第24話

# 第24話 『旅路の邂逅』


東の空が白みはじめた頃、私たちは村の東門を出発した。リュウキは体力が戻り始めていたが、まだ長時間の歩行は難しく、村から借りた小さな荷車に乗せることにした。アイラは薬草と食料を詰めた背負い袋を肩に掛け、私は「ブルーリターン」と観察者から得た制御装置を携えていた。


「ウィロウ村を出るのは久しぶりね」アイラが朝日に照らされた村の外壁を振り返った。


「神経質になることはない」村長が私たちに付き添って村の境界まで来ていた。「アイラは過去に薬草採集で何度もこの周辺を探索している。それに、カイトがついているだろう」


「はい」アイラは頷いた。「すぐに戻ってきます」


「無理はするな」村長は私たちに手を振った。「リムリアの谷は神聖な場所だ。敬意を持って近づくように」


私たちは村長に別れを告げ、東の山々へと向かう道を進み始めた。地図によれば、リムリアの谷はウィロウ村から東へ一日強の道のりだ。順調に行けば明日の昼頃には到着できるだろう。


「感謝している」リュウキが荷車からアイラに声をかけた。「こんな迷惑をかけているのに、付き添ってくれて」


「気にしないで」アイラは優しく微笑んだ。「あなたの回復が第一よ」


「カイト...この荷車、悪いな」リュウキが私を見上げた。


「大丈夫だ」私は荷車を引きながら答えた。「それに、アイラが同行してくれたおかげで、俺たちだけなら絶対に持ってこられなかった高級食料も楽しめる」


「まあね」アイラは少し照れた様子で笑った。「でも、これでも簡単なものばかりよ。村で作ったパン、チーズ、干し肉と、保存のきく野菜だけ」


朝の涼しい空気の中、私たちは会話を交わしながら歩いた。リュウキの体調は安定しており、観察者の制御装置は効果を発揮しているようだった。村から東に伸びる道は次第に細くなり、やがて森の中へと入っていった。


正午頃、小さな渓流のほとりで休憩することにした。アイラは手際よく簡単な食事を用意し、リュウキは少し歩いて足を伸ばした。


「制御装置はどう?」私はリュウキの様子を確認した。


「効いている」彼は胸の断片に手を当てた。「声も弱まったままだ。ただ...たまに何かが強く引っ張られるような感覚がある。リムリアに近づくにつれ、その感覚が強くなっている気がする」


「谷と断片が共鳴しているのかもしれないな」


「カイト」アイラが地図を広げながら私を呼んだ。「このまま東に進むと、ここで山道に入るわ。少し険しくなるけど、それが最短ルート」


地図を見ると、確かにリムリアの谷へは山を越えていく必要があった。しかし、荷車を引きながらの山道は難しい。


「迂回路はないのか?」


「あるわ」アイラは地図の南側を指さした。「こちらの森の中を通れば、緩やかな道があるの。でも半日ほど遠回りになるわ」


「時間はあまりない」リュウキが言った。「装置の効果は三日しか持たないんだろう?」


「それなら山道だな」私は決断した。「荷車は...ここに置いていこう。リュウキ、少し歩けるか?」


「ああ、大丈夫だ」リュウキは立ち上がった。「少し休んで体力が戻ってきた」


「それなら、荷物を分けて背負おう」


荷車から必要なものだけを取り出し、三人で分けて背負い、再び出発した。森を抜けると、目の前に岩がちな山の斜面が現れた。風が強くなり、空には雲が広がり始めていた。


「天気が崩れそうね」アイラが空を見上げた。


「急ごう」


山道は予想以上に険しく、時折立ち止まって休憩を取る必要があった。リュウキは黙って歩き続けていたが、顔色が少し悪くなってきていた。


「無理するな」私は彼に水筒を渡した。「少し休もう」


「ありがとう」彼は水を飲み、岩に腰掛けた。「なんだか...頭がクラクラする」


アイラが彼の額に手を当てた。「熱はないわ。でも、疲れているのね」


突然、リュウキが身を固くした。「誰かいる...」


私たちは周囲を見回したが、人の姿は見当たらない。


「何を感じたんだ?」


「断片が...反応している」リュウキは胸に手を当てた。「近くに...似た力がある」


その瞬間、山道の上方から足音が聞こえてきた。私は反射的に「ブルーリターン」を手に取り、リュウキとアイラを守る位置に立った。


足音の主が姿を現したのは、岩の陰から出てきた一人の女性だった。30代半ばといったところか、長い黒髪を風になびかせ、シンプルな旅装束に身を包んでいる。背には弓と矢筒を背負い、腰にはナイフを下げていた。


