【スキル】着ぐるみで今日もだまし討ちしたいと思います♡【急】

深夜の静まりかえった森を抜けた先にある、山裾にあいた大穴の前でセルキーは思い出す。

「ねえ、セルキー。俺とパーティーを組まない?きっと北部のトップ、いや、帝国トップクラスの冒険者パーティーになれるよ!そしたら今まで俺たちを馬鹿にしてきた奴らを見返してやろうよ」

目を輝かせて無邪気な少年の夢を語ってきた親友の姿が脳裏を過る。

徐に、ベルトポーチから青の宝石を取り出し語り掛ける。

「パーティーにさそってくれてありがとう。気にしてないだろうけど、断ったりしてごめん。最後に話したあの日からそれだけが後悔だよ……」

自然に潤んだ濃紺の瞳を瞼で閉じ、口角を上げ楽しそうに続ける。

「そうだ、小瓶で売っていたの持ってきてたんだ。本当はさかずきでやるんだろうけど、まあいいよね」

ポンと響きの良い音を立てて小瓶の栓を開け「乾杯……」とささやき、中の甘い香りと喉の奥が熱くなる強い刺激のある液体を飲み干し、小瓶を地面に叩き落とす。

石に当たりバラバラに砕け散る小瓶。

「はじめよう、私たちの復讐を……」

持っていた青の宝石を静かに落とし、セルキーは唱えた。

「宝石化解除。スキル【着ぐるみ】」


薄暗くジメジメとした巨大洞窟である多眼の龍窟ダンジョンを歩くゴーゴンパーティーのメンバーとその後ろについて行く巨漢の冒険者ヌアザとギルドマスターのエマ。

「話には聞いていましたが、随分と湿気が強いんですね」

ポタポタと洞窟の天井から落ちる水滴に目をやり、もの珍しそうに言うエマ。

「おいおい、ギルドマスター様は、ダンジョンにもぐるのはこれが初めてなのかよ?モンスターにビビって漏らすんじゃねーぞ~」

と、顔を歪ませガハハハハと大笑いするゴーゴンパーティーのメンバーの一人、赤毛の男ディアボ。

ジロリとエマの表情が険しくなる。

「あまり俺の付添人を馬鹿にしないでもらいたい」とヌアザが語気を強めて言う。それに対し目を見開きがんを飛ばすディアボ。

「なんだオッサン、女なら誰でも庇うのかよ。それともその女がギルドマスターだから媚びを打ってんのか?そんな図体してセコイことしているんだな。アハハハハ」

グッと拳を強く握り締めるエマ。

「言い過ぎですよ、ディアボ」とゴーゴンパーティーのリーダーであるアルハーゲが、冷たく言うと肩に乗った蛇がシャーと音を立てて口を開ける。「ここはトラップの仕掛けられたダンジョンですよ。いつも通り緊張感を持ちましょうね」

「そうじゃのう……」とゴーゴンパーティーのメンバーである老爺、アエスが洞窟の岩壁に突起した黒石を岩壁に押し込んだ。

ゴロゴロゴロゴロ‼

雷雲のような轟音とともに突然、岩の天井が崩れていく。

「ヌアザ殿!」

列の先頭にいたアルハーゲンの頭上に直径4メートルほどの大岩が落下する。

「スキル【巨人の怪力】」

怪力で強化された大足で地面を勢いよく蹴とばし、最後尾から一息にアルハーゲンの頭上に落下する大岩殴り飛ばすヌアザ。

「助かりました。ヌアザ殿はやはり私が理想とする素晴らしいお方だ」

「そうですか、それは光栄です」

とヌアザは言いながら、拳をアルハーゲに向けて振りかぶる。アルハーゲはすぐさま後ろに跳ねて、ヌアザとの距離をとる。

「おや、どういうつもりですか?」

「白々しい。落石のトラップで、俺とエマさんをはなばなれにしたんだろう」

ヌアザの背後の通路は落岩によって塞がっていた。

「バレていましたか。もう少し後でネタばらしたかったのですが、仕方ありませんね。いきなさい」

アルハーゲンが合図すると、壁に擬態していたミミズほどの小さな蛇がヌアザの首元に飛びつき首元に深く噛みつく。

「むっ⁉」首元の違和感に気づき、すぐさま首元の蛇を握り締め殺すヌアザ。しかし段々と視界が揺れ、力なくその場に倒れ込む。

「この通路の奥で待っていますよ……フフフ……」

「まっ……て……」

アルハーゲンの嘲笑が耳へ届かなくなるまで、ヌアザは心臓が破裂するような激しい震えをあじわった。


ズキッ!

