Episode.4 お近づきになれたかな
(ファルカの大切な人はわたし。ってことは、ファルカは、私が好き……?)
すっかり甘い言葉に脳を溶かされた私は、ずっとその事を頭の中で反芻していた。その言葉を言われた日、夜は全く寝付けなかった。ずっと頭の中にあの時のことが残っていた。
翌日、今日は特別訓練がある日。明日は昇級試験がある。だから高等級にいる人が時間を作って、教官として来てくれるのだ。そして、1対1で丁寧に教えてくれる。
……少し心は落ち着いたものの、やはり集中が続かない。
「おーい、エスタくん? 生きてる?」
教官に思いっきり叩かれながら言われてようやく、私は意識が甘い世界から醒めた。
「す、すいませんっ」
(そうだ、練習しなきゃ……)
×
「よし、準備は整ったね。エスタくんの指導担当、アーディ=ルフトです!普段は前線維持とかしてるよ。よろしくねー」
「よろしくお願いします!」
優しそうな教官、もとい先輩で安心した。もし怖い人だったら…… 相当な時間無視してしまったようだったし、今頃命が消えていたかもしれない。
「じゃ、まずは技術からだね。一旦今のを見せてみて?」
頷いて、剣を構える。太陽光が銀色に反射して眩しかった。
「いい姿勢だね。じゃ、基本の技から見ようか」
この世界の剣術には、3つの基礎がある。私は呼吸を整えて、それらをこなす準備をした。
初めに、2連撃。剣を斜め下に振り下ろし、そのまま遠心力を活かして回転。そして__斜め上に振り上げ、強烈な一撃をお見舞する。
「悪くないね!綺麗に動けてるし、動きも早い」
2つ目に、ステップ。腕を伸ばして剣を構え、敵に飛びかかると同時に思いっきり横に振る__ これを繰り返す。火力より機敏さに寄った動きだ。
「うんうん、速いけどやっぱり力が足りないかな。最初のと合わせて補習確定!」
「そんな〜〜〜っ」
「強くなるためには仕方ないのだよ」
最後に、ガード。攻撃を防ぐには、全てを見切る動体視力、相手の心理を読む洞察力、細かい動きから次を予測する力が求められる。この基礎の訓練内容は、先輩の攻撃を受け切ること。
「じゃ、行くよ!死なないようにね」
「死な……えっ!?」
思ってもいなかった言葉が飛び出て動揺するも、これは先輩が私を思って言ってくれたのだろう。意識が変な方へ飛んでいかないように、と。
9連撃、裏取りが意識されたステップ。そして、何重にもフェイントがかけられた動作。人間がこなしているとは思えない、発展技が音速のような速さで繰り出された。
「防ぐの上手いねー!ここまでの子は初めてかも」
「ほんとですかっ!」
嬉しさで心が綻び、動きを止めたのもつかの間。先輩が私の首元に剣先を持ってきた。
「油断しちゃダメだよー?」
殺されるのかと思った。轟音で私の心臓が鳴り響いているのを、あの人は知らないのだろう。
「おーい?また意識どっか行ったの?」
「……びっくりしました」
「へへっ、ごめんね。こうしたら急に何か目覚めたりしないかなとか思って」
「私にそんなもの、ないと思いますけどね」
「意外と分からないよー? 同じことしょっちゅうするんだけど、1回あったんだよ」
「しょっちゅうって…… というか、そんなことあるんですね」
「うんうん。やっぱあれはたまたまか〜」
先輩の命懸けおみくじに付き合わされた私は、なんとも言えない気持ちになった。
「次に戦略立案!即興でどう動くべきか考えるやつだね」
「これは得意です!」
「ほほう、これが得意とは…… お主、なかなかやるな?」
「そうかもしれません」
「素直に認めてくれるのね」
先程までの緊迫した空気をほぐすように、ちょっとした会話を交えて訓練が始まった。この訓練の内容は、模擬戦投影装置…… 俗に言うVRを活かして行う。
夜10時くらいの暗さの、あまり見慣れない景色が目の前に広がった。
「まずはこの状況。高台に敵が6、うち知能持ちが1。私たちは崖下に7。君はどうする?5秒で決めて動いて見てね〜! ミスったら痛いぞ」
「脅さないでください……」
あの人は、人を上げて落とすのが好きなのだろうか。それはさておき、与えられた時間を最大限に活かして思考する。
そして、覚悟を決めて動いた。まずすべきことは、知恵持ちの敵を偽のゴールへと誘導すること。だから、相手からしたら思惑と対極になるように動く必要がある。
部隊を二つに分けた。陽動役と、裏取り。私含めた陽動役は、剣士3。そのうち2人が魔法を撃つ振りをする。懐中電灯の光を使って再現しながら、敵へゆっくりと近づいていく。
