Episode.3 たいせつな人

「ふっ、はっ、やあっ……!」

私は、1ヶ月後にある昇級試験に備えて剣技の訓練をしていた。次に待っているのは第6等級。


 いい成績を残せば第5等級に飛ぶこともできるが、そんなことが叶うのは上位0.01%の人間だ。私が半年でそんなに強くなるなんて、考えられなかった。


 剣を思うままに振るっていると、後ろから少し聞きなれた、震えた声が聞こえてくる。

「調子は、どうだい」

「ファルカさん……! おかえりなさい」

「ただいま。迎えてくれて嬉しいよ」

穏やかな笑顔を浮かべたファルカの表情は、私の心を鷲掴みにするには十分すぎるほどだった。


 彼女の衣装を見ると、破れた箇所や血痕、傷がいくつも見受けられた。身に稲妻が走ったような、とてつもなく痛そうな怪我の仕方だった。それなのに、彼女は弱音1つ吐かずに居た。

「任務、ほんとにお疲れ様です…… 大変でしたね」

「ありがとう」


ふと、彼女は黄金色に染まった空を見上げた。

「今日は、みんな守れたよ」

いつもより小さな声で、震えながら言う。きっと、今までに幾度となく仲間たちが目前で散った事を、相当気に病んでいるのだろう。


 私は、ファルカの気持ちを完璧に理解できない。そもそも戦争に赴いた数も少ないし、大切な人を失った経験だってほとんどない。


 彼女は星となったかつての仲間を仰いだ。まるで満天の空を見ているようだった。でも、流す涙の意味は違う。感動ではなく、数多の犠牲が生み出した、大きな悲しみ。私は、心の中でそっと黙祷した。できることはただそれだけだった。



「ごめんね、暗い空気にして。そういえば、さっきの剣の振り方、すごく良かった」

「本当ですか! 嬉しい……!」


ファルカは明るい空気にしようと、話題を私の話に変えてくれた。

「初めて会った時よりも、振る速度に力強さ... 色々と上達してる」

「頑張りましたからね!」

まさか褒めて貰えるとは思わず、テンプレートをコピーしたような返事しかできなかった。憧れの人からの褒め言葉って、こんなに嬉しいんだ。私の表情は酷く蕩けていただろう。


「ねえ」

「なんでしょう?」

「守りたい人でも、できたりした?」

図星を撃ち抜かれた。心臓が大きく跳ねる。……彼女は心でも読めるのだろうか。


「えっと、その、まだ私には守れないというか、なんというか」

「へえ、"守りたい人"はいるんだね」

「あんまりからわかないでくださいっ!」


焦る私を見て微笑んで言う。

「ごめんね、ちょっとやりすぎた。でもね、聞いて」

彼女の言葉に耳をよく傾ける。

「守りたい人ができた。誰かを救いたい__ そう思った時、不思議と私たち人間は強くなれるんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ、そうさ。私も守りたい人ができたから、今日は最前線にいても無事帰ってくることができた。__この命を削ってでも、守りたい人」


 雨粒のように彼女が零した本音。私にとっては、まるで豪雨の中にいるような感じがした。命を削って……? それに、大切な人って……?


 まずはひとつ、点と点が繋がった。彼女の稲妻のような傷跡、そして初めて会った日に、彼女が使った魔法。圧倒的な強さの裏には何かがある。それが、何かを代償にするものだとしたら__


「……そうなんですね」

それしか言えなかった私に、ファルカは温かい笑みを浮かべて言った。

「ああ。君と出会えてから私は変わったよ」

「えっ?」

「君のことだよ。私の、命を懸けても守りたい、大切な人」


 あまりにも突然過ぎて、脳みそが回らなくなった。驚きと、嬉しさと、私が大切って本当……? という気持ち。全てが複雑に絡み合って、何も分からなくなった。


「エスタ?」

「ひゃいっ」

「これからも、仲良くしてね」


そう言い残して、彼女は訓練所から身をくらましてしまった。


 彼女が立ち去ったあと、私はさっきよりも赤色が強くなった空を眺める。さやかな風が熱くなった頬を撫でる。いつの間にか、結構な時間が経っていたようだった。


 私は空に祈った。彼女を守れるくらい、強く、強くなれますように。まずは第6等級に、いけますように__


 甘い言葉に心を奪われて忘れていたが、私には彼女に聞かないといけないことができた。彼女の魔法、稲妻。まるで神が現れたかのような、あまりにも強大な力の秘密を。そして…… 聞くのは恥ずかしいが、どうして私を大切に思ってくれたのかを。

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