頭を割るような痛みで、エマは意識を取り戻した。

「なんだ、もう目が覚めちまったのかよ」

目立つ赤髪に鼻の下を伸ばした、薄気味悪いディアボが視界に入る。

「ああ、夢なら早く覚めてほしいわね……」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

そう憂鬱をき、エマは置かれた状況を確認した。

ベッドに仰向けで横になっている状態で腕を上げている。最悪なことに、筋肉質のガタイの良いディアボに馬乗りにされている。更に腕を動かそうとした時、ギイーガシャと金属音が鳴る。手首に手錠をされているらしく腕の自由が利かない。

「刺繍入りの黒下着とは小洒落た物を付けているじゃねぇかあ」

「まあ、中の下の娼婦が良く付けている下着だね」金髪のナルキーが、上から下へ物を吟味するようにエマを見つめ、徐にズボンを脱ぎ捨て下半身を露出させる。

エマは絶句した。

ナルキーの股間は金色に輝いていた。

「ナルキー悪いが、この女は俺が最初にやらせてもらうぞ」

「好きにするといいよ。僕が抱くのは上流の女だけ。それに女を抱くよりも腰が砕けるまで嬲られて股を震わせた惨めな女でする自慰のほうがキモチいいしね‼」

ナルキーはエマの耳横で、金色に輝く股間からいきり立つ竿をシコシコと手でしごき始める。

無駄に輝く男臭いブツから顔を背けエマは言った。

「ダンジョンに強姦部屋を作って女冒険者を犯している。全部セルキーの言った通りだったのね」

「ダンジョンに来たことを後悔しな。あのセルキーとかいうガキを始末する面倒は増えたが。まあ犯すならアレよりアンタの方が好みの体だからラッキーだったけどなあ。げへへへ」

「変態が」

「いいねえ。アンタみたいな強気な女を甚振るほうが、なあなあに相手する売女ばいたよりもそそられる。クズを睨みつけるその顔を早くブッ壊してぇなあ~」

「はぁはぁはぁ、それで最後には、枯れた泣き声で助けを呼びながら醜いゴブリンたちに食い殺されるんだ。ああ、今までの女たちのことを思い出しただけで濡れてくるよ~」目をへの字にして竿を強く握り激しくしごきだすナルキー。

「あぁぁイ、イ——!」

「うぎぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」

絶頂寸前のナルキーの喘ぎをしゃがれた悲鳴がかき消した。

「おいおいどうした!?」咄嗟に馬乗りしていたディアボがベッドから立ち上がる。

「なな、なんだよ!いい所だったのに!」そう言って慌てて脱いだズボンを履くナルキー。

小部屋の扉から冷や汗を流し狼狽したジンバーンが顔を出す。

「アエスがやられた!」

ダンジョンの壁の中に作られた強姦部屋から飛び出すディアボ。

そこには、何も変わりない通路が視界に入る。

「おいジジイは、どこにいった!?」

「嘘だろう?確かそこの壁で泡を吹いて倒れていたんだ」

ジンバーンがそう強姦部屋の入口正面の壁に指を差すと、細くしわがれた腕が一本、ボトッ!と真横から無造作に放り投げられた。

「おいあれ、アエスのじゃないか!」そうジンバーンが言った時、腕が投げてきた方からおどろおどろしい声が聞こえてくる。

「サバキダ……。サバキダ……」

振り返るディアボとジンバーン。そこには、手を血に染めた顔面蒼白の女が浮遊していた。

「ゴーストか⁉」

「ここを狩場にするといいだした時からいつかは、こうなると思っていた。もう貴様らとは付き合いきれん」そう言ってジンバーンはゴーストとは反対方向へと飛び出した。「スキル【人馬一体】」ジンバーンの下半身が瞬時に馬の体に変化しダダッ‼と勢いよく地面を蹴り通路を疾走する。

「チッ、これだからお尋ね者は!」

ディアボが、ジンバーンの背に憤りを吼えたとき、薄暗いダンジョンの通路が一瞬、眩しく光り、ドゴォォォォー‼‼と鼓膜を破るほどの轟音が鳴り響いた。ジンバーンの馬の体が吹き飛び、飛び散った赤黒い血肉がダンジョンの壁にべったりとこびりついた。

