第8話 行きつけの喫茶店

 私には行きつけの喫茶店がある。


 薄暗い路地裏にある、昔ながらの喫茶店。

 無骨なイメージが強くて、入るのも躊躇う感じ。


 中は木目調、どこか薄暗い。

 でもなぜか、店主の真向かいにあるカウンターの一席だけに光が灯っている。

 窓から差す光が、そこの席だけに残るらしい。


 その喫茶店は、男の店主が一人で働いている。

 お客さんの数は、めっちゃ少ない。


 え? これで経営が成り立つんですか?


 それぐらいにはお客さんがいない。

 まあ、そこが大好きポイントなんですけども。


 店主は寡黙な人だ。

 滅多に話しかけてくることはない。


 でも、私が思い悩んでいるときは、絶対に話しかけてくれる。


 「何かあったんだろ、言ってみ」


 低い声で、店主は話しかけてくれる。

 ただ、それ以降は話を聴くだけ。


「あんたなら大丈夫だ、俺が保証する」


 大体は、こんな感じのことを言ってくれる。

 これを言われたら、私は何があっても帰るようにしている。




「え、ここに入るんですか!?」

「そだよー。ここ、私の行きつけなんだー」

「うわあ、薄気味悪いところだな」

「殺す」

「なんで俺にだけ殺意マシマシなんだよいつも」


 カランコロン

 中に入ると小気味のいい音が鳴る。


 店主が私たちに一瞥をくれる。

 ただ、それだけ。


「お邪魔しまーす」

「お! お邪魔しますぅ……」


 この子たち、礼儀正しいな。

 私なんて、黙って入って黙って座って黙って飲んで黙って帰るのに。


「偉すぎない?」

「いや、なんか、店主の居場所にお邪魔した気持ちになったから」

「あ! 私もです! ここ、店主さんの好きなもので溢れているので!」


 言われてみて、初めて気がつく。


 確かに、レコードとか昔の映画のポスターとか、最近のアニメのフィギュアとか、いろんなものが飾ってある。あんなところに私の好きな漫画も飾ってあるなんて。


 いつも元気がない時にお邪魔しているからか、こんなに目立つ店主の趣味にすら気がつかなかった。どんだけしょぼくれているんだよ、私。


「あ! 私! あのフィギュア好きです!」


 店主の真向かいにあるカウンター席に、私たちは横並びに座った。

 光が差す席は純恋ちゃんが座っている。ラッキーガールである。


 輝く席についた瞬間、すみれちゃんはとあるアニメのフィギュアに指を指した。


「店主さん! 魔法の少女、お好きなんですか?」


 すみれちゃんが、前のめりになって店主に話しかける。

 あれは『魔法の少女』という女児向けアニメの主人公を模したフィギュアだ。


 今や、女児向けアニメも大人向けに商品を出している時代だが、『魔法の少女』は滅多なことがない限りは出さない。あのフィギュアは、アニメが10周年記念の時に作られた大人向けの限定品である。めためたにレア物だ。ちなみに私は抽選落ちで買えなかった。私の愛が足りなかったというのだろうか。


「ああ、昔から大好きだよ」


 店主さんがにっこり笑顔になる。


 おいおい嘘だろう!?

 あの店主が! 無邪気な子供のような笑顔を浮かべているだと!?


 私の時はいっつも厳格な態度を取っているくせに!?

 え? なんで!?


 店主とすみれちゃんが『魔法の少女』の話に花を咲かせている。

 二人とも、ずっと笑顔だ。

 笑顔を絶やしていない。


「どうしたんだよ、あや。そんな泡吹き出しそうな顔して」

「ああ、いや……なんでもない」

「ふーん、そうか。ていうか店主さん、優しい感じの人なんだな。純恋と仲良さそうに話してくれているし、良い人なんだなぁ」

「うん、私もそう思うヨ」


 私の時も! あれぐらいの笑顔で接してほしい!


 本題のすみれちゃん何噂されてんの問題に至るまで、一時間はかかったと思う。

 それほどに、店主とすみれちゃんは仲良くお話していた。

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