Fry Again!!

蒼京龍騎

第1話 羽無し鳥

 ────記憶が、蘇る。

 思い出したくもない、嫌な思い出が。

『ドライバー精神状態、急激に悪化‼ MIAエムアイエーとの接続率低下‼』

仮死状態アスフィクシアモードは⁉ さっさと起動させろ‼』

『……っ⁉可変時の負荷により一部機能にエラー発生‼ 仮死状態起動不能‼』

『はぁっ⁉無人でのテストじゃなにも起きなかったぞ⁉』

『兎に角どうにかして接続リンクを切れ‼ このままだと脳を焼かれるぞ‼』

 耳に入ってくる切羽詰まった声の数々。

 それを聞きながら、声にならない声で激痛に悶える。

 肋骨を上に持ち上げられるように裂かれ、頭を開いた胸に埋め込むように下げられる。

 肩が前へせり出して、腕が胴体にめり込む。

 捻られない角度まで足の付け根を回され、足があらぬ方向へ曲がる。

 これらは全て、感じるはずのない感覚だった。

 偽物の神経が悲鳴を上げて、鋼鉄の体からは伝わるはずのない痛みが脳に叩きつけられる。

 推力が失われ、失速した体が力なく海面に向かって落ちていく。

 羽を動かせなくなった鳥のように、重力によって引きずり込まれていく。

 先程まで空を飛びながら浸っていた快感など忘れ、体を必死に動かそうとするが痛みに染められた思考がその行動を阻害する。

「クソっ……がぁ……‼」

 痛みによるものか。

 それとも、夢を叶えたと思った矢先にこの仕打ちを受けたからか。

 悪態を吐いた直後、海に沈む前に意識がぷつんと途切れた。

 ……思えば、この日からだろう。




 空を飛ぶための翼を奪われ────小笠空我おがさくうがが、憧れというものを諦めたのは。






『────作戦空域に到着したぞ。全員降下準備しとけよー』

「……っ」

 頭に響く声によって目が覚める。

 網膜投影によって視界に浮かぶ情報越しに周囲を見渡し、今居る場所が空輸用無人ヘリの格納庫内であることを思い出す。

 慌てて窓の外を見れば、蒼い海の上に浮かぶ島が目に入った。

 既に戦闘が始まっているのか、古そうな石造りの建物が並ぶ街のあちこちで爆発が起きている。

 それは間違いなく、これから空我が向かうべき場所である第四ノア[ジハッド]。

 大部分を海に覆われてしまったこの星の、五つある人工移動大陸の内の一つ。

「…………」

 寝ている間に思い出したくない過去が蘇ったせいか、これから戦地へ向かうというのに気分が悪い。

 このままでは戦闘行動に支障が出かねないため、首を数回横に振って気分を晴らそうとしたが上手くいかず、空我は頭に手を当てた。

「クゥ、大丈夫? どこか体調悪いの?」

 そんな時、隣から気遣うような少女の声が響いてきた。

 隣を見れば、ポニーテールに纏められた蒼い髪に、丸いフレームの眼鏡越しに見える空色の目が特徴的な空我の幼馴染……天結怜華あまゆいれいかが覗き込むように空我の顔を見ていた。

 クゥというのは、怜華が空我を呼ぶ際の愛称である。

「気にすんな怜華。ちょっと考え事してただけだ」

 怜華を心配させまいと、なるべく声を明るくして言葉を返す。

 しかしそれでも心配だと言わんばかりに、胸元に垂れている長い髪の先を指でくるくると巻くように弄り始める。

 これは怜華の癖であり、なにかしら心配事があると髪の先を弄る。

 この癖のせいで、怜華の髪の先は常にカールがかかっている状態になってしまっているのだ。

 その仕草に、普段と変わりない日常を見れた気がして気分が落ち着く。

「おいお前ら、さっきの話聞いてなかったのか? さっさと準備しろやボケ」

 少し落ち着いた矢先に、明らかに苛立っている声が空我の後ろから飛んでくる。

 相変わらずの言葉遣いに呆れつつ格納庫の隅に視線を飛ばせば、ポケットがこれでもかと付いた黒のジャケットを羽織り足と腕を組んで指先を忙しなく動かす、赤混じりの黒髪に緋色の目が目立つ少年がいた。