「ガハハハハ。間抜けな奴、仕掛けたトラップに引っかかるなんてなあ」

ディアボの嘲笑に首を傾げるナルキー。

「この部屋にやって来た時、あの通路に地雷トラップなんて仕掛けられていたか?」

顔を曇らせるディアボ。

「そういえば俺たち、あの通路からこの部屋に来たんだよなあ……」

「くくく……」

甲高い笑い声にディアボは素早く振り返る。背後に先ほどのゴーストが青白い唇で不気味な笑みを浮かべている。

「いつのまに!」

「ディアボ使え!」

ナルキーが槍を投げ、ディアボは受け取った槍でゴーストを薙ぎ払う。しかしゴーストはゆらりゆらりと槍をかわす。

「サバキダ、オマエタチニサバキヲアタエテヤル」

くくく、と笑い声を上げてゴーストはダンジョンの奥へと向かう。

「たかだか中級モンスターのブンザイで!速攻でぶっ殺してやる‼こいナルキー!」

「はいはい。残念だがギルドマスターお楽しみはお預けだ」

頭に血の昇ったディアボの指示にナルキーはやれやれといった様子でついて行く。

薄暗いダンジョンの通路を走っていく二人。しかしゴーストには全く追いつけない。

いくつもの曲がり角、分かれ道を進み、一見何の変哲のないダンジョンのT字路の壁の前で止まった。

ゴーストが壁に突き出た黒い岩を押すと、壁の一部が引き戸のように開く。引き戸の先に入っていくゴーストにディアボとナルキーは驚いた。

「おいおい、餌場の隠しドアまで知ってんのかよ」

引き戸の先に踏み込むディアボ。そこには二、三人しか立てないほどの狭い崖があり、その真下は無数の緑の小鬼が蠢くゴブリンの巣窟だった。

「あのゴースト、ゴブリンの餌になった女じゃないのか?」といぶかし気に言うナルキー。

「へッ、だったらなんだ。とりあえずくたばりやがれ!」とディアボは、駆けり崖から飛び出し宙に浮くゴーストを槍で切り裂いた。ゴーストは一瞬にして泡になって消える。

「しゃあ!ナルキー!」

「スキル【黄金の翼】」

ナルキーは肩甲骨辺りに現れた、金色に輝く翼を羽ばたかせた。そしてゴブリンの巣窟に落ちるディアボのもとへ滑空し空中でディアボの片手を掴む。

「じゃあ、このまま上まで頼む」とディアボが言うがじわじわと地面へと高度が下がっていく。「おい、ふざけているのかナルキー」

ナルキーに掴まれた片手から鉄臭く生温かな液体が滴る感触が伝わる。

「おい、ナルキーどうした!」

異変を感じた時には、ディアボはゴブリンの巣窟に急降下していた。

「邪魔だ!」と、ディアボは落下する場所に群がるゴブリンに槍を振るう。

ギャァァァ‼‼

緑の血しぶきとともにゴブリンの悲鳴が上がる。

ディアボは後ろを向くとそこには背中に真っ赤な血を流したナルキーがいた。

「ゴーストにやられたのか?」

と首を上にあげるディアボ。そのときしゃがれた叫び声が上がった。

「ひええ、助けろー小僧!」

「ジジイ、生きていたのか⁉」

ゴーストに殺されたかと思われていたアエスがゴブリンに追われる姿に、ディアボは目を見開いた。

「スキル【猪突】‼」ディアボの下顎の犬歯が猪のような牙に変化し、更に赤い頭髪が橇立つ。「おりゃぁぁぁ!」と雄叫びを上げアエスに襲い掛かるゴブリンたちに突進する。槍を大きく振り上げた次の瞬間、ドッと背後から押される衝動とともに背に激痛が走る。

「ジジイ、どういうつもりだ⁉」

後にいたアエスが残った片腕を青銅の剣に変化させてディアボの背中を突きさす。

何重ものシワが掘られた老顔ろうがんが活き活きとほくそ笑む。

「くくく…サバキじゃ」

「ざけんな!ボケジジイ!」

とディアボが振り向きざま蹴りを入れる。しかしアエスは青銅の剣を盾に変化させ蹴りの直撃を防ぐ。蹴りの勢いでアエスの軽い老体は突き飛ばされ体制を崩した隙にディアボの槍が青銅の盾を貫く。

途端にアエスの全身は泡に包まれ、泡の中からピンクの長髪に小柄な体に不釣り合いな大きく膨らんだ胸を持つ女性、セルキーが現れる。

「てぇめの仕業だったのか、ホラ吹き野郎!」

「くくく、この状況で私の事をまだホラ吹きって言うなんて、これだから突っ込むだけが取り柄の害獣ザコは」

「害獣ザコか言うじゃぁねーか。まあ3人も遣られちまったら認めるよ。裁き《サバキ》だって言うがお前、俺たちにザコのお友達でもぶっ殺されたからか?」

「私の親友はザコなんかじゃない!」セルキーは、ベルトポーチから青い宝石を下に投げる。「宝石解除、スキル【着ぐるみ】」瞬時にセルキーの姿は消え、黒髪ショートカットの中性的な顔立ちの少年が姿を現す。少年の首には、赤黒刺傷の跡が残っていた

