処方箋でやってきたドSメイドに罵倒されて身も心も健康になっちゃう話

木圭山鳥

第1話 処方されたのはメイドでした

 気が付いたら病院の知らない部屋の知らないベッドに横たわっていた。

 ここはどこだろう。周囲を見渡す。

 白を基調としたシンプルな部屋だ。自分が横たわるベッドはカーテンに覆われ、なんだか清潔感のある空間らしい。

 横を見ると、窓の向こうにきれいな青空と太陽。


「11時半⁉」


 太陽の位置で大体の時間が分かる。僕の特技だった。

 とにかくまずい。こんな時間まで寝ていたとか、またドヤされる。僕の勤める企業はとても厳しいんだ。

 とっさに体を起こし、ベッドから降りようとする。

 しかし体が言うことを聞かず、そのまま床にばたりと倒れてしまった。


 シャー。カーテンが動き、看護師さんが姿を見せる。音を聞きつけてやってきたのだろう。ローアングルから見上げるナース服は、なんだか煽情的に見えた。


「江ノ島さん、意識が戻ったんですね。とりあえず、ベッドで横に」


「仕事に……、仕事に行かないと!」


「落ち着いてください、江ノ島さん」


「怒られる、殴られる、フォークリフトで高いところに放置される!」


「落ち着いてください、江ノ島さん」


「電ノコで断髪される、コンテナに詰められて不法入国させられる!」


「落ち着いてください、江ノ島さん」


「わかりましたよ、落ち着きますよ! でも落ち着いたことで僕の臓器が闇市に流されたらちゃんとドナー探してくださ」


 パァン!


「黙れ、落ち着け、江ノ島修二」


 ビンタされた。痛い。でも慣れたもの。


「ぶったね、親父にもぶたれたことないのに。まあ職場では毎日ぶたれてるけ」


 パァン! パァン! パァン!


 顔が爆ぜるようなビンタの連撃。まずい、次を食らったら鼓膜が破れる。


「これが最後。黙れ、落ち着け」


「はい」


 僕は落ち着いた。音が聞こえないと電話に出れなくて怒られるからね。耳が聞こえなければ怒られても聞こえないだろって? 僕の上司、手話と顔芸でも罵倒してくるんだよね。


   *


 その後、やってきた年老いた男性医師は僕がここにいる事情を離した。

 どうやら僕は勤務先の大型倉庫で作業中にぶっ倒れ、その状態で空調のない蒸し蒸し空間に二時間以上放置され、郵便配達に来た人が偶然気づいて救急車を呼んでくれて、病院へ運ばれたらしい。なお運ばれてから五十時間ほど意識が回復しなかったのだとか。後遺症が残らなかったのは奇跡に近いらしい。

 とりあえず確認するべきは、


「今から仕事に復帰しても大丈夫ですか?」


「死にてぇのか?」


 口の悪い医者だった。眉がくっつく勢いで寄っていて、こちらを見る目は攻撃的。なんでキレてんだこの人。医者って高圧的な人が多いんだよな。


「お前、会社に殺されかけたの! なんでそこに行くの? 馬鹿なの? 馬鹿でしかないの? 何がお前をそこまで労働に駆り立てるの?」


「だって僕がいないと会社が困るから」


「ちっ」


 医者が舌打ちした。なんてやつだ。レビューに『舌打ちをする最低の医者がいる』って書いてやる。


「わーったわーった、退院していい。一秒でも早く病院から失せろ」


「わかりました! じゃあ働き――」


「仕事は明日からにしろ。手続き上今日働かれるとまずい」


「……わかりました」


 まあ復活したてだ。今日ぐらいは休むとしよう。


「先生。お言葉ですが、彼はまだ」


「構わねぇ。ただし、あれを処方する。見たところ、こいつはいろんなものが最悪だ。ちょうどいいじゃねぇか」


 医者&看護師がぶつぶつと話している。

 処方が堂とか言っていたけど、何かいい薬を出してくれるのだろうか。助かる。


   *


 薬局へ行き、出された処方箋を窓口へ出した。


「こちらは……、少々お待ちください」


 指示に従い、待ち合いのソファで待つこと数分。

 ……。

 遅いな。こんなにかかるものかな?

 というか、変だ。僕より後に受付を済ませた人の方が先に薬を受け取っているし。

 もしかして、忘れられてる?

