第4話 関備野球部の闇
その夜、大学の同期でスポーツ新聞の記者をやっている島田と久しぶりに会った。
島田は野球は下手だったが、野球愛は誰よりもあった。
メジャーの最新の情報の代わりに、昨今の高校野球事情を教えてもらった。
「一見すると、変わったようにも見える。ただ、本質は同じだ。野球人口が減ってきているから焦って迎合しているだけだな。ただ、MLBの影響でお前に共感するジュニア指導者や生徒も確実に増えてはいる。でも、関備かぁ。あそこは難しいぞ」
「やっぱりOBか?でも、此下幹事長から口出しはさせないって約束してもらった」
「あの影の総理がマネージャーってどんだけすげぇんだ」
「俺も驚いた。ほとんどがレジェンド級なのに、今の日本で最も影響力のある政治家がマネージャーって。まぁその此下幹事長からお墨付きをもらったんだ。あとは俺のやり方を貫き通すだけだ」
「う〜ん・・・でも、やっぱり、難しいと思うぜ。あの事件の影響だろうけど」
「事件?」
「黒い霧だよ。聞いたことあるだろ。プロ野球八百長事件」
「あぁ、なんとなく聞いたことあるけど、それと関備と何か関係あるのか?」
「お前、知らないで受けたのかよ?まぁ抜けているのは昔のままか。あの事件で関備OBが追放されたんじゃねぇか」
「抜けてるってなんだよ!で、関備出身者が八百長に関わってたのか?」
「俺も詳しく知らなかったんだけど、お前が監督受けるから調べたんだよ。伝説の番野、門真バッテリーと真っ向からやり合った関備のメンバーは町御大以外はみんな高卒もしくは大学、社会人を経てプロになった」
「ありえないよな。しかもホームラン王の江波、金剛力の金丸、スター浅沼だろ。あと監督としても名を馳せたおとぼけ名将の南川。野武士善田も相当変わりもんだったんだろ。逸話を聞いたことがある」
「善田は自害したらしい。関備野球部のグランドで切腹した」
「は?なんで?」
「わからん。それも八百長事件と関連づけられたり、善田の完璧主義が原因とか色々言われている」
「3人も名球会出して、自害した天才バッター。とんでもねぇ野球部だな」
「でもな、本当に凄いのはエース西岳、一つ下で控え投手の紀門、センターの御山だ。西岳なんて3年で70勝だぜ」
「西岳?あっその人だ!御大が西やんって。関備野球部キャプテンで礎を築いた男。その人のために甲子園を目指してくれって。その人が八百長やったのか?」
「そうだ。事件に関わったのがその三人だ」
「驚いたな。じゃ御大以外全員プロじゃないか」
「あぁ。でも、それだけじゃねぇ。永久追放されるまでの記録でいうと3人は化け物だ。さっきも言ったが、西岳は弱小球団にいながら3年で70勝。御山も打率と盗塁数が異常だ。紀門っていうピッチャーは知らなかったんだけど、こいつもとんでもなくやべぇ。こいつが一番かも。プロデビュー戦は86球でポテンヒット1本の完封。実働一年半で38勝だ。しかも、完全試合を2回やってる。三人とも記録的には番野、門真に負けてねぇ」
「でも、八百長やるような選手だったんだろ」
「それが、どうも怪しい。どうやら嵌めらたみたいなんだよ。西岳を獲りたかったチームのオーナーが逆恨みして」
「嘘だろ?」
「発端は御山と後輩の紀門だ。ふたりは共映フライズでチームメイト。ある試合でゾーンを25分割して投げれるほどの紀門がフォアボールを連発、首位打者の御山はノーヒット。相手はクビ間近の三流投手なのに負けた」
「野球なんてそんなもんだろ」
「普通はな」
「何かあったのか?」
「その試合の前日に紀門がいかがわしい連中と会っていた。証拠写真が残っている。それが不自然なほどよく撮れている」
「その写真が新聞社に持ち込まれて、徐々に問題が大きくなっていく」
「紀門は喫茶店でファンを名乗る男たちに話しかけられただけだと主張したが、後日
その男たちが警察に出頭する。野球賭博をしていましたと。しかも、選手に協力してもらったと自供した」
「紀門と御山に金を渡したと。で、その金が実際ロッカールームから出てきた」
「写真といいロッカールームの金といい何とでもなるだろ」
「そうなんだよ。当日はセキュリティが今よりもだいぶ甘い。入ろうと思えば・・・。当然、二人は無罪を主張した」
「ん?西岳は?その話じゃ関係ないだろ」
「その疑惑の試合の後、男たちは西岳に会っている。その写真も撮られた。これも驚くほどしっかり撮れている。男たちがカメラの位置を把握していないと無理な角度だな」
「西岳も行きつけの飲み屋で話しかけられただけだと主張したが、やはりロッカールームから金が出てきた。それでアウト。力関係でいうと西岳が上だ。だから黒幕とされた。三人は永久追放になった。ただ、金が出てくるタイミングが良すぎるし、オーナー会議の決定も迅速すぎる。日本じゃ考えられないほどのスピード決着だ」