「それが、お友達か。そんな弱そうな冒険者殺したか~ザコすぎて覚えてねーなあ。まあ犯した女の顔も忘れるくらいだからしかたねぇよなぁ!」

手負いながら尋常じゃない勢いで駆けり、少年との間合いを詰めるディアボ。

「スキル【透明化】」

少年の姿は瞬く間に透けて目視できなくなる。

「ちぃ、手負いの相手に真正面から戦う度胸もないのかよ!ザコが!」と喚くディアボ。その時、背後からゴブリンたちが襲い掛かる。「クソが!」

ディアボが背後に気を取られた次の瞬間、大樹のような太腕が振り降ろされる。ゴブリンが吹き飛ばされ中、ディアボは咄嗟に横へ受け身を取って避ける。

「オーガにもなれるのかよ」と言った時、オーガの姿は忽然と消えていた。焦りながらゴブリンだらけの辺りを見渡すディアボ。すると突然、足に白いねばねばした糸状の塊が飛んできてへばりつく。

「この糸、アラクネか⁉」と糸が飛んで来た方へ視線を移すと、全長2メートルほどの大きさ蜘蛛が尻から出した糸で天井からぶら下がっていた。アラクネは6つの目の下にある口から再び糸の塊を吐き出す。

「同じ手が通じると思うなよ!」

素早く槍を振るい、糸の塊を払うディアボ。そのとき真横を何者かが通り過ぎる気配に槍を背後に突く。

ドッと振動する槍の手ごたえにディアボはニヤリと笑った。

「見つけたぞ!」

胸に刺さった槍を少年が左手で掴んでいる。

全身が泡に包まれるなか少年は不敵な笑みを浮かべ、空いた右手をディアボに向かって力強く振った。

「ザーコ」

ドスと、鈍い音とともにディアボの首に、15センチほどの小型の投げ矢が命中した。

ディアボは目を丸くして、首に刺さった投げ矢を引き抜いた。同時に口から血を吐き、膝をつく。手から力が抜けた様に槍が滑り落ちる。

「な、何してくれて…んだてめぇ……」

かすれ声を上げながらセルキーを睨むディアボ。

「この矢には毒を塗ってあるの。死にはしない。でも少しの間、動けなくなる毒がね」

セルキーはベルトポーチから青い宝石を投げ、スキルでコウモリの姿になり出口へと飛行しながら言い捨てる。

「くくく、ゴブリンの食事になるなんて、トップ冒険者気取りのザコ害獣にはぴったりの末路ね」

ぞろぞろとディアボとの距離を詰めるゴブリンたち。その中には、ズタズタに引き裂かれた足をかじるゴブリンや金色に輝く陰茎を咥えたゴブリンの姿があった。

「クソ…!クソ…!く、く、くんなよ!ゴブリンども‼」

必死の怒号がゴブリンの巣窟にあがったが、少しするとそれは苦悶の悲鳴へと変わっていた。


「遅いわよ」強姦部屋から解放されたエマは背伸びをしながらセルキーに言う。「さあ、すぐにヌアザさんの元に行くわよ、案内しなさい」

セルキーはベルトポーチから地図を取り出しエマに渡す。

「ここにザコおじさんいると思うから」と言いスキルでコウモリの姿になる。「ちょっと面白いモノがあったから先に行って」

そう言い残しセルキーは、パタパタパタとダンジョンの奥へと向かう。


「ふふ、お待ちしていましたよ」

不敵な笑みを浮かべるアルハーゲの視線の先には、毒のまだ残る痺れた左半身を引き釣りながら前へ進むヌアザの姿があった。

「やっと……追いついたぞ」

アルハーゲの後ろには複数の石像が飾られていた。四肢の無い胴体だけの男が鬼の形相で目口を開け広げている石像、体の至る所に剣山のように剣を突き刺された男の石像など。

どの石像にも共通して、屈強そうな男性であること、そして表情、姿が苦痛と絶望といった負のイメージを想像させるものであること。

