第23話

# 第23話 『迫る選択』


リュウキが意識を取り戻してから二日目の夜、不吉な予感に目を覚ました。窓から見える月は不自然なほど青く、空気が重く感じられる。何かが起ころうとしている。


ベッドから起き上がり、リュウキの部屋をのぞくと、青白い光が戸の隙間から漏れていた。


「リュウキ?」


返事はない。そっとドアを開けると、部屋の中は異様な光景だった。リュウキはベッドの上で半身を起こし、両目を見開いたまま虚空を見つめている。彼の胸の断片が強く脈動し、周囲の空間がわずかに歪んでいた。


「リュウキ!」


駆け寄ると、彼の表情は苦痛に歪み、額には冷や汗が浮かんでいた。指先から青黒い炎が漏れ出し、シーツを焦がしている。


「カイト...断片が...また...」彼は歯を食いしばりながら言った。「声が...戻ってきた...」


急いで神殿から得た断片を取り出し、リュウキの胸の断片に近づけた。二つの断片が反応し、光の強さが増す。一時的な安定効果はあるが、以前ほど効果的ではないようだ。


「何が起きた?急に悪化したのか?」


「わからない...夢を見ていた...」リュウキは息を切らしながら話した。「核が...呼んでいる...何かが目覚めようとしている...」


彼の言葉が途切れた瞬間、部屋の温度が急激に下がり、窓ガラスに霜が走った。リュウキの体から放出されるエネルギーが周囲の物理法則を歪めている。


「我慢しろ、リュウキ」私は彼の手を握った。「【現実改変】で助けられないか...」


私は集中し、【現実改変(微小)】の力を使って、リュウキの周囲のエネルギーの流れに干渉しようとした。一瞬は効果があったが、すぐに断片のエネルギーが私の力を押し戻した。


「だめだ...強すぎる...」


リュウキの体が浮き上がり始め、彼の目からは青い光が漏れ出していた。部屋の中の小物が宙に浮かび、回転し始める。


「リュウキ、俺の声が聞こえるか?自分を見失うな!」


「カイト...俺は...」


突然、彼の声が変わった。まるで複数の声が重なったような、奇妙な響きになった。


「**時が来た。扉が開こうとしている**」


それは明らかに断片からの声、あるいは断片の中の誰かの声だった。


「何の扉だ?」私は問いかけた。「リュウキに何をしている?」


「**彼は容器にすぎない。核の力を受け入れる資格を持つ者。だが、まだ準備は不十分だ**」


「彼を解放しろ!彼はただの子供だ!」


「**子供ではない。勇者だ。選ばれし者だ。転移者の中でも特異な存在だ**」


リュウキの体から青い炎が渦を巻き、天井に向かって伸びていく。家全体が揺れ始めた。


「カイト!何が起きているの?」アイラが部屋に駆け込んできた。


「下がれ!危険だ!」私は叫んだ。


アイラは恐怖に目を見開きながらも、動じずに近づいてきた。「彼を助けなきゃ!」


「どうすれば...」


その時、部屋の空間が歪み、青白い光の中から一つの人影が現れた。高位観察者だ。


「予測通りの展開だ」高位観察者は静かに言った。「核の断片がついに活性化を始めた」


「何が起きている?」私は詰め寄った。「彼を助けろ!」


「それは君次第だ」高位観察者は冷静に答えた。「リュウキの体内の断片は完全な覚醒を始めている。このままでは彼の意識は核に飲み込まれ、新たな存在になってしまう」


「それを止める方法は?」


「二つある」高位観察者は指を立てた。「一つは、彼から断片を強制的に取り出すこと。それには我々の特殊技術が必要だ。だが、その場合彼の生存率は50%を下回る」


「そんな...」アイラが息を呑んだ。


「もう一つは?」


「ヴァレンが残した方法だ。リムリアの谷で断片との融和を図る。だが、今の彼の状態で谷まで持つかどうか...」


高位観察者の言葉は途中で切れた。リュウキの状態がさらに悪化し、部屋中のものが砕け始めた。アイラは恐怖に声を上げた。


「決断の時だ、カイト」高位観察者が言った。「我々の施設に彼を連れて行き、断片を取り出すか。それとも危険を承知でリムリアへ向かうか」


これは単なる選択ではない。観察者たちの施設に行けば、彼らの思うままになる危険がある。だが、リムリアまでの道のりはリュウキの状態を考えれば命懸けだ。


「交渉させてほしい」私は決意を込めて言った。「観察者たちの施設ではなく、別の場所で断片を安定させる手段を提供してもらえないか」


高位観察者は一瞬沈黙し、考え込んだ。


「興味深い提案だ」彼はついに言った。「我々には携帯型エネルギー制御装置がある。それを使えば、リムリアへの旅の間、彼の状態をある程度安定させることができる」


「代わりに何を望む?」


「協力だ」高位観察者はストレートに答えた。「断片の研究データを共有してほしい。君たちがリムリアで何を発見し、どのように断片を制御するかを報告してほしい」


「スパイになれというのか?」


「情報提供者だ」高位観察者は訂正した。「我々も核の全てを理解しているわけではない。ヴァレンの方法が本当に有効なら、それは貴重なデータになる」


リュウキの苦しむ姿を見て、決断を迫られていることを感じた。


「わかった。情報は共有する。ただし、リュウキの安全が第一条件だ」


「合意した」高位観察者は手を翳し、小さな六角形の装置を出現させた。「これを断片に近づければ、エネルギーの放出を抑制する。完全な解決ではないが、リムリアまでの猶予にはなるだろう」


