるの。ついでに仕事はそれと倉庫作業もあるの、少しも無駄のないように従業員からむしり取ってる」


 アリシアは何も言い返せなかった。


 まくしたてるようにシルヴィは続ける。


「従業員の子供は、トラスポルタの運営する学校に通わされる。数学や法律など、私達のような授業は受けられない。読み書きは覚えさせず、パイゼ語を十分話せるようにだけさせる、なんでかわかる、契約書なんて読めないようにするためよ。別に人生を気づくための技能なんて、学べない」

「なら、出てけば良いじゃない。出て行ってないって事は別に文句ないって事でしょっ」


 アリシアは反論する。父親を悪く言われてるのが腹立たしくなってきた。


「出て行って、それから住む場所はどこ? 子供はどこの学校に? そのお金は? どこへも行けないのよ、皆、柵のない牢屋に閉じ込められているの」

「なに、それ……なんでそんなに知ってるのさ……」

「……」


 険悪な雰囲気になる。


 避けていた話題だった。


 新入して1か月経った頃、珍しい黒髪のシルヴィとアリシアは仲良くなる。そんな事、アリシアにとってどうでも良かったからだ。


 でも、ちゃんとアリシアは、シルヴィの家には行かないようにしていた。どこに住んでいるのかも聞かなかったし、親の仕事も、兄妹の事も、何も聞かなかった。


 魔力基盤社会において、生まれつき魔力の弱い黒髪人種は差別や貧困など障害がある家庭が多い。シルヴィも、そういう人達のひとりかも知れない。皆が触れないようにしているのに、それが壊れてしまう。


 優秀な能力で魔法学校に編入してきた、下級階級の黒髪奨学生であるシルヴィに友達なんてアリシア以外いない。


 その友達を失う事になる、とシルヴィは口を堅く結んだ。


 それでも、口を開く。


「義賊になろうとする私を、理解しないのは、アンタが、アンタが……、……アンタが……、……アンタがっ」


 しかし、言葉は続かなかった。


 ふたりは親友になった時、このふたりが、誰よりも気が合った事は他の生徒を驚かせた。片一方は上級階級のトップに位置するからだ。


「……さよなら」


 唇を噛んだシルヴィが背を向ける。


「……もう、今度からひとりでする」


 そう言って、シルヴィは足音もなく歩き出す。


 その背中に声をかける事もできないまま、アリシアはシルヴィの姿が見えなくなるまで見つめていた。


 ……シルヴィ。


 姿が見えなくなったアリシアが走り出す。なんとか仲直りしたい気持ちでいっぱいだった。


 すぐにシルヴィの後ろ姿を見つける。


 しかしアリシアの足が止まった。


 ……なんて声をかけよう……。


 おーいっシルヴィ。もうっひとりでなんて、どうやってやるのよーっ。私達、親友じゃないっ協力するよーっ。


 ……。


 ……ダメだー……。


 ……私はただ、パパがかまってくれないから、やってただけなのに……。


 アリシアは何もできずに、後をつけていく。


 ……義賊だなんて……パパは、そんな悪い事なんてしてるわけないよ……。


 満月が作る長い影を作りながら歩くシルヴィが、乗合馬車の停留所を通り過ぎていった。


 ……あれ、どこ行くんだ?