石像の不快感でヌアザの顔が険しくなると、アルハーゲの口角が再び上がる。

「いい表情ですね。でもあの時とは少し劣りますが」

「……あの時?」

「邪竜にパーティーを焼き殺された、あの時ですよ」

ヌアザの顔が青ざめる。

「私もいたんですよ、あのダンジョンの中に。邪竜を手に入れるためにね」

と言って徐に、目を覆っていた白い布を外すアルハーゲ。それと同時に胸元に垂れ下げている金の冒険者タグが黒く変色する。

「黒の冒険者タグ!?」

「ええ。金の上、神にも匹敵する巨力なスキル保有者だけが持つタグです」とアルハーゲは言ってパチンと指を鳴らす。

無数の小型の蛇が四方八方から一斉にアルハーゲの前に集まり、瞬く間に翼のある巨大な竜の形をつくりだす。

「さぁ、元の体に戻りなさい」アルハーゲが肩に乗っていた黒蛇に指示すると、黒蛇の全身から青い炎が噴き上がり、竜の形となった蛇の群れに飛び込む。

ボン‼と、音を上げ青い炎が竜の全身を包むように噴き上がり、竜の形をつくる無数のヘビをドロドロに溶かしあるべき姿へ戻していく。

ギィヤァァァァァァ‼‼‼‼

鼓膜を破らんばかりの咆哮とともに青い炎が瞬時に消え、黒光りする鱗に覆われた邪竜が誕生した。

「っ!」ヌアザは、右半面の顔にある大きな火傷後から激痛が走り右目を固く瞑る。そして眉をひそめ絶句しながらも言葉を絞り出す。「……青炎そうえんの邪竜なのか⁉」

「その通り。ヌアザ殿に瀕死状態にしてもらったので、手懐けるのが用意でした」と言いアルハーゲは、胸に手を当て恍惚とした表情で続ける。「邪竜に蹂躙されるヌアザ殿のパーティーの皆さんは実に素晴らしかった。特に悲鳴を上げながら炭になっていくさまは、身震いと興奮が止まりませんでした。あんな快感は戦中以来でしたよ」

ドグッ!

「うっ⁉」心臓を締め付けられるような苦痛から思わず膝をつくヌアザ。

徐々に鮮明にパーティーメンバーたちの最後の声が脳裏に蘇っていく。

『ぐぁぁぁぁ—!』『いやぁー死にたくない!死にたくない!』『なにやってる、ヌアザ‼』

嗚咽で思わず口を押える。

「ああ、いいですよその姿。もう少し甚振ろうと思いましたが、何もせず過去のトラウマに屈したその姿もまた私のコレクションにふさわしい!スキル【蛇眼】」

アルハーゲの瞳孔が縦長になる。その眼に映るヌアザの足先は徐々に石へと変化していった。

「昨日は、ゴブリンのせいで失敗しましたが、今日こそは私の石像コレクションになってくださいね」

「やらせません!」

通路から導火線に火が付いたけむり玉が、ヌアザとアルハーゲの間に飛んできて煙を上げて弾けた。

「大丈夫ですかヌアザさん!」

通路からエマがヌアザに駆け寄る。

「あ、ありがとうエマさん……」

石化していた足が少しずつ元に戻っていく。

「視界を塞げばスキルの効果が切れるようですね。ここは一旦退いてギルドから応援を呼びましょう」

エマの提案にヌアザは首を横に振り苦しそうに言う。

「駄目だ……。ここで倒さないといけない」

ヌアザは震える両手を握り締めエマに頼む。「防具を脱ぐのを手伝ってくれませんか」

煙を突き破り鋭い牙をむき出しにした巨大な鰐口が現れる。

「おや、誰かと思えばギルドマスターではないですか。てっきり今は彼らにもてあそばれていると思っていましたが」

「全員、死んだんじゃないの」

「おやそれは予想外ですね。まあ、手駒を処理する手間がはぶけたのでいいでしょう。それに、貴女をヌアザ殿の前で焼き殺せば、ヌアザ殿の悲痛な姿が一層素晴らしいモノになる!」

