第30話「封じの影 ― 廃協会の戦い」

第30話「封じの影 ― 廃協会の戦い」


 


──それは、包丁の刃がかすかに震えた時だった。


莉子の腰に差した包丁が、突如として鋭く音を立てた。呼応するように、隣に立つエリオットの眉が動く。


「……ああ、気づいたか。廃協会の方角に、痕跡が流れている。これは、まな板の残滓か――」


ギルド本部の作戦室。その一角で、エリオットの報告を受けたギルマスターは頷き、即座に指令を下す。


「廃協会跡の調査に数名同行させよう。明朝、出発だ」


莉子は、不安を抱きながらも頷いた。その夜、同行者たちを集め、彼女は台所に立った。


焚き火の明かりがちらつく野営地。フライパンでは、野生の肉を叩いて仕込んだタタール風ハンバーグが焼かれていく。サフランに似た香辛草「紅燐草(こうりんそう)」で煮込んだスープが、あたりに食欲をそそる香りを放つ。


「これが……人の士気ってものか」と、若い戦士が呟いた。


そんな空気の中、一人の男が背を向け、闇の中に身を隠す。その口元には不穏な笑みがあった。


 


そして、明け方。


目的地の廃協会跡は、朽ち果てた石造りの建物が残るだけだった。だが、内部に踏み込んだ瞬間、地の底から迫るような気配が隊を包み込む。


「伏せろッ!」


遅かった。崩れ落ちる天井の瓦礫、唸り声と共に現れる黒装束の餐兵。瞬く間に数名が斃れた。


エリオットは即座に魔導銃を構え、反撃に出る。だが、乱戦では狙撃の余地が少ない。身を挺して莉子を守りながらの戦闘に、動きは制限された。


莉子は、その惨状に目を見開いた。人と人が殺し合う現実。震える手。血の匂い。


──その時、包丁が語りかけた。


《……切れ。生きるために。俺は、お前を選んだ》


胸の内に流れ込んでくるのは、祖母が戦った記憶。剣となり、食材となり、命を見極める感覚。


莉子は包丁を構え、迫る敵を斬り払う。


やがて戦いは終息し、敵は全滅。しかし安堵の暇もなく、地下から漂う気配が彼らを誘う。


 


地下の奥、古びた石室の中心に立っていたのは、銀の仮面を纏った男だった。


「よく来たな。客人ども」


その背後には巨大な鋳型。そして、封印を象る霊具が無造作に床へと叩き落とされる。


パリンッ──という音と同時に、黒い瘴気が鋳型から漏れ出した。


呻き声。叫び声。無数の怒りと哀しみが凝縮したような影。それが、黒い“食霊”だった。


莉子が包丁を構える。エリオットも魔導銃を腰に戻し、拳の連撃へ切り替える。


「くっ……この速さ、重力反転か!」


跳ねるように飛び交う食霊の牙。包丁の一閃が、その影を裂く。莉子の身体には、祖母の剣技の幻影が宿っていた。


「断ち切る――この狂気を!」


叫ぶと同時に、包丁の光が閃いた。


影は断たれ、鋳型は崩れ落ちる。


──だが、仮面の男の姿はすでに消えていた。


 


そして。


場面は変わる。


どこか遠く、氷に閉ざされた小さな祠。そこにぽつんと置かれた、古びたまな板。


ひび割れた表面が微かに輝き、低く呟いた。


《まだ……来てくれないの……?》


《ずっと、待ってたのに……》


まな板の呟きが空に溶け、周囲の空気が凍てつく。草木が凍りつき、風が止まる。


そして、世界は再び、静寂に包まれた――。


 


(第2章・完)

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異世界食堂のまかない冒険記《AI執筆》 あつほし @atuhoshi

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