 彼の名は、篝屋火鉄かがりやひがね。メカニック兼戦闘員でもある、この部隊の中では珍しい存在。

 元々メカニック志望だったのだが、訳あって戦闘員を兼ねることになったらしい。

 それ故に整備の腕が良く、空我もかなり世話になっている。

 しかし戦闘員になる気が毛頭なかったからなのか、戦場に向かうことになるといつも決まって不貞腐れて荒々しい言動を振りまくのだ。

『おいおい、これから戦闘だっていうのに喧嘩は駄目だぞ。仲良く仲良く』

 険悪な空気の中、この場には居ない柔らかい声色の中年男性の声が空我達の頭に響いた。

 空我達の所属する部隊である[F.A.N.G]ファング、Fatal.Agent.New.Generationの略称で呼ばれるその隊長であり、空我達の故郷である第一ノア[ユナイテッド]から指示を飛ばす人物。

 かつて起きた大戦で人類に大きく貢献した英雄。

 エッジ・デイヴィス。

 最強の代名詞、ラウンズ1の識別名コールサインを持つ男。

 否応なしに火鉄の口が止まり、小さい舌打ちと共に荒々しさが鳴りを潜める。

 この部隊で彼に世話になっていない人など居ない。

 だからこそ、火鉄も動きを止めたのだ。

『よし、落ち着いたところでもう一度ブリーフィングとしようか。

今回の作戦の目標はジハッドを襲撃している敵対勢力の掃討、並びにジハッド駐留部隊の援護だ。優先順位は援護、掃討の順で頼むよ。

まだ酷い損害は出てないみたいだけど、なるべく迅速にね』

「「「了解」」」

 全員が短く理解の意を表す。

 毎度のことだが必要な情報を必要最低限、かつ簡素に纏めて話してくれるので、あまり要領の良くない空我でも集中して作戦に挑むことができる。

 このことについても、感謝の意が絶えない。

『おっと、話していたら作戦空域目前だ。

ハッチを開けて降下した後、作戦開始だ。今日も無事に帰ってくるように。

それじゃあ、通信を切るよ。諸君の健闘を祈る』

 その一言を最後に、ユナイテッドからの通信が切れる。

 先ほどまで閉じていた格納庫のハッチが開き始め、外の景色が大きく視界に飛び込んでくる。

 まず聞こえたのは、耳を劈く炸裂音。

 銃弾が放たれた際に出るものや、炸薬が爆発したときに出る音など多数の音が五月蠅いオーケストラを奏でていた。

「……今日も頑張るか」

「うん。一緒に頑張ろうね、クゥ」

「行くか」

 各々が自らを鼓舞するように呟いてから、座っていた椅子から立ち上がってハッチの縁に立つ。

 そして、それぞれ慣れた手つきで懐に忍ばせておいた携帯電話ほどの大きさの端末……Ⅽデバイスと呼ばれるそれを取り出し、付属している引き金を引く。

『Shift Ready』

Ⅽデバイスが短い機械音声で告げた後、全員が縁から足を踏み込んで空中へと飛び出した。

遥か上空からの、命綱無しの降下。

何度も行い、慣れた風の感覚が襲い掛かる。

「「「移行シフト‼」」」

 風に煽られながら、同時に叫ぶ。

 三人の体が光に包まれ、その体を鋼鉄の身体へと置き換えていく。

 現れたのは、それぞれ形の違う人型の機械。

 MIA……Mind精神 Install装填型 Armor装甲の略称として呼ばれるその兵器を駆り、地上へと降下する。

「いつも通り小笠が先行して攪乱、俺はその後方で援護する。天結は火力支援を頼む」

「うん、分かった」

「了解」