エマに向けて、邪竜の巨大な鰐口わにぐちが大きく開き青い炎が吹きあがる。

「やらせるか!」と、邪竜の真横から上半身の防具を脱ぎ捨てたヌアザが飛び掛かる。

アルハーゲは目を見開いた。

「何ですかその恰好は⁉」

筋骨隆々のヌアザの上半身には、黒い帯がピッチリ巻きついていた。

「スキル【神域の怪力】‼‼‼」

ヌアザの筋肉は隆起し、立体的な身体に更に深い堀が生まれる。上半身に巻きついていた黒い帯が弾け飛ぶ。

銀色の右義手からギギギギギと擬音が鳴り響く。そんな擬音を気にすることなく半裸のヌアザは果敢に邪竜に殴り掛かる。

「うぉぉぉぉぉ‼」

「貴方、一人だけでこの邪竜が倒せますかね!」

青い炎を噴き出す邪竜の大顎がヌアザに向けられたその時、

バシーンー‼

衝撃波とともに黒光りした鱗が砕け飛ぶ。

咄嗟に振り返るアルハーゲ。無数の視線と目が合う。

「なぜ、こんなところに⁉」

多眼の竜が邪眼の竜の首を食らいついていた。

「くくく。ザコおじさんに気を取られて私の事を失念していたわね、ざーこ‼」

「あの時の女か⁉」

ギャァァァァァァァ

激しいうなりながら首を振り暴れる邪竜。それをノコギリのような牙で食いしばり抑える多眼の竜。

「ええい!蛇がいなくとも多眼の竜なら」アルハーゲンは憤りながら目を見開いて石化スキルを発動させる。同時に邪竜の首から多眼の竜の顎が外れる。

「くくく、私に気を取られて、なんか忘れてない~?」

「うぉぉぉぉぉぉぉ—‼‼」

野太い雄叫びとともに銀の拳が邪竜の横面よこつらにめり込み、網目状の亀裂が邪竜の頭から多眼の竜に噛まれた首まで一瞬にして入る。次の瞬間、亀裂から青い炎が噴き出し、断末魔を上げる間もなく邪竜の頭と首が吹き飛んだ。

その光景を恍惚と見入るエマ。

「凄い……。これがヌアザさんの本来のスキル……」

ズガガガガガガガ‼‼‼‼

けたたましい音をたて、首を失くした邪竜の巨体が後方へ倒れる。ちょうどそこには、アルハーゲのコレクションが置かれていた。石像となった冒険者たちが邪竜の下敷きになり粉々に砕け散っていく。

「ああ、私のコレクションが‼」と絶叫しながら首の取れた石像に駆け寄るアルハーゲン。

その頭上に影が落ちる。即座にその場から離れようとするアルハーゲン。しかし、足元の石に躓き、地べたに胸を打ち付け突っ伏す。

ゴツゴツとした地べたに額をグリグリと擦りつけ、アルハーゲは口角を上げた。

「神にも等しい力を持った私が……どうして?こんな無様な——」

殺された冒険者の重々しい残骸が、次から次へとアルハーゲの細身を押し潰し石山いしやまが積み上がった。

倒れたままだった邪竜の身体がビクリと震える。次には起き上がり頭部のない首を上に向け青い炎を噴き上がらせた。

ゴウゴウとダンジョンの天井に真っ青な炎が広がり、薄暗かったダンジョンがたちまち明るくなるとともにジリジリとした痛みを感じる熱気が吹き荒れる。

「ウソ、頭がないのに動けるの⁉」と驚愕するエマ。

「まずい、エマさん早く逃げて下さい!」

ヌアザは以前、邪竜と戦った際にダンジョン内で燃え続ける青い炎の熱に耐えることができず、自分も含め仲間たちが本来の力を発揮できずやられたことを思い出す。

「セルキーもここは一旦——」そうヌアザが呼びかけた時にはすでに、多眼の竜の大顎が再び邪竜に噛みつこうとしている。

「熱っー!もうー大人しくやられなさいよ!」

視界を失っている邪竜だったが、多眼の竜が近づく振動に反射して、巨体を翻して鞭のようにしなやかに曲がる尻尾で多眼の竜の頭に打撃を与える。

尻尾の直撃で多眼の竜の無数の眼が一斉に白目をむきその場で横たわる。

「セルキー!」

ヌアザは右義手に視線をやった。至る所に細かな欠損とひび割れが入った銀の腕を握り締める。

「神域の怪力を使えるのは、1、2回か……」

神妙な面持ちで邪竜を見据えるヌアザ。

「ヌアザさん後ろ!」

唐突なエマの声がヌアザの耳に届いた時、丸太のような首元が鋭い槍によって薙ぎ払われる。

「ゲハハハハ!きんタグでもこんなもんかよ、デカオッサン!」

ヌアザの背後に、全身緑の返り血で汚れたディアボが狂った笑い声を上げながら槍を構えていた。

「キモイデカパイ女にゴブリンをけしかられた時は死ぬかと思ったが、生存本能ってスキルが覚醒してさぁ、いくら攻撃をくらっても痛くねぇし、傷もすぐにふさがる。おまけに銀のタグが金に変わってよう。いやーこれも全部アルハーゲの姐さんのおかげだぜ。ところで姐さんはどこだ?」