彼女は私たちを見ると、立ち止まり、不思議そうな表情を浮かべた。


「こんにちは、旅人たち」彼女は穏やかな声で言った。「珍しいわね、この山道を通る人は」


「こんにちは」私は武器を下げず、警戒を解かなかった。


女性はリュウキをじっと見つめ、それから私に視線を移した。彼女の目には奇妙な理解の色が浮かんでいた。


「あなたたち...転移者ね」


その言葉に、私とリュウキは驚きを隠せなかった。


「あなたは...?」


「ええ、私もよ」彼女は微笑んだ。「ミーナ・トレイン。15年前にここに来たわ」


「あなたが転移者?」リュウキが立ち上がった。「俺は核の断片の中であなたのことを見た気がする」


「そう、私のことを?」ミーナは興味深そうに近づいてきた。「あなたは...核の断片を持っているのね」


「ええ、そうなんです」リュウキは胸元を示した。


「だから私は引き寄せられたのね」ミーナは静かに言った。「私もかつて断片と関わりがあったの。でも今は...」


「今は?」


「手放したの」彼女は首にかかっていた小さなペンダントを取り出した。青い石が埋め込まれた銀のペンダントだ。「断片のエネルギーの一部だけを、これに閉じ込めたの」


私は警戒を解き、武器を下げた。転移者同士の出会いには何か運命的なものを感じる。


「私はカイト。こちらはリュウキ、そしてアイラだ」


「どうして山の中にいるんですか?」アイラが尋ねた。


「この近くに住んでいるの」ミーナは答えた。「山の反対側に小さな小屋を持っているわ。狩りと薬草採集で生活しているの」


「一人で?」


「ええ」彼女は遠くを見つめた。「人々から離れて暮らす方が...平和だから」


「リムリアの谷に行くところなんです」リュウキが言った。「核の断片の力を制御する方法を探しに」


ミーナの表情が変わった。「リムリア?なぜその名を知っているの?」


「『星渡りのヴァレン』の記録からです」


「ヴァレン...」彼女は懐かしむように名前を繰り返した。「彼の記録が残っていたのね」


「あなたはヴァレンを知っているの?」アイラが驚いて尋ねた。


「直接会ったことはないわ。彼は私が来る前に去ったから。でも、彼の残した痕跡を追ってきたの」ミーナは説明した。「私も断片の力に苦しんだ時期があって、その解決法を探していたの。それでリムリアにたどり着いた」


