自分に暴力が返ってくる部屋

村田鉄則

自分に暴力が返ってくる部屋

 仕事帰り、終電に乗った俺は疲れで居眠った。

 目が覚めると、そこは真っ白な世界だった。

 

 寝ている状態から、立ち上がり、辺りを見渡す。

 

 四畳半ほどの大きさの白い部屋。

 ドアも無ければ、換気扇すら無い。

 その異様な空間のせいか、立ち上がったとき、なんだかふんわりと浮かんだ感じがした。

 息ができているから何らかの手段で空気は入ってきているらしい。


「こ「こ「は「ど「こ」だ」!」!」


 俺は立ち上がり、そう叫んだが、声が壁を跳ね返ってきて、己の耳朶を襲うのみ。

 

 その後も、しばらく様々な言の葉を叫び続けたが、結局、壁に声が反射するだけで、無駄の極み。ただ、ただ、自身の無力さを感じたのみだった。


 この異常な状況に耐えられなくなってきた俺は、暴力に身を任せ、この部屋の壁を突き破ることにした。俺ならできるはず。

 

 俺は幼少期から父から暴力を受けてきた。

 無職で酒に溺れ、日常的に俺を殴って己の命令に従わせてきた父に反逆することを決心し、俺は小学生のある日、体を鍛え始めた。毎日腹筋1000回、スクワット1000回、そしてランニングを1時間やり続けた。雨の日も風の日もどんな日もだ。そして、成長とともに逞しい身体を手に入れた俺はある日殴りかかってきた父を逆に殴り返し、ひれ伏せた。

 そして、母と離婚をし二度と俺と母の前に現れないように従わせた。暴力で命令に従わせることは父の二の舞を踏んでいるのだが、しかし、親父のやってきたことを考慮すると、俺のやったことは正しいと思える。


 俺は父親が去った後も、身体を鍛え続け、やがて、友達に誘われてボクシングジムに入り、プロのボクサーになった。

 

 今日も試合で活躍した俺の右拳を思いっきり、白い壁にぶつける。

 が、ビクともしない。


 「い「て」ぇ」!」


 それどころか、拳を通して、俺の殴った分の衝撃が壁から伝わる。

 そのダメージは、殴った一瞬で跳ね返ってくるため、よけることはできない。

 やけに声が反響すると思っていたが、この部屋の壁は何か特殊な構造になっているのだろう。

 しかし、他にやることも無いので、何度も何度も、グーで壁を殴る。

 そして、その度に俺の握り右拳は傷つき、血を流し、やがて・・・骨折した。

 「今「度「は「左「拳「だ「!「こ」こ」で」負」け」て」た」ま」る」か」!」!」

 俺は少しやけになっていた。

 今度は左拳を使って何度も何度も何度も何度も壁を殴りつける。が、結局のところ壁が俺の攻撃を返してくるだけで、壁自体は全く無傷。

 そしてまたもや骨折。


 部屋の真ん中で倒れこみ大の字になる。

 両拳から出てきた赤い血が、白い部屋では際立っていた。

「は「は「は「・・・「紅「白「歌」合」戦」か」よ」・・・」


 俺は笑えない冗談を述べて、どうにか正気を保とうとしていた。

 しかし、ここまで歯が立たないとは・・・

 両拳は激痛のため、回復するまでは、使えない。

 俺は今度は右脚を使うことにした。

 跳び蹴り、回し蹴り、108回連続蹴り、何をやっても、歯が立たない。

 そして、やはり骨折。

 立つことさえ労力がかかるようになった。

 

 左脚で様々な技を今度は試したが、やはり無駄。

 もう立つことさえままならぬ状態になった。

 

 しかし、俺は諦めない。

 今度は頭突きを繰り出す。


「ぐ「ぉ「お「お「お」お」お」お」お」お」お」

 雄叫びを上げてぶつかった甲斐あったか、そのとき、壁が揺れ動いた。

 初めての手応えに俺は脳天から血を流しながら喜んだ。

 が、強い衝撃を受けてどうやら軽い脳震盪を起こしたらしく、深い眠りについた。


 (暗転)


