第29話「供物暴走事件と“偽りの神降ろし”」

第29話「供物暴走事件と“偽りの神降ろし”」


イベコスタン旧市街。

月に一度、王都霊庁が後援する「霊市(れいいち)」が開催されていた。


この市では、霊性の高い香辛料や保存食材、祝祭用の香草など、

“祈り”や“供物”に関係するとされる品が多く扱われている。


それだけに、精霊や霊具の共鳴に敏感な者たちにとっては、危うい場でもあった。


市場を練り歩く客たちの間から、突如、ざわめきが起きた。


「……何だ、この空気?」


香辛料の匂いに交じって、金属と焦げた油のような、霊気の“濁り”が漂う。


一人の若い料理人が、露店の裏でまな板に向かってうずくまっていた。

手元の調理器具が青白く発光し、制御不能の霊圧を撒き散らしている。


次の瞬間、鍋が爆ぜるような音を立て、露店の幕がはじけ飛んだ。


「退避! 霊具の暴走だ!」


警備の衛士たちが駆け寄るが、霊気は荒れ狂い、市場全体を震わせていた。



一方、ギルド本部の厨房。

昼のまかない作りに精を出す莉子たち。


ガラムボアのひき肉と霊根を煮込む香りが満ち、厨房は活気と湯気に包まれていた。


「……これだけ煮詰まってくると、香辛料のバランスが難しいな」

莉子が香草を指先でひとつまみ、手元のスープに振り入れる。


「ティナ、味見お願い!」


「はーい!」


そのとき、扉が乱暴に開かれた。


「急報! 霊市で霊具の暴走事件発生!」


ギルド職員が叫び、厨房に緊張が走る。


「リコ! あなた、すぐに来て!」

エリオットが手を取る。


「うん、行く!」


莉子は包丁を腰に差し、白衣を脱ぎ捨てて駆け出した。



霊市に着いた頃には、現場は封鎖され、黒焦げの地面が広がっていた。


仮設屋台の下、倒れていた青年料理人の傍には、半壊した“模造のまな板”。

その表面には、供物を象るはずの文様が、逆に“裂け目”のように浮かび上がっていた。


「これは……霊具というより、模しただけの構造体」

エリオットが分析する。


「祈りも記憶も籠ってない。けれど、表面の文様だけで“供物”を模している。

 構造だけを真似して、霊気を流そうとした……結果、器が持たなかったのね」


莉子は、炊き出し鍋を組み、即席で香草のスープを作り始めた。

香りを整え、霊気の流れに“共鳴”させる。


「……さあ、落ち着いて。あなたの器は壊れたけど、想いまで壊れたわけじゃない」


小鍋に立ちのぼる湯気が、残った暴走霊気を優しく包み、空気がゆっくりと鎮まっていく。



事件のあと。


ギルド地下、分析室の一角で、まな板の破片を見つめながらエリオットが言う。


「誰かが、“供物の形”だけを利用して、霊気を操ろうとしている。

 祈りも、料理も、魂も……全部抜けた器でね」


莉子は拳を握る。


「料理は、祈りと一緒じゃなきゃ意味がないのに……!」


包丁がかすかに共鳴し、莉子の心に呼応した。


(君がいる限り、“本物”は壊れない)



その夜、街外れの廃教会の地下。

仮面の男が、霊具の破片を持って笑みを漏らす。


「型は試した。次は――神の器を、模倣する」


背後の石座には、封呪の施された巨大な“まな板の鋳型”が、不気味な光を帯びていた。



次回:第30話「封神宴への招待」

神霊の供物を巡る最後の戦い――まな板の真の所在と、莉子の祈りが試される時が来る。

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