いずれ願わくば、3周目は貴方と共に

透々実生

不死者爆砕ロワイヤル

 ニューホーライ社製の不老不死薬が売り出されてから1600年。世界は様変わりし、すっかり様子がおかしくなった。

 無限の時間を持て余す様になった人類は、その時間を浪費して食から性から知識まで、ありとあらゆるモノを100年かけて貪った。それに飽きた人類は、次に時間を有効活用して食から性から知識まで、ありとあらゆるモノを1500年かけて追究した。

 そうして、老いも死も忘れて1600年。

 遂にやることのなくなった人類は、それでも刺激を求めた。永遠に満たされることはないと分かりながらも――否、、求めるのを止められはしなかった。

 不老不死の先に待ち受ける永遠という名の虚無を、誰も直視したくなかったのだ。

 そして更に200年――途方もないと言うには短い時を経て、刺激を求め続ける人類の今のトレンドは。


 暴力。


 殴り合い蹴り合い潰し合い抉り合う――尽きることなき命をふんだんに使った、苦痛と絶叫で彩られる、最強にして最狂の刺激的エキサイティングな娯楽だ。


          💀


 後楽園ホール。

 老朽化により1200年前に取り壊され、近年の暴力ブームの影響で再建された、暴客のメッカ。隠しきれぬ血の臭いと抑えきれぬ熱気に包まれたそこには、「やっちまえ!」「チャンプを潰せ!」「頭の中身ぶちまけろ!」という野蛮な野次が飛び交う。

 その野次の中心――決闘用リングに上がっているのは2人の男女。

 青コーナーチャレンジャー獣野けだもの乱怜みだれ。地雷メイクにツインテール、ゴスロリ衣装の可愛らしい少女であるが、鍛え抜かれ改造し尽くされた体で、なみいる強者を屠ってきた、今大会無敗の女でもある。

「やっと辿り着いたぜ――ずっとテメェと闘いたかったんだ!」

「……そりゃ、どうも」

 後頭部を掻きながら無気力そうに応えるのは、赤コーナーチャンピオン。本名は不明で本人も明かそうとしない。が、世間の方も本名を必要としなかった。『チャンプ』と言えばこの男を指すのは自明の理だからだ。