 眠りから覚めたら、俺は電車の中に居た。

 田舎町に向かう、人の少ない、いつもの車内の様子。

 それが何だか心地よかった。


 あれは長い夢だったのだろうか。

 いやしかし、夢にしたら、痛覚の感じ方がやけにリアルだった。

 だが、身体のどこも痛んでいないし、夢だったのだろう。多分。


 自宅マンションの最寄り駅に付き、電車を出る。

 駅前のコンビニでは、地元のヤンキーが集まっていた。

 俺の顔を一瞥してそいつらの内の一人が歩み寄り、喧嘩を売ってきた。

「おい、お前、最近、調子に乗ってるらしいじゃねえか?ボクサーだからってイきんなよ?」

「ああ?」

 俺は眉間に皺を寄せ、右アッパーカットでそいつをぶっ飛ばした。

 こういう連中に対しては、暴力こそ全てを解決するツールだ。

 あまりにも、圧倒的なパワーの差に怖じ気づき、殴ったヤンキーとその他のヤンキーたちは平謝りしてきた。

「だったら、最初から喧嘩売んなよ!」

 俺はそんな捨て台詞を言って立ち去った。

 

 自宅マンションのドアを開ける。

 と、母が待っている。

 待って・・・


 しかし、いつものように「おかえり」という言葉が無い。

 俺が帰るまでは寝ていないのが常のはずだが・・・

 

 母の寝室に着いた。

 電灯のスイッチを入れると・・・


 母がベッド横の床で倒れていた。

 両脚、両拳は骨折していて、

 脳天からは血が流れている。

 

 母に駆け寄ろうとしたときのこと。

 首元に衝撃を受けた。

 後ろから金属バットのようなもので強打されたらしい。


 意識が途切れる前に、後ろを振り向くと、

 


(暗転)


 俺は、また白い部屋に居た。

 今度は仰向けの状態で目が覚めた。

 セーブデータでもあるのか、俺の体は最初からボロボロで両手両足が骨折して頭から血を流したままだった。

 頭の打ち所が悪かったのか、体が上手いこと動かなくもなっていた。

 

 そんな身動きもままならぬ俺は、

 「こ「こ「か「ら「出」し」て」く」れ」!」

 そう声を大きく響かせたが、やはり、無意味。

 誰も助けてくれない。

 もう、何も出来ない。

 そういや、この部屋では便意も尿意も、食欲も、性欲も、睡眠欲も。浮かんでこなかった。ただ、暴力に対する欲だけが浮かんできただけだった。そして触覚と痛覚以外の感覚も無かった。

 つまりは、俺は一生、体が回復するまでこの真っ白な空間の天井をずっと眺めることしかできないわけだ。

 しかし、体が回復する気もしなかった。なぜなら、怪我がそのまま前回の夢から引き継がれているからだ。ここには時間経過という概念が無いのかもしれない。

 ということはだ。俺は一生天井を見続けるこの夢を見続けるわけだ。いや一生という概念すらここには無いのだろう。

 つまりは、無限。無限ループのように続く孤独を俺は味わわないといけない。

 しかし、もしもこの夢から覚めたら、母が父に殺されたという現実の悪夢も襲ってくる。こんな糞みてぇな俺のことを愛してくれた母、離婚後、女手一つで育ててくれた母、初めての試合を間近で見て涙を流してくれた母、そんな母を失う現実を味わいたくないのも事実だった。

 そんなことを思っていると、大粒の涙が頬を伝ってきた。

 

 「あ「ぁ「・・・「涙「は「出」る」ん」だ」・・・」


 そのとき、俺は、最後の手段があったことに気づいた。

 そう、俺はしゃべれるではないか。

 。 


 目をつぶり、母との記憶をさらに思い出し、少し心地よくなった俺は舌を噛み切った。


 (暗転)


 そして・・・俺は二度と目を覚まさなかった。

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自分に暴力が返ってくる部屋 村田鉄則 @muratetsu

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