第6話:常磐桜
「まったく、君ってやつはまたふらふらと…2階から出ていくやつがあるか」
「んぐ…」
やれやれと歩いてくるソラに思わず頭を下げる。ただ俺が悪いみたいな風になっているが、元はといえばこいつらに打たれたのが原因だろう。改めて男たちをみると、蜘蛛の巣にかかった虫のように透明なワイヤーに絡めとられ中に浮いている。
「な、何なんだお前は!!!」
「くそ、なんだこのワイヤー…びくともしねぇ」
大の大人が宙ぶらりんになりながらくねくねと身をよじらせる様子はどことなくシュールだ。
「何って…それはこっちの台詞だよ。街中でライフルなんて使ってくれちゃってさぁ。」
「そ、そもそもどうやってここに来た!?下には大勢の見張りがいたはずだ!!」
こんな時でも平然と返すソラと宙でわなわなと震える大男たち、そしてよくわからない機械に縛られた自分。何だこの状況。困惑している旭をよそにソラは袂から携帯をごそごそと取り出しながら続けた。
「あぁ、そいつらならタマネに山積みにされてたよ。と言ってもあの子には運動にもならないだろうけど…ほら」
「何言って…はぁ!?!?」
「なんだこれ…」
「ん…?」
ソラが見せた画面に、チンピラ二人と旭はあんぐりと口を開けた。そこには文字通り山積みになった男たちと、ピントが合わず顔ははっきりとわからないが茶髪の女性が自撮りした写真が映っていた。なんかクレーンゲームの人形みたいだな…思わず思う。
「にしても大層なものつけられてんねぇ」
唖然としている旭たちをよそにソラは旭を縛っている機械をまじまじと見つめ始めた。
「そいつは最新型だからな。大量のパスワードと生体認識をクリアしねぇと開かねぇぜ?」
「あ、もしもしハクト〜?」
フンと鼻をならすチンピラをよそにソラは電話をかけ始める。
『はい。ソラ、そっちはどうですか?』
「あらかた片付いたよ。悪いんだけどこれお願いできる?」
電話口から落ち着いた青年の声が聞こえる。どうやらビデオ通話のようだ。
『了解です。問題ないですよ』
「ありがと。じゃ、よろしく〜」
そう返したソラはスマホを機械にかざす。
ガシャンッ
「!?」
するとものの数秒でガッチリと旭を縛っていた機械が音を立てて開いた。
「はぁぁぁ!?!?」
「ありえない…そいつは回線も通ってない、ハッキングなんてはなからできない代物だぞ!?」
チンピラ二人はくねくねと身をよじらせながら慌てふためいている。やっぱりかなり滑稽だな…と思いながら口に貼られていたテープをベリッと剥がす。口の周りがヒリヒリして痛い…
「さすがだね。あとはこっちでなんとかするよ」
『仕事ですから。ではお気をつけて』
「はーい。よし、立てる?旭」
電話を切ったソラはこちらに向き直り、気遣うように手を差し伸べてくる。
「あぁ、ありがとう。」
ありがたくその手を借りて立ち上がる。そこそこの時間座らせられていたようで、体のあちこちからポキポキと音がなった。
「さて、あとは暴対の人らにまかせて脱出しようか」
「おい、サツに突き出す気か!?くそっ!なんだ、何なんだお前らは!!」
「もしや…いや、まさか、そんな…」
チンピラの一人は顔を真っ赤にして震えて叫んでいる。一方でもう一人は何かに気づいたかのように息を呑んだ。
「聞いたことがある。全てが異能者で構成された政府御用達の民間の武装諜報組織があるって…確か名前は……『オリーブの家』」
(オリーブの家…?)
異能者、政府、武装諜報組織……聞きなれない単語に戸惑うことしかできない。もしかしたら俺は、とんでもない人の手を掴んでしまったのかもしれない。
ドタドタドタ
「お、思ったより早かったね」
旭が固まっていると扉の向こうから大勢が階段を駆け上がる音がした。
「それじゃ、」
「え?」
ソラはグイッと握ったままだった旭の手を引きよせ、もう一方の手で後ろの窓を開けた。
「逃げるよ、旭」
そう言ってニッと笑った直後ーソラは旭の手を握ったまま窓から飛び出した。
「はぁぁあ!?」
気づいた時には空中。先程旭が飛び降りた建物より遥かに高い。多分5階以上はある。何か方法があるのかとソラを見る。
「ちなみに、このままだと死ぬよ?」
「はっ!?」
何言ってんだ、こいつは。そりゃ高いところから落ちたら死ぬ。お前が自分から飛び降りたんだろうが。さっき2階から飛び降りた俺に文句を言っていたくせに。
「考えてる暇はないよ?旭」
地面は刻々と迫っている、それでもこちらを試すようにソラはこちらをのぞき込んでくる。
「くそっ!!」
こいつに文句の1つや2つ言ってやらないと気がすまない。元はといえばお前のせいだろうが。
(こんなところで…死んでたまるかくそっ!)
ザバァッッ
地面と衝突するその間際、そう念じた瞬間足元から波の音がした。その途端旭の体は波に飲み込まれ流されていく。
(助かった、のか?)
そう気を抜いたのもつかの間、波は旭を巻き込んだまま空中を勢いよく滑っていく。
「ちょっ!?おい!!!」
抜け出すこともかなわず藻掻いていると気づけば近くの公園まで流されていた。そして目の前に立ちはだかるのは大木。
「待て待て待て待て待て待て!」
そんな旭の叫びも虚しく、旭は体ごと木に突っ込んだ。
「いったぁ…」
打ったところを擦ってみるが大した怪我にはなっていないようだった。振り返ると波は跡形もなく消えている。
(あれ、そういやソラがいない…?)
さっきまで手を掴まれていたはずだが、波にのまれたあとから記憶がない。
「おいソラー」
「いや素晴らしい!!」
呼びかけに返したのは見知らぬ人影だった。
突然変異能者の裏社会事情-異能に目覚めた少年は真実を求める- 染野 @yoruno__65
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