装置を受け取り、リュウキに近づく。金属のような質感だが、触れると生温かく、かすかに脈動している。


「リュウキ、これで楽になるはずだ」


装置を彼の胸の断片に近づけると、青い光が一瞬強まった後、徐々に弱まっていった。リュウキの体が再びベッドに横たわり、浮いていた物体が床に落ちた。彼の表情から痛みが消え、呼吸が整ってきた。


「効いている...」


彼の意識も戻ってきたようだ。混乱した様子で周囲を見回している。


「カイト...何が...」


「後で説明する。今は休め」


高位観察者は静かに状況を観察していた。


「装置の効果は限定的だ」彼は警告した。「せいぜい3日間ほどしか持たない。それまでにリムリアに到着し、真の解決策を見つける必要がある」


「そんな...明日すぐに出発するべきね」アイラが心配そうに言った。


「ああ」私は頷いた。「準備を整えよう」


高位観察者は私に近づき、小声で言った。「彼の中の断片は特別だ。通常の核の断片よりも活性度が高く、意識の残滓も強い。我々の予測を超えている」


「意識の残滓...エティという転移者のことか?」


高位観察者の目が驚きに見開かれた。「彼が見たのか...興味深い」


「彼女は何者だ?」


「最も成功した転移者の一人であり、最も危険な存在でもあった」高位観察者は言った。「彼女の意識が断片と融合したとき、全ての『システム』が一時的に機能不全を起こした。我々は彼女を封印したが...完全には消えなかったようだ」


「彼女はリュウキを通して何かを成し遂げようとしているのか?」


「可能性はある」高位観察者は慎重に言った。「それゆえ、我々はこの事態を注視している。リムリアでの進展を報告してほしい理由もそこにある」


「理解した」


高位観察者は去り際に、最後の言葉を残した。「君たちの選択を尊重する。しかし覚えておいてほしい。核の力は単なるエネルギーではない。意思を持つ存在なのだ」


彼の姿が青い光に包まれて消えると、部屋には重い静寂が残った。


アイラは震える手でリュウキの額の汗を拭いた。「本当に彼は大丈夫?」


「わからない」正直に答えた。「だが、彼を助けるためにできることはする」


リュウキは穏やかに呼吸しているが、まだ完全に意識が戻っていないようだった。胸の断片の光は弱まり、制御装置が効果を発揮しているようだ。


「カイト...」アイラが静かに言った。「あれが高位観察者?あなたの話に出てきた存在?」


「ああ。彼らは転移者を監視し、実験している」


「怖い存在ね...」アイラは震えた。「でも、彼らを利用することに危険はないの?」


「危険はある」私は認めた。「だが、今はリュウキを助けることが先決だ。観察者との駆け引きは後回しにしなければ」


室内を片付け始める。幸い、村人たちが気づく前に事態は収まったようだ。


「明日の準備をしよう」私は言った。「食料、水、地図...必要なものを集めないと」


「私も行くわ」アイラが突然言った。


「何?」


「リムリアの谷まで一緒に行く」彼女は決意を固めたように言った。「薬草の知識が必要になるかもしれない。それに...彼の看護もできる」


「危険だぞ。核の力は予測不能だし、観察者たちも関わっている」


「わかってる」彼女は真剣な目で見つめた。「でも、一人で彼を運びながら旅をするのは無理よ。それに...」


彼女は少し躊躇い、続けた。「私も、この村の外を見てみたいの。ずっと思ってたことなの」


その決意の強さに、反論の言葉が見つからなかった。


「わかった。でも、最初の異変が起きたら村に戻ってもらう」


アイラは頷いた。「約束するわ」


夜が更けていく中、私たちは旅の準備を始めた。アイラは薬草や包帯、食料を集め、私は武器や道具を整えた。リュウキは眠りについており、六角形の装置は彼の胸の傍らで静かに光っていた。


窓の外では、村が静かな夜の闇に包まれていた。明日の旅立ちで、この平和な日々とはしばらく別れることになる。そして、リムリアの谷で何が待っているのか、誰にもわからない。


「転移者たちの記憶」「観察者たちの思惑」「核の断片の謎」...それらが全て交錯する場所へと、私たちは向かおうとしていた。


夜明け前、再びリュウキの様子を確認すると、彼は目を覚まし、窓の外を見つめていた。


「気分はどうだ?」私は彼のそばに座った。


「良くなった」彼は弱々しく微笑んだ。「あの声が...小さくなった。でも、まだ聞こえる。何かが迫っているという感覚が...」


「装置が効いているようだな。だが、長くは持たないらしい。明日、リムリアの谷に向かおう」


「わかった」彼は頷いた。「カイト、あの声が本当に言いたいことがあるって感じるんだ。だけど、クリアには聞こえない。リムリアで...真実が見えるかもしれない」


「核の断片が...私たちに何を教えたいんだろうな」


「教えたいというより...示したいのかも」リュウキは遠くを見るような目をした。「何か大きなことが...始まろうとしている。核の断片は、その一部なんだ」


朝日が窓から差し込み始め、新しい一日の始まりを告げていた。今日が準備の最終日。そして明日、私たちは未知の旅へと出発する。


リムリアの谷で、全ての謎が解けるのだろうか。それとも、新たな謎が待ち受けているのだろうか。


いずれにせよ、時間は迫っていた。

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