 どんどん歩いて、シルヴィは森林公園へ向かって行く。


 そして森の入り口で、いきなり振り返った。


 距離の離れたふたりの目が合う。


 シルヴィが深い気に睨んだ。


 アリシアは居心地悪げにトボトボ、シルヴィの元まで歩いていく。


「なにしてるの」

「いえ、ですから、そのー、あのまま離れたら、もう、私達、駄目なのかなーって思いまして……」

「なんで敬語?」

「シルヴィはパパの事を……誤解してるなって、おもって……今度パパに頼んで会社を見せてもらおうよ、そしたら全部、わかるじゃないっ」


 アリシアの目がキラキラ輝いていた。


 シルヴィはアリシアをじっと見る。


「来て、見せてあげる、私の家」


 そう言って、森の中へひとり入って行った。


「あっ、待って」


 アリシアが後をついて行くと、現れたのはゴミで出来た家の集落だった。


 ……そういや噂で、トランスポルタを首になったりした人達が森に居巣くってるってあったっけ……。


 松明と焚火に照らされた、捨てられた布を重ねてできたテントに住んでいる黒髪の人々をアリシアは見つめる。


 その身なりが清潔な事に驚いていた。


「シルヴィねぇちゃん、おかえり」

「おかえんなさい、シルヴィ」


 子供から老人まで、皆が笑顔でシルヴィを迎える。


 ただ、すぐに背後に居るアリシアに気づいて真顔に戻った。子供はどこかへ去っていく。


「また何か、持ってきてくれたのかい」


 老婆がちらちら、アリシアを見ながら尋ねると、シルヴィがバッグを地面に置いて中を開く。


「歯磨き粉、洗剤、離乳食よ」


 シルヴィは笑顔で答えて渡し始めた。


「歯磨き粉かー、わしにはいらんかな、ははは」


 老婆が入れ歯を見せて笑う。


「離乳食、あるんですって」


 赤ん坊を抱えた母親が3人、やって来た。


「30日分がちょうど3個あるわ」


 シルヴィから手渡された離乳食を、3人が1箱ずつ分ける。


「こっちは共同場に置いておきましょう」

「そうだねー、おかげさまでわしらの身なりも綺麗になったよ」


 老婆が茶色いセーターと歯磨き粉と洗剤とを受け取り、去っていった。


「ここに小さい時まで住んでたの」


 シルヴィが呟く。


「私は才能があったから脱出できた。でもここにいる人達はできない、一生ここで暮らすの。ここが嫌ならまたトランスポルタの奴隷のどちらか」


 シルヴィがアリシアに振り向いた。


「今ね、アリシアと一緒に襲撃した経験を生かして、ここの皆で襲撃できるように訓練してるところなの」


 アリシアはただ、黙って聞いていた。


「感謝してる、おじさんから極秘のファイルを盗み見てくれて。でもね、もっと必要なの」


 シルヴィは低い声になって言った。


 ……何言ってるの? どういう意味?


 しばらくののち、アリシアは力なく首を振る。


 シルヴィがアリシアの目をじっと見つめた。


「アリシア、私は悪い事なんてしてない、それを分かってくれたよね。ここには男の人はいないの、トランスポルタに残ってがんばってる。ここに居るのはその人らの妻や子供、両親よ」


 アリシアは返事ができなかった。


 頭が回らない。


「わ、私……ごめんっ」


 アリシアは駆け出す。森から出て、満月の夜道を走って帰った。


 走りながら、カルロと一緒に買い物した時を思い出した。シルヴィに出会ったあの時、襲撃を思いついた。


 カルロが自分そっちのけでしていた会話が思い出される。シルヴィがカルロの事を、トランスポルタを悪く言っている姿が思い出される。


 家に着いたアリシアは疲れ切って、部屋のベッドに飛び込んだ。寝て居たピプーが起きてきて、心配そうに寄り添ってくる。


「ピプー……」

「ヴあー?」


 アリシアはピプーをきつく抱きしめて、知らないうちに寝てしまった。


   ◇


 朝になった。


 アリシアは家中、ピプーを頭の上に乗せてカルロを探した。しかし休日なのに、今日も仕事で家にいない。母親は友達と出かけて行った。


 アリシアは白紙の束を片手にカルロの書斎に入り、ファイルを漁りに行く。


 大きなデスクと、壁一面の本棚。隠し棚は趣味の時計が飾られた棚の一番下にあった。


 デスクの上に白紙の束を置いて、隠し棚りファイルを取り出していく。


 自律使い魔襲撃を思いついた際に漁った、すでに見たファイルを横に置いていった。1冊1冊と、デスクの上にファイルが積み上がっていく。


 ようやくアリシアは、トランスポルタの従業員について書かれたファイルを見つけた。


 従業員の事故死数、自殺数。学校で習った最低給料の3割しかない給与記録……。


 アリシアは精神を集中する。魔力を高めて、得意のコピー魔法の準備を終わらせた。


「ピプー」


 頭の上のピプーをデスクに降ろす。


「シルヴィに魔通をつなげて」

「うああ゛ぁぁ」


 引き裂かれたような叫びをあげた後、ピプーがシルヴィの声で話し出す。


「もしもし、何の用?」


 アリシアは白紙の束から1枚紙を引き抜いた。


「ほしい資料を教えて」

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トラスポルタ ミーナ @akasawaon

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