 そう――チャンプは無敗。

 そんな彼に勝つことがいつしか、この暴客のメッカに集うイカれ者達の共通目標となっていた。

《さァ注目の決勝戦! 期待の超新星・乱怜は、チャンプを下せ――ッとォ!》

 実況が身を乗り出す。

 無理もない。ゴングが鳴る前に乱怜が動いたのだ。拳を握り、先手必勝とばかりにチャンプの顔に殴打をぶち込む。

「喰らいなァ!」


 瞬間、拳にが、雷管を叩かれ――爆発。


《乱怜、初っ端からフルスロットルゥ! 唯一無二、がチャンプの顔にクリーンヒットォ!》

 その実況と遅ればせのゴングを耳にしながら、乱怜は。

「……ハッ」

 苦笑する。

 爆砕拳を喰らったチャンプの顔には、欠損はおろか傷も、動揺さえもなかった。

 これこそがチャンプのチャンプたる所以――頑丈過ぎる体と心。特筆すべき武術などは無いが、他を圧倒するにはこれで申し分ない。

 攻撃が最大の防御であるのと同様、防御が最大の攻撃なのだ。

「ま」

 乱怜は腰のベルトに収納された小型爆弾を取り、拳のない手首に差し込み。

「そんな簡単にやられちゃァ、面白くねえもんなァ!」

 手首に力を込める。

 爆弾を包み込む様に細胞が増殖、忽ち手の形を成す。その間、僅か2秒。

 歯を見せて笑い、踵で地面を叩く。爆発。文字通り爆発的な加速力を得た乱怜は、チャンプに向けて一直線。

 ツインテールが疾風に揺られる。速度は充分。

「死に晒せやああああっ!!」

 拳を握る。唸りを上げる爆砕拳を前に、チャンプは。


「……はあ」


 溜息をついた。

 迫り来る乱怜の手首を掴む。雷管を叩かせずそのまま体を180度回転、乱怜の爆発的加速力を逆に利用し。

 背負い投げ。

 乱怜の背中が地面に思い切り叩きつけられる。空気が肺から締め出される様に、咳込む。

《き、決まったァッ! 爆砕拳相手に、古武術ジュードーの背負い投げェ! あまりにスマート! 生涯無敗は伊達じゃないッ!》

「……く、そが」

 悪態をつく乱怜の腰に、チャンプは馬乗りになる。爆弾を幾つか奪い取り、手中に収めて拳を握った。

 その拳は、あまりにも冷静に、可愛らしい乱怜の顔に向けられる。

 乱怜には死の恐怖は無い。痛みへの恐怖も克服した。ソレでも目の前の男に、確かな恐怖感を覚える。

 同時に――怒りも。

「……なん、で」

「うん?」

「なんで、

 その質問にチャンプは「ああ」と、真顔で答える。


からだよ」


「……あ?」

 乱怜は青筋を立てる。だが、チャンプは全く意に介さず、淡々と答える。

「爆砕拳。今大会だとよく出来た武術だが――人間が辿り着く境地なんて、所詮変わらねえんだなって」

「……どういう、ことだ」

 乱怜の中の怒りが、徐々に恐怖にとって代わられる。

「何なんだ、お前。人間が辿り着く境地だの何だの――まるで大会よりずっと前から、アタシの爆砕拳を知ってる様な口ぶりじゃねえか」

「……喋り過ぎたかな」

 良くない、良くない。そう言ってチャンプは拳を振り上げた。

「今のは思わず口が滑った。忘れてくれ」

 そして乱怜の頭を爆砕。記憶の詰まった脳味噌が、リングの上にぶちまけられる。

 乱怜の手足から、力がだらりと抜けた。勝負あり。それを確認したチャンプは、乱怜の体から立ち上がる。

 熱のこもった実況。歓声。聞き飽きたとばかりにそれらの声に背を向け、チャンプは後楽園ホールを後にする。


          💀


 こうして世界は暴力などで刺激を得ながら、百年、千年、億年――と時を過ごしてゆく。

 そして遂に百兆年すれば、漸く星々が死滅し、更に三澗年という本当に途方もない時間が経てば、陽子崩壊により宇宙の全物質が消滅する。そして宇宙そのものもいずれ、ビッグクランチを迎え、生まれ変わるべく大爆発を起こす。

 ここまで来て初めて、不死の霊薬の効力を超える暴力が実現し、人類は死ねる。しかし死と引換に、想像を絶する過酷さと苦痛に喘ぎ、生きることを後悔するのだ。


 それを、チャンプと呼ばれる男は知っている。

 、知っている。


 この世界ができる前――全てが死に絶えるはずの暴力を、男はどういう訳か生き残ってしまった。その結果彼は、宇宙の死という圧倒的な暴力にさえ耐え抜いた強靭な体と、この世のモノとは思えぬ苦痛から逃避するため強固に閉した精神を手に、を生きていた。


 2周目の初めは、驚きに満ちていた。星々が出来、地球が出来。恐竜と闘い、あの歴史の真実を知り。

 しかし、自分の生まれた時代に突入し、急に退屈になってしまった。そしてその時代に不老不死の薬ができ、そこそこの人数がそれを飲み――あとは、冒頭の通り。


 二の舞だ。男は思う。


 人々は再び、宇宙の死という究極の暴力を前に、霊薬を作って飲んだのは失敗だったと後悔し、痛苦の中で死んでゆくのだろう。

 ただ、二の舞でも、死んでゆけるなら幸運だけど――男はそう思いながらベッドから起き、今日というゴミの様な1日を始める。


 その時。

 新調したての玄関扉が爆発した。


「おっ。起きてんじゃん」

 扉を吹き飛ばして入ってきたのは、爆砕拳ガール・獣野乱怜。吹き飛んだ手首に爆弾を埋め、手を再生しながら、彼女は獰猛な笑みを浮かべる。

「おいチャンプ、アタシと勝負しろ。この前とは一味違うぜ」

「分かったよ……分かったから、今後は扉壊して入ってくるのはやめてくれ」

 奇襲されるよりはマシだが――そう思いながらも、溜息をつく。

「勝負する気も失せる」

「……む、そりゃ良くねえな。気をつけるよ」

 乱怜は軽くそう返し、それから言った。

「お前をぶちのめすのが、アタシの今の生き甲斐だからな」

 じゃ、後楽園ホールでな。

 手を振りながら去る乱怜を見送る。


 生き甲斐。

 そんなもの、男はとうの昔に失った。

 今は、2周目の終わりまでの壮大な暇潰しでしかない。所詮人間と闘っても刺激は得られないし、きっと3周目も生きるのだと考えると憂鬱極まりない。

(ま、ただ……)

 確かに今だけは、少し退屈は紛れているかもな。

 そう思いながら男は殺し合いの支度を始める。


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