白目が赤黒く染まった血走った眼をカッと見開き、周囲を見渡すディアボ。

重々しい石山を指差すヌアザ。

「あの下に姐さんがいるって言いたいのか、ク゚ッハハハハハ!なんだぁそのつまんねー冗談!てか、なんでアンタ喋ってんだよ、槍で首ぶっ飛ばしたよなぁ!」

「ああいい槍さばきだった」そう言い後ろに振り返るヌアザ。

同時にディアボの体が後ろへ勢いよく引っ張られる。

「その槍、使わせてもらうぞ」

ディアボが握っていた槍をヌアザが掴んでいる。

「はぁ⁉」

何が起こったのかわからず、ディアボの背に激痛が走り吐血する。

「グハハッ……なんだこりゃあ」

身に着けていた防具が跡形もなく無くなり素っ裸になっている。更に胸には真っ赤な大手おおてのひらの跡が痛々しく残っていた。

ディアボは恐る恐る顔を上げる。メラメラと燃える背後の青い炎の逆光になって現れたヌアザの大影にディアボは身震し、この場から逃げよと千鳥足で出口に繋がる通路に向かう。すると仏頂面のエマが前に立ちふさがり、冷ややかで棘のある口調で言う。

「ギルドではヌアザさんを瞬殺できるなんて大口叩いたけど、実力は外見では計れないって分かりましたか?粗チン」

エマの罵倒に、それまで恐怖に震えていたディアボは怒りで震えた。全身に血管を浮き上がらせ「グェァァァ‼」と獣のような奇声を発して、エマに襲い掛かる。

エマは逃げることなく素早く足を振り上げた。

ブチッ…!

ディアボは、股下からじわじわと液体を垂れ流しながら大口をあけて前かがみで倒れ動かなくなった。

「くたばれ、玉無し」


ヌアザは、槍を投擲する。

強弓の響く音をあげ邪竜の胸に一直線に突き刺す。

邪竜は動揺し首を振りながら青い炎を噴き、その青い炎が多眼の竜の皮膚を焦がす。

「ギャァァァァ‼」とうめき声を上げて目を覚まさした多眼の竜は真っ先に、邪竜の羽の付けに噛みつく。多眼の竜の攻撃に邪竜も対抗しようと体を激しく動かす。

「ここだ‼」

ヌアザは、走りだした。巨漢の身でありながら俊敏かつ軽やかな足取りで周囲に撒かれた青い炎を掻い潜る。

「今度こそ、仕留める‼」

ヌアザは勢いよく跳躍し、邪竜の胸に突き刺さった槍の石突に銀の拳の一撃を叩き込む。

槍が押し込まれ邪竜の硬い鱗でできた胸が大きく凹む。邪竜の中の黒蛇を槍が貫き、次の瞬間、

ズガァ——‼

轟音が鳴り邪竜の胸から背にかけて風穴がくっきりとあいた。

周囲でメラメラと燃えていた青い炎が消え、仄暗くなったダンジョンで力なく膝を折る様にして倒れる邪竜。

「やりましたね、ヌアザさん」とエマが駆け寄る。

「なんとか……」苦笑いしながら振り向くヌアザの銀の義手に亀裂が入り銀の破片となって砕けていく。

「大丈夫ですかヌアザさん義手が」

「ああ、セルキーがいなかったら義手が壊れて神域の怪力が使えなかった」ヌアザは多眼の竜に手を振りながら「ありがとうセルキー」と礼を言うとギョロと多眼の竜の無数の眼が一斉にヌアザを凝視した。