「つまり、あなたも谷で力を制御する方法を見つけたんですか?」リュウキの目が希望に輝いた。


「ええ、ある程度は」ミーナは頷いた。「でも、完全な解決ではなかったわ。私は結局、断片のほとんどを手放すことを選んだの」


「手放す?どうやって?」


「リムリアの谷には古代文明の遺跡がある。そこには装置があって、核の力を分離することができるの。でも...それは選択肢の一つにすぎないわ」


ミーナの話は貴重な情報だった。彼女は私たちを見て、決断を下したようだった。


「夕方になるし、雨も近いわ。良かったら私の小屋まで来ない?そこで休んで、明日リムリアに向かうといいわ」


私たちは一瞬顔を見合わせた。見知らぬ転移者を完全に信頼するのは難しい。しかし、彼女の目には誠実さがあり、何より核の断片について知識を持っているようだった。


「お願いします」リュウキが言った。「力の制御について、もっと教えてください」


「ありがとう」私も頷いた。「案内してもらえると助かる」


ミーナは微笑み、山道の先を指さした。「こっちよ。あと1時間ほどで着くわ」


私たちは彼女の後を追って山道を登り始めた。リュウキの表情には安堵の色が見えた。同じ経験をした人物に出会えたことで、希望が湧いてきたのだろう。


「ミーナさん」アイラが追いつきながら尋ねた。「ずっとここで一人で暮らしてるの?」


「ええ、8年ほどになるわ」ミーナは足を止めずに答えた。「最初は王都近くの村に住んでいたの。でも、そこでは...色々あって」


「観察者に追われていたの?」


「いいえ、彼らは私に興味を失ったようだった。私の『特異性』はあまり強くなかったから」彼女は少し自嘲気味に言った。「私は『感情増幅』という能力を持っていた。相手の感情を増幅させる力よ。でも、それは時に危険で...制御できないこともあった」


「だから人から離れて暮らすことを選んだ?」私は察した。


「そう」彼女は頷いた。「それに、山には必要なものが全てあるわ。食べ物、水、静けさ...」


山の稜線に近づくにつれ、風が強くなってきた。リュウキは少し疲れた様子だが、何とか歩き続けていた。アイラが彼を支え、彼の体調を気にかけるのを見て、ミーナが微笑んだ。


「あなたたちは良い仲間ね」


「彼は私たちの大切な友人です」アイラは答えた。


「それが力を制御する一番の助けになるわ」ミーナは真剣な表情で言った。「一人では、断片の力に飲み込まれてしまうから」


ようやく山の頂に着くと、反対側には優美な渓谷が広がっていた。緑豊かな木々が斜面を覆い、その間を縫うように小川が流れている。渓谷の底には霧がたちこめ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「あれがリムリアの谷」ミーナが指をさした。「明日の朝、あそこに向かうわ」


確かに谷の中心部から、かすかな青い光が漏れているように見えた。それはリュウキの胸の断片の色と似ていた。


「断片が...響いている」リュウキが呟いた。「あそこに...何かがある」


「感じるのね」ミーナは頷いた。「それは良い兆候よ。断片があなたを導いている」


山を下り始めると、小さな小道が木々の間を通っていた。程なくして、岩と木で作られた小さな小屋が見えてきた。周りには小さな畑と、薬草が整然と植えられた庭がある。


「ここが私の家よ」ミーナが扉を開けた。「質素だけど、休むには十分だわ」


小屋の中は思ったよりも広く、きちんと整理されていた。中央には囲炉裏があり、壁には様々な植物や動物の素描が飾られている。そして、最も目を引いたのは部屋の隅にある小さな祭壇だった。そこには青い石のかけらが、水晶の容器に収められていた。


「あれは...」


「ええ、私が手放した断片の一部よ」ミーナは説明した。「完全には離れられなかったの。だから、一部だけ残して、他は谷に返した」


彼女は私たちに座る場所を示し、囲炉裏に火を起こし始めた。外では、予報通り雨が降り始めていた。木の屋根を叩く雨音が心地よく響く。


「タイミングが良かったわね」ミーナは微笑んだ。「さあ、お腹が空いているでしょう。何か作るわ」


アイラが立ち上がった。「お手伝いします」


二人は囲炉裏の傍らで、持ってきた食材とミーナの蓄えを使って食事の準備を始めた。私はリュウキと共に部屋の中を見回した。


「あれは...」リュウキが壁に掛けられた地図を指さした。


それは王国全体を描いた大きな地図で、いくつかの場所に赤い印が付けられている。私が近づくと、それらの場所には小さなメモが書き添えられていた。


「『核の痕跡』『転移者の足跡』『観察地点』...」


ミーナが振り返った。「あら、私の研究に興味があるの?」


「これは...」


「私なりの調査よ」彼女は言った。「この15年間、転移現象や核について調べてきたの。謎が多すぎるから」


「何か発見はあった?」リュウキが尋ねた。


「いくつかね」ミーナは頷いた。「特に王国南部の地下遺跡は興味深いわ。そこには古代文明の記録があって、核の起源について言及しているの」


「王国南部...」リュウキが私を見た。「リムリアの後に行くべき場所だ」


「そう、知っているのね」ミーナは驚いたように言った。「そこにはもっと大きな断片があるという噂もあるわ」


私たちは食事の間、ミーナから多くの情報を得た。彼女は15年間、単に生き延びるだけでなく、積極的に転移現象を研究してきたようだった。彼女の話によれば、この世界に転移者が現れ始めたのは約1000年前からで、最初は数百年に一人という稀な出来事だったが、近年急速に増加しているという。


