鬼嫁の婿

海湖水

鬼嫁の婿

 「結婚してくれ!!」

 「え?」


 よろずは、気づけば、目の前の女性にプロポーズしていた。ほんの数十分ほど前までは、正義心で包まれていた心も、今では目の前の女性に鼓動していた。

 目の前の女性、通称「火の山の鬼」はキョトンとした顔で万の方を眺めていた。また、誰かが自分を殺しに来たのだろうと思っていただろう彼女は、突然のプロポーズを理解できずにいた。

 そして理解できていないのは、彼も同じだった。何故自分は退治しに来たはずの鬼に結婚を申し込んでいるのか。

 万は恋愛についてよくわかっていない。幼い頃から武道に触れ、田舎住みで若い女性と関わることがなかったからか、恋、ということを経験したことがなかった。

 そんな万でも、今自分は恋に落ちているということは理解できた。


 「聞き間違いだな?私こそが火の山の鬼、キキョウ!!いざ勝負……」

 「いーや、聞き間違いじゃない。結婚してくれ」

 「……お前、初めて会った相手に結婚を申し込むのはどうかと思うぞ」

 「確かに……じゃあ、友達からで」

 「……待て、お前はここに何をしに来た」

 「そりゃあ火の山の鬼を退治に」

 「お前は誰に向かって、その……プロポーズをしている?」

 「そりゃあ貴女に」

 

 ここまで答えると、目の前のキキョウは顔を赤くすると手で顔を覆った。

 キキョウ、という名前を万は頭の中で繰り返し呼んでいた。キキョウか、いい名前だ。


 「あのな、私はお前の心が読めるんだ。だからできるだけ私の名前を褒めまくるのはやめてくれ、恥ずかしい……」

 「おっと、心が読めるのか。じゃあ俺の心は伝わっているはずだ。結婚してくれないか?」

 「……先ほども言ったが、お前はここに何をしに来たんだ。私を倒しに来たのだろう?それなのにプロポーズしてどうする」

 「ダメか?」

 「……友達からで、いいか?」

 「もちろん」


 万は右手をキキョウの方へと差し出した。キキョウはそれを掴むとギュッと握手した。



 それからというもの、2人は週7回会うようになった。キキョウは鬼と言われているが、実際は人に危害をあげることはなかった。本人も、力が強く角が生えていること以外は、普通の女性である。

 万の聞くところによると、キキョウが周辺の村から恐れられるようになったのは、ちょっとした理由があったらしい。


 「昔、私は山に迷い込んできた子供を人里に帰したことがあってな。その時によくわからん侍に襲われたのだ」

 「へえ、どうなったんだ?」

 「まあ、腕力には自信があったからな。とりあえず刀を折ったら逃げていった」

 「……そりゃあ怖がられるわな、鬼なんだから長生きなわけだし、伝承によって怖さが膨らんでいったわけだ」

 「それで、たまに退治しに来る奴らが色々道具や武器を持ってくるわけだ。つい最近の武器はすごいな。退治しに来る奴らがジュウ?とやらを使ってきた時は驚いた」

 「え、でも鬼に銃は効かないだろ?前、撃たれても跳ね返るって話してた気が」

 「音にはびっくりするのだ」

 「あー、なるほどね」


 キキョウの生活は、基本的に野菜を育てて、それを食べる完全な時給自足生活らしい。昔から続けているから慣れているそうだ。


 「お前は昔、私と結婚したいと言っていたがな、もし結婚したら不便だぞ。お前たちの人間のデンシャとか、すまーとふぉんとかは使えんし、鬼と結婚したという偏見はついてくるし、完全な時給自足だから食べ物に困ることもある」

 「別に大丈夫だよ、キキョウがいてくれれば」

 「……バカが、そういうことを真顔で言うな、恥ずかしい」


 キキョウは照れ隠しに万の頭をポンと叩いた。

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鬼嫁の婿 海湖水 @Kaikosui

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