グアァァ‼‼

多眼の竜は咆哮を上げ巨大な尻尾をヌアザに叩きつけた。咄嗟に逃げるヌアザ。

「どうしたんだ、セルキー」

「もしかしてスキルの暴走!?着ぐるみの中で意識が飛んで多眼の竜を制御できなくなったのかもしれないです」

「おーいセルキー!目を覚ませ!」

「そんな悠長なことしていたら、ダンジョンが崩れてしまいます」

多眼の竜が狂い暴れてダンジョンの壁はボロボロと壊れ、通路は瓦礫でふさがれる。

「多少荒っぽい事で多眼の竜ならたぶんいけます、ヌアザさんお願いします。格の違いをわからせてください」

ヌアザは砕けていく銀の義手を握り締めた。

多眼の竜の懐に潜り込んで、銀の拳を突き上げた。

「うおおぉぉぉ———‼」

銀の義椀から全身に伝わる多眼の竜の重みを吹き飛ばす勢いで叫ぶヌアザ。

「目を覚ませ‼セルキー‼‼‼」

たるんだ二重顎を震わせる雄叫びとともに、銀の義椀が粉々に砕けキラキラとした銀の竜巻になる。そして竜巻は多眼の竜の巨体を吹き飛ばし天井を突き破る。

「エマさん!」

呼ばれたエマは即座にヌアザの背におぶさった。

「しっかりつかんでください!」

ヌアザは跳躍して吹き飛ばされる多眼の竜の尻尾に残った左腕で掴む。

「ひゃっ⁉」

エマの視界が一瞬のうちに上へと上がっていく。

それと同時にダンジョン内部全体が波打つように揺れ始める。

「この現象、もしかしてダンジョンの崩壊」

ドンガラガラガラ‼と轟音を立ててダンジョンが瓦礫に埋もれいく。

脱出に間に合うかどうかという緊張と恐怖でエマは汗ばむ手を力ませヌアザの太首にしがみつき目を強く瞑る。

バ———ン‼

全身が震えるほどの音の振動が伝わり、重々しく息苦しい多湿の空気から爽やかなで新鮮な空気が肺へと取り込まれる。

「出られたの……?」と片眼を開けるエマ。どこまで続く夕焼けの空が広がっていた。

上空の息を飲む光景に茜色に染まった泡が一つ二つと落ちてくる。

「これって、まさか……」

エマが頭上を見上げると、雲のような大量の泡から小さな人影が落ちてくる。

「ヌアザさん、セルキーが!」

ヌアザは、残った片腕を上に伸ばす。

ズドン!と森に地鳴が響き、驚いた鳥たちが木々から夕空へと羽ばたいた。



朝露を含んだ草を大足で踏み、草原そうげんをきびきびと歩むヌアザ。背後には、手の平ほどの小ささに見える煉瓦造りの壁に囲まれた街とダンジョンがあった山だったものがあった。

「中央のギルドに着いたら、新しい義手を作ってもらわないとなあ。今回の報奨金で何とか払えるといいのだが……」と言っていると草むらの苔むした岩が振動し、ドーン!と地鳴りを鳴らし立ち上がった。

「戦争で放置されたゴーレムか!」

咄嗟に左腕をゴーレムに向ける。

「スキル【巨人の怪力】!」

苔のある緑の岩の片腕が上から叩き潰しにくる。

「ふん!」と一撃。手刀で岩の片膝を砕きゴーレムは為すべなくその場で倒れるのだった。

「ふー。なんとか片手でも倒せたな」

そう安堵した次の瞬間。

ドンドンドンドーン‼‼‼

と地中から7体のゴーレムがヌアザを囲むように出現する。

容赦のないゴーレムの波状攻撃がヌアザを襲う。応戦するどころか攻撃を避けるだけで精いっぱいの状態になり次第に自身の巨体が逃げられる隙間すらない状態にまで追いつめられる。

「これは、不味い状態だなぁ……」と冷や汗が額から流れる。窮地に立たされたヌアザその時「くくく」と聞き覚えのある笑い声が耳元に響いた。

その笑い声とともに、巨大な影がヌアザとゴーレムたちを覆う。

見上げると、胸に風穴があいた頭部の無い青炎の邪竜が滑空していた。

邪竜は、鳥が獲物を水面の捕らえる様に一気に急降下して両手に1体ずつゴーレムを捕らえては、握り締めゴーレムを爆散させていく。

「なんでも着ぐるみにすることができるんだなあ。セルキー」

「当然でしょ。ところでザコおじさんは、助けてあげたんだから他にいう言ことがあるでしょ~?」

そう言って最後の一体を捕らえようとした時、ゴーレムの反撃の拳が黒鱗の大手に当たり、邪竜は瞬く間に泡に包まれる。

「隙あり!」とヌアザが左の拳でゴーレムの頭部を突き砕きゴーレムはその場で機能停止する。

「うぁぁぁぁぁぁ!」と甲高い叫び声とともに弾け消えた泡の中から、セルキーが落ちてくる。

ドサッ

音を立てて落ちたセルキー。落ちた先はヌアザの腹の上でちょうど二人見つめ合うような状況になっていた。

「助かった、ありがとうセルキー」

「こ、この状況でお礼を言われても、なんかいい気がしないんだけど」

むくれ面のセルキーはそそくさと立ち上がる。後から朗らかな笑み浮かべて、ヌアザも立ち上がり問う。

「ところでどうしてこんなところに?もしかして俺、何か忘れ物でもしたか?」

「違うわよ。ギルマスに言われたの、冒険者タグの再発行を許可するから新しいタグを取りに中央に行けって。それから……」そう言って少し気恥しそうに目線を逸らして言う。「ザコおじさんの新しい右手が手に入る間は私が右手の代わりになるよう。命令されたのよ!」

「そうか、エマさんには感謝しきれないな」と言ってヌアザは左手を差し出した。「それじゃ、これから少しの間よろしくなあ、セルキー」

「道中、変なことしたらただじゃおかないからね、ザコおじさん!」

パンー!と力強い音が、どこまでも続く雲一つない青空の下で響く。

巨漢の大きな左手に、力強い小さな右手が重なる。



END

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スキル【着ぐるみ】で、今日もザコをだまし討ちしたいと思います♡ 明知宏治 @Sophokles

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