火鉄からの指示に軽く返事を返し、各々が体勢を変えて逆噴射の姿勢を取る。

 空戦仕様である空我と火鉄のMIAは地面に着かず、吹かしたスラスターの勢いのまま推力任せにジハッド駐留部隊の居る場所まで飛び始める。

 地上戦用の怜華のMIAは、地面に激突する寸前で強めに噴射を行って落下の勢いを殺し、機体をわずかに浮かした状態……ホバーによって滑るように移動する。

 激戦区から離れた場所で降下したからか、降下地点に敵が現れる気配はない。

 空我は視界の右上に映るレーダーに目をやるが、敵性反応どころか味方の反応すら無い。

 ……いや、正確に言えば味方の反応は微弱ながらあるのだ。

 周囲に散らばる、意識だけが取り残されたMIAの残骸。

 仮死状態アスフィクシアモード……パソコンで言うところのスリープモードに移行し、操縦者の生命を守るための機構。それが起動すれば、身動きが一切取れなくなるのだ。

「かなり離れた場所に落ちたな。動いてる反応が一つも無い」

「……静かだね」

「気楽でいいじゃねぇか。まぁ出てきたらそん時はぶっ殺せばいいしな」

 両手で担いだ銃、レーザーアサルトライフルを示すように構えなおす火鉄。

 それに合わせるように、空我も両手にもった二丁のレーザーサブマシンガンを構えなおす。

 ピピピッ‼ ピピピッ‼

「っ‼」

「7時方向に反応多数‼ 大型2、中型15、小型10‼」

「言ってたそばからお出ましか‼」

 甲高い警告音と共に、レーダーに赤い点が現れた。

 慌てて示された方角を見れば、土煙を上げながら近づいてくる集団が一つ。

 MIAの機能によってその集団を拡大してみれば、空我達と同じく鋼鉄で作られた体を持つ存在が走っている。

 だが、それは人型ではなく、大きさの異なる様々な獣の姿をしていた。

 アイアンズ。かつて人類を窮地に追いやり、人類の反撃によって地球から姿を消したはずの敵。

会敵エンゲージ‼ 陣形フォーメーション縦一列トレイル‼」

 火鉄からの掛け声に合わせて空我は先頭に立ち、その後ろに火鉄、最後尾に怜華を並べた縦の陣形を作る。

 現れたアイアンズの総数は27体。分類としては小規模の群れに分けられる。

 その時は、決まってこの陣形を作るのだ。

「それじゃ、お先‼」

 脚部のスラスターを吹かし、空我は二人を置き去りにして群れへと突っ込む。

 空我の駆る白と青に塗装されたMIA [疾騎しっき]は、機動性特化の機体だ。

軽量化に加えて装甲には鋭角が多く用いられ、空気抵抗が大きく軽減されている。

 斥候としての役割を担うのに、十分な動きが可能である。

 両手の銃で狙いをある程度定めると、それに連動するように視界に丸い円でロックオンサイトが表示されて疾騎の肩と脛側面、背部推進器の一部が展開しそこにぎっしりと敷き詰められた円筒状の物体……マイクロミサイルが顕わになる。

「食らいやがれッ‼」

 引き金を引くと銃からは光弾が発射され、同時に内蔵されたマイクロミサイルがアイアンズの群れめがけて飛ぶ。

 小型、白鳥などの鳥類を模したアイアンズは光弾の一発で溶け崩れ、ミサイルで吹き飛ばされバラバラのスクラップに解体されていく。

 中型、獅子や虎などの凶悪な四足歩行生物を模したアイアンズは、レーザーにある程度の耐性があるためさすがに一発で破壊はできないが、それでもミサイルによる飽和攻撃によって数体を戦闘不能に追い込むことに成功する。