「特に最近の20年間で、転移者の数は急増しているわ」ミーナは言った。「何かが変わったの。観察者たちの実験が新たな段階に入ったのかもしれない」


「観察者たちとは接触があるのか?」私は尋ねた。


「直接は何年もないわ」彼女は首を振った。「でも、彼らは私を見ているはず。たまに、この山を青い光が飛んでいくのを見るもの」


食事を終え、雨が強く降る中、囲炉裏を囲んで座った。ミーナは薬草茶を淹れ、私たちに渡した。


「リュウキ」彼女はリュウキに向き直った。「明日、リムリアで何が起こるか話しておきたいわ」


「お願いします」


「谷には古代文明の遺跡がある。おそらく核を作った文明のものよ」彼女は説明した。「その中心に『共鳴の間』と呼ばれる部屋があるの。そこでは断片と対話することができる」


「対話?」


「ええ、より直接的に。断片の中の意識、記憶と触れ合うことができるの」ミーナは真剣な表情で続けた。「そこで二つの選択肢に直面するでしょう。断片の力を受け入れて完全に融合するか、それとも一部を手放して自分の意識を保つか」


「断片と完全に融合するとどうなるんだ?」私は尋ねた。


「それはわからないわ」ミーナは正直に答えた。「私は怖くて選べなかった。だから一部を手放す道を選んだ。でも...」


「でも?」


「私が知っている限り、一人だけ完全融合を選んだ転移者がいるわ。エティという女性」


「エティ!」リュウキが声を上げた。「彼女の声が断片から聞こえる!」


「そうなの?」ミーナは驚いた。「彼女は伝説の存在よ。完全融合を果たし、観察者たちさえ制御できなくなった人。彼女は『例外事象』と呼ばれ、封印されたと聞いているわ」


「でも、彼女の意識はまだ生きている」リュウキは胸に手を当てた。「彼女は...何かを成し遂げようとしている」


「それは危険かもしれない」ミーナは懸念を示した。「エティは強大な力を持っていた。彼女の目的が何なのか、誰にもわからない」


「選択は自分で下さなければならないのね」アイラが静かに言った。


「そう」ミーナは頷いた。「それがリムリアの本質。自分自身との対話の場所なの」


雨は夜になっても降り続け、私たちはミーナの小屋で一夜を過ごすことにした。彼女は中央の部屋を私たちに提供し、自身は小さな別室で休むと言った。


布団に横になりながら、私はミーナの話を思い返していた。彼女は転移者として15年も生き延び、独自の道を切り開いてきた。それは私たちにとって、一つの希望であり、可能性を示していた。


「カイト...」リュウキが小声で呼んだ。「明日、どちらを選ぶべきだと思う?」


「それは君自身が決めることだ」私は正直に答えた。「だが、自分を見失わないでほしい。君はまず『リュウキ』であり、その後に『転移者』や『核の担い手』だ」


「わかった...」彼は横になり、じっと天井を見つめた。「でも、あの声が何を伝えようとしているのか知りたい」


「明日、分かるさ」


窓の外では雨がようやく小降りになり、雲の間から月光が漏れ始めていた。ミーナの小屋は静寂に包まれ、私たちは明日の試練に備えて眠りについた。


リムリアの谷で、リュウキはどんな選択をするのだろうか。そして、それは私たちの旅にどんな影響を与えるのだろうか。


明日が来れば、全てが明らかになる。

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『青き改変者 ~交渉術で異世界を駆け上がる~』 七雲 涼 @rairamystar

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