「もちろん、三人は無実を訴え続けたんだけどな、永久追放が覆ることはなかった」
「でも、その疑惑の試合も気になる。完全試合をするような選手がフォアボールを連発して、首位打者が三流投手からノーヒット。これはどう説明する?」
「紀門と御山は試合前に飲料水の宣伝をしている。ふたりでジュースを飲んでニッコリみたいなやつ。新聞広告用の」
「まさか、それに何か入っていたのか?」
「その会社の社長は、さっき言った西岳を取れなかった球団のオーナーと太平洋戦争で同じ部隊にいて上官と部下という関係だったという噂がある」
「それが本当なら・・・」
「あくまでも噂だ。そもそも、西岳や御山の素行にだいぶ問題があったらしいんだ。西岳は思ったことは言う。監督だろうがオーナーだろうが関係ない。我が道をいくタイプなんだけど、圧倒的なカリスマ性でチームメイトやファンからは信頼されていた。けど、球団やオーナー企業からは嫌われていた。あと、御山と紀門は金に相当困っていた。御山は根っからのギャンブラーで借金があった。紀門はどうやら家族に問題があったらしくて、常に金欠だったらしい」
「それなら疑われても仕方ないんじゃないか?」
「仲間たちはみんな無実を信じて疑わなかったらしいんだ。ライバルだった番野も門真も相当動いている。噂だが御大がプロにならずに検察になった理由も3人のためらしい。弁護士じゃなくて検察になるっていう選択をする御大も流石だけどな」
「え!?御大が」
「結局、3人の永久追放が覆ることはなかった。証拠不十分で不起訴だったにもかかわらずだ。西岳は最後までやっていないと民事裁判で争ったみたいだけど。で、事件以来、江波や金丸をはじめとする同級生たちが変わっていった」
「八百長の件で、関備出身の選手たちが一時期相当疑われたらしい。昭和だし心無いヤジも浴びた。当然、首謀者である西岳を恨んでいる」
「それでも、江波たちは野球に打ち込んで成績を残すと同時に、関備を甲子園で優勝させて、地に落ちた評判くつがえそうとした。プロだから表に立たず、裏に回って相当無茶な勧誘や練習をさせた。結果的にはそれによって80年代からの関備の黄金期が生まれるんだけどな、有名OBが裏で実権を握る体制もできちゃったというわけだ」
「御大や此下幹事長は、西岳のために甲子園に出てくれって」
「西岳たちを信じて疑わなかった派はそうだ。御大、此下幹事長、浅沼は最後まで無実を信じた。結局、八百長事件をきっかけにチームはバラバラ。そして、長年、OB会を牛耳っていた反西岳と言っていい主流派が近年の関備低迷が原因で西岳擁護派の此下幹事長に取って代わられた」
「それで、俺に白羽の矢がたったわけだ」
「もっと複雑だろうけど、簡単に言えばそうだ」
「で、その3人は今はどうなっている?西岳という人は病に伏せっているらしいけど、あとの2人は?」
「行方不明。御山は元々ギャンブル依存症だったから、そのまま裏の世界に入ったんじゃないかって」
「紀門に至っては全く分からない。発端となる怪しい連中と会っていたのは紀門だった。責任を感じて追放後にアメリカに行ったという話もある。アトランタオリンピックの時に日本を率いた金丸がスタンドで紀門の姿を見つけて慌てて追いかけたという話もある」
「だとしたら、あまりにも・・・」
「でも、その逆行に打ち勝つように野球に打ち込んでOBたちは名を残した」
「江波や金丸って気難しそうな爺さんだなと思っていたけど、理由はそのへんにありそうだな。まぁひねくれてもしょうがない気もする」
「だとしてもだ、記者の俺から言わせたら、いつも不機嫌で一筋縄では行かない連中ばかりだ。俺たちが挨拶しても無視だしな。各球団の大物OBだから誰も何も言えない。選手や首脳陣、球団職員たちからも相当煙たがられている。一方で浅沼氏は野球界から距離をとっている」
「その面倒な爺さんたちが今だに・・・」
「江波と金丸は80超えてんのにOB会の会長と副会長だ。絶対面倒なこと言ってくるぜ。どうだ?嫌になっただろ」
「・・・昔のことだ。別に気にしない。俺にもメジャーでコーチになったプライドがある。それに此下幹事長の後ろ盾もあるしな」
「すげぇ自信だな。でもな、昔だからって、侮らない方がいいぜ。その線上に今の日本野球があるのは事実なんだから」
「俺はそれを切るために戻ってきたんだよ」
「そうか・・・まぁうまく立ち回れよ。俺が言えるのはそんなもんだ」
超一流コーチ、昭和に飛ばされてど阿呆野球部の根性なし監督に成り下がる @rarigo-en
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