 あったな。みんなでご飯を食べに行ったら、僕の注文だけ出てこなくてみんな食べ終わって、一人何も食べられなかったこと。結局あれ、注文をまとめてしてくれた人が僕の分を言い忘れていたんだったっけ。

 なんて考えていると薬剤師さんがやってきて、言った。


「お待たせしました。こちらが今回処方のものです。どうぞー」


 目を疑った。

 疲れてるのかと思ったけど、疲れてるからこうなってるわけで、いやいやそうじゃなくて。


「うぃーす」


 カウンターに置かれたのは薬ではなく尻だった。

 というか、人が行儀悪くカウンターに腰掛けていた。

 しかも美少女。ぱっと見二十歳ぐらいかな。しかもメイド服を着ている。

 処方箋出したら、美少女メイドが出てきた。

 なぜ?


「どーも、トーキョー家政の生活改善メイド、アメちゃんです。あ、アメちゃんってのは本名じゃなくて、仕事んときの名前ね。なんかいっつも飴舐めてたら、そう呼ばれるようになった感じ。とりあえずよろしくね、ご主人様ー」


 あまりにもやる気がなさそうに言うアメちゃんとやら。ダウナー系らしい。

 しかし大事なのはそこではない。

 僕は薬剤師さんに尋ねる。


「僕は薬の処方箋を出したはずですが」


「はい。ですので、腐って終わった生活を直すための薬として、住み込みで生活改善をしてくれるメイドさんが処方されたというわけです」


「しれっと僕の私生活を終わらせないでくれません?」


「ご主人様さぁ、ブラック企業で働いてぶっ倒れて死にかける私生活って終わってるよ?」


 アメちゃんが割り込んできて、事実陳列罪してくる。


「そもそも君はいいの⁉ こんな冴えない独身男性を五初旬様呼ばわりして、薬役で住み込みだなんて! 昨今のエロゲヒロインでももうちょっと嫌がるよ?」


「給料いいから。あと、結構この仕事楽しいし」


「ダウナー系に見えて、意識が高い!」


「てか何なのおっさん? 死にかけのところ医者に救われて、命の恩人が処方した薬拒否るとかないからね? てか若い女がお薬で出てきた時点で喜べし。どーせ彼女ができたこともない童貞なんでしょ?」


 アメちゃんはギロリと睨んでくるが、僕は負けじと言い返す。


「童貞だから拒否ってるんだよ! もし僕に彼女ができて家に来た時に君を見て『え、若い女にメイド服着せてるとかキモすぎて日本に要らないんだけど。土に埋まって栄養を地球に座れながら死ねば?』って言われたらどうするんだ!」


「はいはい、妄想乙。どーせ彼女できないから」


「そもそも僕が君を襲ったらど「殺す」回答が早い! でもきっと君が一つの命を葬るより早く、僕が新たな命をはぐくむぞ! 恥ずかしい話だけど僕は月十万円をAV、エロゲ、風俗、その他アダルトコンテンツに費やす変態なんだからな!」


「うるさい。てかここ薬局。周囲の人がドン引きしてるからそういう話題やめてくんない?」


「最初に僕が童貞だと言ったのはそっちじゃないか! そういえば言い忘れていたけど僕は消して童貞じゃなくて素人童貞だからな! ついでに年齢も二十九歳だからギリおっさんでもない!」


「どっちもどっちでもえーわ」


 淡々と聞き流してやがる……、このテキトーメイドめ。

 会話が途切れた瞬間を縫い、薬剤師がまとめに入った。


「ではでは江ノ島修二さん。改めまして、こちらはこの度処方されたトーキョー家政のスーパーメイドのアメちゃんです。あなたのゴミみてぇな私生活を改善してくれますのでぜひぜひ頼ってくださいね」


「ん、よろー」


「拒否しま」ドゥグシ!「えふぅ⁉」


 強烈な回し蹴りが鳩尾を刺した。ヤバイ、超痛い。


「拒否ったらぶつよ?」


「(もうぶってるじゃん。ていうか宣言通り、蹴るんじゃなくて)ぶってください」


 パァン! ぶたれた。


「あんた、ドMなの? ……キモ」


 近年まれに見る理不尽。さすがの僕でもここまでの経験はしたことがない。

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