一部を除いて、魔道士が近接に弱いのは世の理だ。だから、知能持ちを"接近戦"という誤ったゴールへ誘導させることが出来る。しかし、そう甘くはないようだ。肩を赤黒い魔法が掠めた。
(遠距離持ちまで…… でもまあ、きっと上手くいく。)
まずすべきことは観察。すると、射線が二筋しか無いことに気づいた。これくらいなら、いける。
「この遠距離魔法は牽制用の罠! だから大丈夫! 突撃……っ!」
そう指示を述べて、私が最前線へ往く。魔法を使うはずの私が、全力で突撃。相手の戦略計算を大きく狂わせることが出来るはずだ。
すかさず、トランシーバで裏取り部隊に連絡を取る。
「潜伏してるかもしれない敵に気をつけて! もし発見したら、魔法で霧を焚いて暗殺!」
「了解した、ハンドラー」
あちら側の部隊には、身をくらませるのに長けた魔道士が1人いる。彼なら、気配を断って音もなく敵の喉を掻き切ることだってできるだろう。
(私は、囮。だけど、絶対に死ねない)
責任が重くのしかかる。模擬とはいえ、こんな重圧はかなり心にくる。
果てしなく広がる草原を、弾丸のように駆け抜ける。赤黒い魔力の塊が視界の端を掠め、私の後ろを焼け野原にする。そのたびに心臓が跳ねる。だが、それが相手の注意を自分に集中させている証拠。__これこそが、作戦の核。
裏取り部隊から連絡が届く。
「潜伏なし、そして知能持ちを発見。これより暗殺に取り掛かる」
息を呑む。上手くやってくれるだろうか。そう思ったが、どうやら杞憂だったらしい。
遠方に見える敵の姿は灰色の雲に変わり…… そして、紫色のピクセルへとなった。
「知能持ち殺害。……他の敵も処理しました」
「よくやった!!」
作戦が成功した嬉しさが込み上げてくる。
『作戦完了――想定敵、全滅。戦略評価:SS』
投影が溶けていく。そして、見慣れた訓練場の景色が見えるようになった。この橙色の照明が恋しく思えるなんて。
「……ふうっ」
すぐに肩を撫で下ろした。緊張の糸が解けていく。最高評価のSSをたたき出せるなんて、思ってもなかった。
「いやぁ、やるねぇ、エスタくん!」
拍手混じりに近寄ってきたルフト先輩は、ニコニコと笑いながら言った。
「いやあ、びっくりした。この等級の子がSS出してるところ、初めて見た」
「ありがとうございます!」
「戦術立案、多分私より上手だよ〜 もしあれだけが全部じゃなかったら、とか詰めようとしたのに。君はきっと…… そうだな。武力さえ上げれば、2等級くらいまで行ける」
「そんなにいけるんですか!? 全然届かないような気がするんですけど……」
「なるほど、足りないか。じゃ、補習追加で!」
「ええええええっ!?」
「冗談冗談」
その笑顔は、間違いなく悪意に満ちていた。
「SSなんて、私たち2等級の人でも滅多に出せないのに。即興であんなことできるなんて、すごいねえ」
「……嬉しいです」
「もっと素直になってくれてもいいのにな〜」
「先輩が裏切るからです」
「ごめんて」
この先輩、心から信用してもいいのだろうか。
×
「よし、訓練はおしまい!技術の補習と体力のことつもりだったけど、見てる感じ十分だね」
「ほんとですか!」
「やりたいならしてもいいよ?」
「遠慮しておきます」
「つれないなあ〜。 でもまあ、君の戦略立案の力があれば、足りないものを補い切れる」
先輩に私は、相当いい人材に映っているらしい。そして、先輩にバレないよう隠したが、この言葉が嬉しかった。"武力さえ上げれば、2等級はいける"__ 憧れのあの人に、近づけたような気がした。
「改めて、訓練お疲れ様!君にはいっぱい驚かされたね」
「私も先輩に驚かされました」
「許してよーー」
「悪気は…… ほとんどないんですから許してます」
「よかった!」
初めて会った頃のような、優しい先輩が帰ってきた。人はみな、場面場面で性格が変わるのだろうか。
「それじゃ、そろそろ帰るね〜 筋トレ頑張って!ムキムキエスタくんを楽しみにしてる」
「程々に頑張りますからっ」
そうして、嵐のような、春風のような先輩は去った。
(色々と、とんでもない人だったな…… というか、あの人2等級だったんだ)
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毎週 木曜日 18:00 予定は変更される可能性があります
きみのための命 Monaka @Rena04
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