 大型、太古に絶滅した恐竜を模したアイアンズは特段戦闘能力が高いため、攻撃の効果が薄く少し傷を付けることしかできなかった。

空我は即座に攻撃を中断して、大型の口から放たれたレーザー砲を躱しながら群れを通り過ぎる。

「残りは任せた! ファング4、ファング5‼」

 後は、火鉄と怜華の仕事だ。

二人の識別名を呼び、目標地点へと急ぐ。

「余った小型と中型は俺が殺る! 大型に50calフィフティキャリバーをたらふく食らわせてやれ‼」

「了解っ‼」

 空我の後に続くように来た火鉄と怜華が、同時に武装を展開する。

 火鉄が駆る緑と白のMIA[防人翼式さきもりよくしき]は、量産型MIA[防人さきもり]に火鉄に合わせた改修を施したものだ。

 基本的な武装や仕様に変化はないが、主な変更点は頭部、そして背部にある。

 バイザーアイをツインアイに変更し、牽制用レーザーバルカンを二門に増設。

 背部の飛行ユニットは専用に設計した大型のものへと換装し、飛行性能と火力の向上を成し遂げている。

 その背部ユニットに付属している高出力レーザー砲二門とレーザーガトリング二門、三連装ミサイルポッドが二つとかなりの重装備である。

 それらの武装と、火鉄の持つ銃による掃射が始まった。

 かろうじて動いていた中型のアイアンズもレーザー砲によって溶かされ、ガトリングで蹴散らされ、ミサイルで吹き飛ばされていく。

 だが、大型に対してレーザーは当たるものの効果が薄く、空我のものより強力なミサイルであろうと浅い傷しか作れない。せいぜい少しよろけさせることができる程度だ。

「今だ、ぶちかませ‼」

 しかし、それについてメカニックである火鉄が知らない訳がない。

 攻撃は全て攪乱のため。後方にいる怜華に交代するためのものだ。

 火鉄がその場から急上昇して射線を空けると、後方から重い回転音が響き始める。

「いっけぇ‼」

 気合の入った掛け声とともに、轟音を響かせながら全てを破壊する銃弾の雨が撒かれ始めた。

 怜華の紫と白のMIA[空守そらもり]は、重装甲、高火力をコンセプトとした機体。

 敵からの攻撃を受け流すために曲面装甲が多く用いられ、味方を守るための大型の盾を肩に装備している。

 両手に握るは、対物狙撃銃アンチマテリアルライフル用の大口径弾を使用する回転式多銃身機関銃ガトリングガン

 戦車すら貫く弾丸を、毎秒65発撃ち出す銃である。

 いくら頑丈なアイアンズであろうと、これから生き残ったものは居ない。

 弾丸の雨に曝された大型アイアンズが、削られるように撃ち抜かれていく。

 十秒ほど浴びせ続ければ、あとに残ったのは無残な残骸のみだった。

 ひとまず敵を掃討し終わった二人だが、止まっているわけにはいかない。

 先に行った空我に追いつき、味方の援護をしなければ。

 すぐさま移動を開始し、同時に火鉄は空我へと通信を繋ぐ。

「こちらファング4、そっちはどうだファング3」

『かなり余裕だ。駐屯部隊と合流したが思ってたより状況は酷くない。というかほとんど倒せてるし、ゆっくり来ても大丈夫かもな』

通信越しの空我の声に焦りは無い。むしろ余裕さえある。

「そうか、なら良かった。こっちもさっき殺し終えてそっちに向かってるところだ。今日はいつもより楽に終われそうだな」

 空我からの報告が良いものだったため安堵し、軽口を叩き合う。

 火鉄にとって嫌いな戦場でも、この時間だけは好きになれる瞬間だ。

 それに、普段と比べて今日は楽に仕事を終えられそうなのだ。気分が高揚しても仕方のないことだろう。

 ……そう、思っていた時だった。

『ん? なんだアレ』

「どうした?」

 突如として、空我が呆けた声を上げた。

 気になって問いかけると、意外な返答が返ってくる。

『いや、なんか残骸の中に腹のデカいアイアンズが居るんだが……大型の改造機か?』

「……腹のデカいアイアンズ?」

 頭の中で該当するアイアンズを思い浮かべてみるが、大型に腹部が大きいアイアンズは存在しない。

 必然的に改造機ということになるが、火鉄はそれに疑問を抱いた。

 なぜ、わざわざ腹部を巨大化する改造を施したのか。

 考えてみるが、どれもが予測の範疇を出ない。実際に見なければ、確定させるのは難しいだろう。

