第11話(サブストーリー) いや!
「あんたが、ヒーローになればいい」
「いや!」
「え、いやそんな大きな声で即否定されると、なんか申し訳ない気持ちになるな」
「いや! めっちゃいや! 本当にいや!」
「あの、もう叫ばないでもらっていいかなぁ!?」
思いっきり、声を出した。
なんか反射的にそうなってしまった。
私は悪くない、彼女が悪い。だってさ、そもそも大ちゃんを殺そうとここに来なければ、こうやって話すことも、私が叫ぶこともなかったわけじゃない?
そうなるよね、うんうん。
ということでさ、大家さんのおばあ様がドタバタと階段を駆け降りてきたのは、私のせいではないんだよ。
だよね? そうだよね?
「彩夏ちゃん! 大丈夫!?」
「あ、はい」
「ものすごい大きな彩夏ちゃんのいや! って声が聞こえてきたものだから、つい警察を呼んでしまったわ!」
ううん……できれば「大きな彩夏ちゃん」ではなく、「彩夏ちゃんの大きな声」に言い直してもらいたい。しかし! そんな場合ではない!
え!? 今! 警察を呼んでしまったの!?
「あらあら、かわいい黒フードちゃんね! うちのおんぼろアパートに何か用事でもあるのかしら! もしかして、新しい入居者だったり!」
「え、いや、私は……」
「大丈夫よ! うちはいつでも入居者は大歓迎なんだから! 何せ、老後の資金が足りないものでしてね……」
「えと、あ、あのう……」
「だから、新しい住人はとっても嬉しいのよ……あらやだ、涙がちょちょぎれそう。新しい住民が増えると思うと、とっても嬉しくて」
「あ、ああ……うう……」
は! 見惚れてしまった! 彼女の普段は見せてくれない困った表情に!
そんなこんなで警察がやってきてしまった! やばい!
何がやばいのかを上手く把握しきれていないことが一番の問題だぁ!
「お、何事かと思えば、噂の天下人さんではありませんか」
「いつぞやかの覗き見おじい様!?」
あの、私を上から下まで見て“心を見る”という能力を使用した交番のおじい様だった。そっか、この辺一帯を取り締まっている交番だから、覗き見おじい様が来てもおかしくはないか。
「うーん、その呼び方は傷つくなぁ。まあ、あながち間違ってないけども」
「え、私のことを天下人と呼んでいるのに?」
「いやいや、悪口ではないでしょうに。むしろ、僕なりの褒め言葉だよ?」
「なんか嫌なんですよねぇ」
「そっかぁ、残念だ。ところで天下人さん、何かあったの?」
この覗き見おじい……さては、認知症が始まっているのかな?
どっちにしても、許さないからな?
「なんにもないですよ、覗き見おじい」
「でも、彩夏ちゃんが襲われているの! 早く来て! みたいな通報を受けたんだけど……それより、さっきの妖怪みたいな呼び方はなんだったのかな?」
「おばあ様の勘違いです。むしろ、おばあ様が彼女のことを襲う勢いで入居の勧誘をしています」
「そっかそっか、答えてくれないんだね。おじいは悲しいよ、およよ……」
まあ、結果として何事もなかった。
私は天下人。
おばあ様は入居勧誘に失敗。
覗き見おじいは何も知らずにおよよ。
黒フードの彼女は何とも言えない困り顔。
そのまま私たちは、それぞれが納得のいかないまま解散することになった。
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