第1.7話 おめでとう、さようなら

 ヒーローサポート養成学校を卒業するまで、あと一年ぐらい。


 卒業を迎えてヒーローサポート要員になる頃、私は師匠に一発でいいから攻撃を当てていなければいけない。


 別に師匠のお墨付きをもらえるだけだから、ヒーローサポート要員になるための必須項目とかではない。師匠も、私がヒーロー以外の職業に就くのならいつまでも教える、とは言ってくれている。


 でも、ダメだ。


 そうしたら、私はいつまでも師匠に甘えてしまう。区切りの良いところで、師匠からもう教わることはない状態までもっていきたい。その区切りとして自分の中で用意していた時期が、養成学校の卒業だった。




「この前さ、ドラッグストアでお会計を待っているときに面白い子供がいてね」


 師匠に一発、攻撃を当てること。

 これが、師匠に与えられた最後の試練。


 私はもう、師匠の戦闘技術を事実上は引き継げている。あとはその技術を自分の中に組み込んで、生活の中でいつでも引き出せるようにすることができれば、もう教えることはないと言われた。


「もう絶対にそのお菓子が欲しくて、手放したくなかったんだろうねえ。お菓子を持って、地面にうつ伏せの状態でジタバタし始めてさ。その子の母親も、お会計しないとそのお菓子はあげられません! そう言っているのに聞かなくて……いやもう、かわいいのなんのって!」


 そう、師匠は私に教えられることは全て教えてくれた。


「それで、ついにお会計にまで母親が持って行ったんだけど、まさかのお財布忘れと言うね。さすがに学生アルバイトの子も面食らった顔していたなあ。そうしたら、その母親、家が近いので今すぐに戻るので預かっててもらえませんか? だってさ! 僕はもうびっくりしちゃったよ! そんなのダメでしょって!」


 廃工場の上部にある窓から空を眺める。

 雲が太陽の色に燃えていた。

 私は、その今にも焼けてしまいそうな雲の色が大好きだ。

 もうすぐ熱も冷めて、暗闇が広がる。

 その時は、白い光がぽつぽつと現れる。

 そして、ひときわ大きい丸い黄色が、黒いキャンバスに光り輝いてくれる。


「でも、その学生くんは優しい心の持ち主だったんだよ……レジの下でよろしければお預かりいたします、だってさ。僕はもう感動してしまったね。ああ、臨機応変に対応するってこういうことだよなぁってさ。で、僕の買い物かごがいっぱいだったからか、僕の会計が終わる頃にちょうど戻ってきたんだよね。だけど、今にして思えば、彼なりの時間稼ぎをしていたのかもなぁ。ちょうど、お客さんが少ない時間だったし、正直、僕も急いでなかったんだ。それを把握していたからか、学生くんは僕と会話をしてくれてたんだよね。いやあ、彼との会話は楽しかった。彼はある意味、僕の求める理想のヒ」


 おしゃべりが止まった瞬間、師匠はお辞儀をしてきた。


 私の目の前、本当に目の前に爪楊枝が飛んでくる。

 あと一ミリで右目に直撃する。そのタイミングで、私は人差し指と親指で爪楊枝を掴んだ。師匠は、私の仕込んだトラップには引っかからない。


「彼はある意味、僕の求める理想のヒーローだったよ。でさ、母親の会計する姿を袋詰めしながらチラチラ見てたんだけど、なんと、学生くん、お菓子に会計済みのテープを貼って子供に渡したんだよ! 偉いと思わないかい! 僕は偉いと思ったね! それで大団円かと思ったらそのこど」

「チラ見は失礼ですよ」


 師匠の両目に指を突っ込む、ことができなかった。

 右手の人差し指と中指を掴まれる。


 間髪入れずに左手で股間を殴りにいく。


 パシッ!


 ちゃんと防がれる。





「…………」

「で、子供がどうかしたんですか?」


 もうすぐで夕闇、私の一番好きな色。

 太陽は沈む。一日の中で太陽と接する時間は長い。でも、必ず夜はやってくる。


「……泣き始めたんだよ」

「どうしてでしょうね」

「思い出したんだよ。お菓子を見つけたこと、お菓子を手に持ったこと、お菓子を奪われてしまったこと……」





 私の攻撃は当たった。


 先生の視線が私の左手に移ったタイミングで、右手の人差し指と中指の第一関節を曲げた。事前に親指の後ろで力を込めていた薬指を解き放ち、師匠の顎に直撃させたのだ。





「そうしたら、師匠はどうして泣いているんでしょう?」


 月が昇った。


「君と過ごした日々を思い出したんだ」

「そうですか……」


 太陽は見えなくなった。


「おめでとう、合格だよ」

「ありがとうございます、師匠」


 月は太陽の光が当たることで、光っているように見えるのだという。


「そして、お別れだ」






 そう……いつだって太陽は、私たちを見守ってくれているのだ。



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