 空我に画像を寄越してもらうため、声をかけようとしたその時。

『……おいおいマジかよ』

 何か、見てはいけないものを見てしまったかのような声が聞こえた。

「どうしたの? 何か見つけたの?」

 心配そうに声をかける怜華だったが、すぐにその感情は別のものへと取って代わられることとなる。

『人が、出てきやがった……!!』

「……は?」

「……え?」

 その言葉を聞き、二人は大慌てで空我の元へ向かい始めた。






 遡ること、数分前。

「いやー助かったよ!! 流石はファング、ユナイテッドの牙!!」

「ははは……どうも」

 一足先に救援に向かった空我は、アイアンズを殲滅した後に駐留部隊からの称賛を浴びていた。

 救援に来た頃にはまだ残敵が多く存在していたので、空我は得意の一撃離脱を行い部隊の支援に徹したのである。

 これが小型や中型の群れのみだったこともあってか効果覿面で、数分としないうちに殲滅を完了することができた。

 空我はひとまずの安心を得るものの、その心には一つの疑問が浮かんでいた。

 ────何故、救援に向かわされたのか。

 どう考えても、戦力過多だった。それに、隊長からの報告よりも被害が軽い。

 敵は殲滅しきった上に、駐留部隊の被害はごく軽微。立て直しに二日もかからないほどの損害だ。

「……あー」

 ふと、前日に隊長が言っていた言葉を思い出し、疑問が晴れる。

『君たちは強いけど、僕から見ればまだまだ乳歯だ。牙になるには、もっと経験を積まないとね』

 ……要は、実戦による訓練である。

 空我達はMIAを駆るようになってからまだ五年も経っていない。それに、成果を上げてはいるものの実戦に出撃した回数は多くない。

 救援は口実で、なるべく安全な任務で実戦経験を積ませたかったのだろう。

「やっぱ口下手だな、隊長」

 無いはずの頬が緩み、小さい笑みが零れる。

 頼れる大人ではあるのだが、隊長は少々口下手だ。

 それも、隊長が慕われている理由の一つでもあるのだが。

「さて、あとは消化試合だ!! 全員仮死状態にならないよう、気を抜くなよ!!」

「「「「応!!」」」」

 駐留部隊の人たちが拳を突き上げ、気合を入れている。

 負けじと空我も拳を突き上げ、抜けていた気を絞めなおす。

 そうして、残った敵の掃討に勤しんでいると。

『こちらファング4、そっちはどうだファング3』

 火鉄から、現状確認の通信が入ってきた。

「かなり余裕だ。駐屯部隊と合流したが思ってたより状況は酷くない。というかほとんど倒せてるし、ゆっくり来ても大丈夫かもな」

『そうか、なら良かった。こっちもさっき殺し終えてそっちに向かってるところだ。今日はいつもより楽に終われそうだな』

 嬉しそうな声色で、火鉄は答える。

 戦場が嫌いな火鉄にとって、戦闘を早めに終わらせられることは貴重な朗報だ。

 機嫌の良い火鉄は珍しいため、空我もつられて嬉しくなる。

 高ぶった気分に身を任せ、空を飛びつつ敵の残骸を見下ろしていると、視界の端に見慣れないものが映った。

「ん? なんだアレ」

 それは、駐留部隊によって頭部を破壊された大型アイアンズ。

 しかし、その腹に見覚えのない巨大な装置が付いていた。

 緑色の、カプセルのような何かが。

『どうした?』

「いや、なんか残骸の中に腹のデカいアイアンズが居るんだが……大型の改造機っぽいな」

『……腹のデカいアイアンズ?』

 うーむと唸りながら、火鉄が熟考を始める。

 火鉄なら何か知っているかもしれないと思って聞いてみるが、流石の火鉄も思い当たる節が少ないようだ。

 ならばと、その残骸の近くに降り立ち、写真を撮って送ろうとカメラを起動する。

 ────ピシッ。

「っ⁉」

 その瞬間。

 カプセルに亀裂が走り、中に入っていた粘性の液体が流れ出す。

 突然の事態に、空我は反射的にカプセルへ銃を向けた。

 亀裂は液体が流れるほどに多くなっていき、数秒と経たずに完全に割れた。

 勢い良く流れ出した液体が、緑色の池を作り出す。

 直後。空我はあり得ないものを目撃した。

 べちゃっ、と何かが落ちる音と共に、カプセルの中身が顕わになる。

「……おいおいマジかよ」

 

