第19話 “死”合

 月が最も輝き出す時間まで、どのくらいだろうか。

 おそらく、今は太陽が雲を赤く染めている……と思う。


 時間の感覚は歪んでいる。もしかしたら、もう夜なのかもしれない。それとも、朝焼け? とにかく、周りの景色は見えなくなっている。戦闘に集中しすぎると、どうにも周りが見えなくなり、時間の感覚が歪む。


「考え事か?」


 黒フードちゃんの声で、意識が少しだけ現実に引き戻される。


「あ、やっぱり夕暮れか」


 私の予想は大方当たっていたらしい。

 雲を赤く染める手前、オレンジ色の空。この色も、嫌いではない。


「なあ、そろそろ本気でやろうぜ」

「ああ、うん。そだね」

「よしよし」





 意識を再び戦闘に向ける。




 頭の真上に刀を持ってくる。上段の構えだ。とはいえ、そのまま真上から振り下ろすつもりはない。これは一種の騙しである。振り下ろす前に少しでも右か左に動かせば、刀の軌道は変わる。今はその動きを悟られないように、ただ上段の構えをしている。


 こういう騙し合いもあるんだよ、と彼女には伝えてある。


 教えをちゃんと戦いに反映させることのできる黒フードちゃんは、逆手に持ったナイフを体の後ろに持っていく。これで、私の位置からはナイフがどのように構えられているかはわからない。


 お互いに、本気の構え。


 どちらもすぐに動き出すことはなかった。なぜなら、お互いに一切の隙がないからだ。私たちは、糸をピンッと張ったように集中していた。その糸が緩んだ瞬間を見逃さないように、感覚を研ぎ澄ませる。


 もう、これは訓練でも戦闘でもない。

 殺し合いだ。



 こういう実力が拮抗している相手だと、何もない場所で隙が一向に生まれないことはざらにある。ていうか、たった半日程度で私と実力が同じくらいになっているのヤバない?


 普通にすごくない? すごいよね? めっさすごいわ……。


 やっぱり教える人が違うと才能開花しちゃったりするもんだなぁ! あ、もちろんのことだけど、黒フードちゃんもすごいよ? まず、彼女の才能がないとこっちも鍛えようがないからねぇ。でもね、やはり指南役は重要ですよ……ええ、もちのろんでさぁ……。






 こういうときって、意外なところで緊張の糸が緩んだりするものだ。






 風が強くなった。

 それにより、木々が揺れる。

 木の葉が風に乗って、流れていく。


 落ちる。


 それが地面に着くのと、糸が垂れるのは同時だった。

 どちらの糸だったのかは、わからない。







 でも、間違いなくそれは、“死”合の合図だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る