パパ活女子がすなる日記
坂口内野手
パパ活女子がすなる日記
男というものは、歳を重ねると語尾に「な」とか「でしょ」とかをつけがちである。
はじめてのパパ(仮名:タカシ)と会うとき、私は髪を一段階明るく染めた。彼のプロフィールに「若い子と話したい」と書いてあったからだ。
彼の期待に応えるのが、この仕事の八割を占める。
一日目。
六本木にてパフェを食す。
タカシ氏、開口一番「写真、盛れてるね~」と言う。盛ってないとは言わぬ。だが真実ではないとも言えぬ。
金銭の授受はスマートであった。食後に封筒を手渡され、「今日はありがとう、またね」と。
ありがとうで封筒がもらえるなら、世の中の「努力」は何だったのかと少し思う。
二日目。
表参道にてランチ。前回のパパがLINEを未読無視したため、新規開拓を余儀なくされる。
新パパ(仮名:ヨウイチ)、食事中ずっと自分語り。
「こう見えて、昔はバンドやってたんだよね」
見えてない。今は会社役員であるらしい。
バンドとパパ活に何の関係があるのかと問いたいが、そういう問いは不成立の世界線である。
封筒、厚め。語りの報酬としては悪くない。
三日目。
雨。パパなし。
コンビニで自分の顔が載ったアプリの通知を見て、ふと悲しくなる。
私の存在は誰かの「若さの証明」のための道具らしい。
自分の価値が、目尻のシワの有無で測られる側だとは、十年前の私も思わなかったろう。
ポン酢を買って帰る。今日は家で豆腐を食べる。
四日目。
旧パパから「会いたい」と連絡。あら不思議、今さら。
都合のいい女とは、都合のいいタイミングで都合のいい存在として呼び出される生き物である。
でも、私もそれに都合よく応じているので、五分五分である。
「五分五分の関係」って書くと、なんだか人間関係っぽい。不思議である。
―――
パパ活女子が日記を書くなら、きっとこんな風になる。
でもこれは、実在の誰かではない。
私ではない。
これは、「若さ」を消費する社会に対する観察記録である。
あるいは、ただの言い訳である。
言葉で自分を正当化するための、文学という仮面をかぶった逃避行動。
それを君たちは「私小説」と呼ぶらしい。
お好きにどうぞ。
パパ活女子がすなる日記 坂口内野手 @galigalialice
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