 

 ────それは、少女だった。



 輝いていると錯覚するほど美しい緑色の長髪。一糸纏わぬつるつるとした綺麗な玉肌。触るだけで折れてしまいそうな華奢な体躯。

 この場に相応しくない少女が、アイアンズから産まれ落ちるようにして現れたのだ。

『どうしたの? 何か見つけたの?』

「人が、出てきやがった……!!」

『……は?』

『……え?』

 困惑した二人の声が、聞こえてくる。

 話の流れから察したのだろう。アイアンズから、人が出てきたのだと。

『すぐそっちへ向かう‼ 言っとくが変なことすんじゃねぇぞ‼』

『わ、私も行くから待ってて‼』

 明らかな異常事態。

 アイアンズは人類の敵。人間を殺すことはあっても、捕獲する事例など今まで確認されていない。

 二人が焦るのも当然だ。

 ……だが、空我は違った。

「────────」

 呆けたまま、ただ少女を見つめる。

 目を奪われた。そう表現した方がいいだろう。

 得体の知れなさから来る忌避よりも、少女の纏う神秘的な雰囲気が空我の視線を離させない。

 「けほっ、げほっ」

 眠るように横たわっていた少女が、突如として咳き込む。

 喉に先程の液体が入り込んでいたのか、咳をする度に緑色の粘液を吐き出している。

「……あ、だ、大丈夫か⁉」

 そこでようやく我に返り、銃をしまってから少女の背中を擦って液体を出す手助けを行う。

 人間サイズの大きさとはいえ、MIAには大型重機クラスの力がある。人に触れる際には可能な限り力を抜いて、優しく扱うことを心掛けなければならない。

 しばらく咳を出させ続けると、ようやく出し切ったようで咳が収まる。

「よ、よし。出し切ったみたいだな、どこか悪いところは……」

「……?」

 少女が、閉じていた目を開いて空我のことを見上げると、現状が分からないといった様子で首を傾げた。

 そこで、初めて少女の目を見ることになるのだが。

「────ぁ」

 見惚れてしまうほどに、その翠玉色の瞳は透き通っていた。

 純真無垢な、真っ直ぐな目で見つめられてしまう。

「……きれい」

 小さな手のひらを空我の顔に伸ばしつつ、今にも消えそうなか細い声で少女が呟いた。

 初めて聞いたはずの少女の声が、何故だか懐かしく感じてしまう。

 こうして触れられていることに、安心感を覚える。

「お前……何してんだ?」

「クゥ? その子はだぁれ?」

 突如として、冷たい声が背後から響いてくる。

 振り返れば、そこには腕を組んで空我を見下す火鉄と怜華の姿があった。

 向けられている視線が、やけに冷たく感じるのは気のせいではないだろう。

「……えーとだな、これには深い訳が」

「警察呼ぶか」

「待て待て待てッ‼ 一旦俺の話を聞け⁉」

 どこからか取り出した携帯電話に数字を入力し始める火鉄を慌てて制止する。

 電話を奪い取ろうとして格闘戦を繰り広げていると。

「……へくしっ‼」

 大きなくしゃみが、少女から出る。

 そこで少女が服を着ていなかったことを思い出し、空我はMIAを解除してから上着を脱いで少女へ羽織らせる。

「とりあえず、その子を安全な場所に送るか」

「……そうだな」

 一先ず、少女の正体を聞くのは後回しだ。

 空我は少女を抱えて、駐屯地へと歩を進める。





 この時の空我は、まだ気付いていなかった。

 この少女が、空我の運命を大きく変えることに。

 それどころか、世界を巻き込んだ戦いへと発展することに。

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